平日の朝
菊池君の自立に向けた大きな一歩が進んでいく中、朝の菊池と小春の会話から始まります。
菊池の母・登喜子が訪ねてきたあの休みの日から一週間も経たないうちに、約束どうり、本人名義の口座が出来あがり、管理をし始めていることを管理をしている菊池本人から報告を受けた小春は、朝からキッチンで「お祝いしなくちゃね」とはしゃいでいた。
その姿はまるで我が子の門出を祝うかのようなはしゃぎっぷり。
その小春の思いに気が付いている菊池が小春に伝える。
「まだ彼女は将来をこうしていこうという具体的なものも漠然としたものも無いようです」
「そう?やっぱり?」
「ただ好きな物はあるみたいなのでそれを糧に生きていかれるのではと私からは見受けられます」
「あの子、クラスでどんな感じかしら。以前の噂になった件も今はどう?」
「落ち着いていますよ。双子の弟である本人が姉に止めるように注意をしたそうで、彼の双子の姉も彼女と同じクラスの友人の女子生徒にも注意を受けたようで、静かになりました。ただ、その姉も見上げた根性で”気が変わったらいつでも聯絡ちょうだい”と連絡先を渡していました」
「まぁ、そんなことが」
「ええ。先生もこの事については事情を生徒から聞いて知っています」
「先生まで」
「ええ、その方がクラスが落ち着きやすいと考えて、動いたみたいです。特に噂が他のクラスにも広がってしまった手前、先生も動かざる終えなかったというのが正直なところかと。最初に、紹介されている女子生徒の心配があったから、せめて彼女の心情を確認した方が良いだろうというのが先生方も一致した意見で」
「じゃ、サクも先生に呼び出されて」
「ええ、事情を確認してから彼女と一対一で話し合って、確認をされたそうです」
小春はため息をついて、二階で朝起きて身支度をしているだろう娘の部屋の方を眺めて、ため息をついた。左手で右の肘を支えて、右手を頬に添えている。
「あの子、いつもとかわらない様子で過ごしていたけれど」
「この話は文化祭の準備期間の、そうですね、ちょうどお兄さんのミノルさんが風邪をひいて休んだ日ぐらいの出来事だったかと思います」
「もう、どうして直ぐに教えてくれないの?」
「もうすでに本人の口から説明をされているものだと」
「思い込んでいたわけね」
「ええ」
菊池は他にも理由はあるが、それは言わなかった。実はサクからこのことは母親には言わない約束をしていた。そうサクが菊池にお願いした時は、まだ先生たちの動きによってどう収まるのか完全には分からない時だった。数日間かけての行動の真っただ中に、そう言われていた。
「このことをお伝えしたことは彼女に言わないでください」
「分かっているわ」
「ありがとうございます」
「さぁ、食べて」
「遠慮なく。いただきます」
「食べながら聞いていて」
「は、はい」
「紹介された相手の方は、どんな方だったのかしら」
「お付き合いのお相手としては申し分ありませんが、おそらくご息女の好みの男性かというと恐らくは違うような気がします。もともと目鼻立ちがはっきりされている方よりは日本人的な顔立ちを好まれますが、可愛い要素のある外見を有した男性に対して嫌悪は示されておりませんでしたが、かといって好きだともおっしゃっておられませんでした」
「なるほど、外見的には可愛い要素があるのね」
「気になりますか?」
「ええ。学年が上がればあがるほどそういう類のことが分からなくて。保育園や幼稚園だとほら送り迎えで保護者が訪ねに行くじゃない。そんな様子も観察できたりするんだけれど」
「そうですね、保護者はめったに学校へは来ませんもんね」
「そうなの。あの子たちの様子がわかるような日は授業参観くらいか卒業式くらいなものでしょう」
「確かに」
「三者面談では、意中の相手が居ないでしょうし」
「そうそう。なんだか、無性に恋愛ものの映画やドラマを見るようになってきちゃって」
「そうだったんですね」
「ええ」
「この煮っころがし美味しいです」
「そう?」
「週の少ない日数から小料理屋を初めて見たはいかがですか?」
「まぁ、励ましてくれているの?」
キッチンに戻った小春は、「褒めてくれてありがとう」と言って洗い途中の物を再び洗い始めた。
「本当にそうおもったのです。朝のご飯、平日の朝は小鉢まで用意した料理の数々が一人分としてプレートにのって出てくるなんて、なんて贅沢なんだって思ったものです」
「もともとは夫が”お腹が空いて”って言っていて”和食が良い”って言うんで、始めたのよ。小鉢が合ったりして種類が多いのは、ミノルが楽しそうにして食事をするようにって狙いがあって」
「そうなんですか、意外です」
「もともと何かが気になったりして食べるのそっちのけだったことがあるのよ」
「それはお母さんとして食べてもらえなくて心配でしたでしょう」
「それもそうなんだけれど、せっかく作った物が食べてもらえないのが嫌で嫌でね。もったいないし」
「そうですね」
「美味しい状態で食べてもらいたいじゃない」
気持ち少し前のめりで訴えてくる小春の様子に、当時相当嫌だとこのままじゃいけないと思ったようだと菊池は考えた。
ちょうどその時、サクを先頭にミノルも階下に下りてきた。
欠伸をするミノルを置いていくようにサクが小走りになって、キッチンに向かう。サクは母親の様子を見て、ふと違和感に気が付いた。何と言う説明が難しいが、サクにはその違和感を確認するために、菊池を見た。
菊池も何か緊張していたわけでもないが、その目が合った瞬間に、サクの脳裏に「まさか」という疑念が湧いた。
母・小春と目が合う。小春が、戸惑いつつも、おはようと努めて明るく朝の挨拶をしてくることで、サクの中で疑念が確信へと変わった。
菊池に向かって、
「言ったな、もう!」
と言って自分のと兄の飲み物を用意している。
「えー!」
「なんてことだ」
と驚く小春と菊池に「信じらんない。頼んだでしょ」とさらに小言を菊池に向かって伝えるサク。菊池はサクが近づいてくる間にどう説明したものかと今こそ己の頭脳の能力を発揮できるようにと思いながら口を開こうとしたら、サクに、
「食べてから説明してもらうから」
「わ、分かりました」
とぐうの音も出ないと菊池は観念しながら、サクの食べ始める姿を見届けてから、自らも食事を再開した。
兄のミノルは席に着きながら、サクに飲み物を用意してくれたことについてのお礼を言い、
「なに?サクの内緒話?」
「いいの!」
「珍しく怒ってるな」
「話をするなと言われていたことについてその」
「話をしてしまったと?」
「そうです」
「誰に?」
「小春さんに」
「お父さんもその話し知りたいなぁ」
突如として菊池の後方の少し上から男性のアルトの音域の声が聞こえてきたことで、三人はびっくりした表情を見せた。
「な、なんでいるの?!」
サクはビックリしたままの気持ちを伝えたが、父親の正美は哀しそうな顔をして、
「そんな言い方はないんじゃないか。父さん寂しいよ」
「ご、ごめん」
「父さん、仕事は?まだパジャマじゃないか」
そう、父親正美はパジャマ姿で現れたのだった。
「ふふふ。みんなこうして朝ご飯の席に現れたらさぞ驚くぞと思ってさぁ、父さん、思い切って有給一日取ったんだ」
「えっ!?父さんどこかなにか楊枝があるんじゃないの?!」
ミノルが驚いて聞いている。
「なになになんで」
「だって有給って何かどうしても外せない用事ができた時に取得するものじゃないの?」
「そういう訳でもないんだよ。確かにその精神は会社としても一緒に働いている仲間としても有難いけれど、娘の誕生日だからとか家族で旅行行くのでだとか、後は年に消化しなければいけない有給を取得するという人もいて、理由はさまざまだよ」
「そうなんだ」
「ははははは。ミノルも会社の説明会などで社風を知るために、有給の取得理由やどんな風な福利厚生の制度などが設けられていて、みなさんどれくらい実際に行っているのかを質問して確認すると良いよ」
「うん、そうする」
「母さん俺にも朝ご飯」
「はいはい」
正美は子供たちと共に席について、子供たちの食べている朝食の内容を見て、「美味しそうだね」って言っている。
菊池が美味しいですよ、と答えながら、
「面接でも質問を受けることがあるそうですから、この事を質問されるのもいいかもしれませんね」
「確かに」
とサクが言う。
「アルバイトの面接だって、休み方や今まであったことなどを教えてもらうとイメージしやすくって安心して働けるんじゃないかな」
と正美が言うと、今度はサクとミノルが一緒に返事した。
「そうだね」
「そうだね」
「三人ともアルバイトする気ってあるの?」
「サクは考え中」
「考え中ってことは探しているのか」
「探しているが実際どんな感じなところなのか観に行けていないし本当にできるんだろうかって不安もある」
「なるほど。実際に来店できるところだったらちゃんと一度お客として行ってくると良いよ」
「うん」
「ミノルは?」
「考えたこともあるけれど、その今文化祭が終わって、勉強会も今も時々開いて教えてもらいながら過ごしてて、それに他にも時間を使いたいし」
ミノルの頭には鈴木の姿が思い浮かんでいた。
「進学?就職?」
「それは・・・・・・その」
「決めかねている?」
「うん、そう。決めれてない。進学するほどに勉強が得意でもないし、何か専門的な知識をって情熱や好きもないし」
「でもお出掛けしていた時はあったでしょう」
「それは趣味で」
「そういう世界にも興味はない?」
「好きだけれど好きだからこそ、実際に活動する彼らの中に混じって活動するのを想像しても何だか自分の気持ちが彼らの情熱を邪魔しちゃいそうで」
「ははははは、真面目だね」
「うううん。そんなんじゃないよ。自分でもそれが分かって嫌になってしまいそうで」
「それは嫌ですね。好きな世界なはずなのに」
と菊池が答える。
「そう、そう思うだろ」
「確かに、かといってここに進みたいって企業さんに出会っていないと」
「そう」
「まだ二年生だけれど、もう二年生の二学期だからね。もうそろそろ本気で考えて動いた方が良いから、こうして現状どうなのか訊ねてみたけれど、訪ねて正解だったね」
「ええ、そうね。はい、パパ」
「ああ、ありがとうママ」
正美の前にも朝食がやってきた。
「進路について相談したいことが合ったら母さんでお父さんでも良いから相談するんだよ。先生ならあの学校の過去のデータがあるだろうから、学校としての卒業生の就職先や進路先としての繋がりとかもあるから、早めに先生にも相談するんだよ」
「繋がり?」
とミノルが聞くと、
「そう、繋がり。学校の先生たちも、いきなり今まで卒業生を送り出してきたことのない会社に就職したいと相談されると、街頭の会社や企業などへ問い合わせるんだ。就職希望の生徒が居るのだが、求人を出されていますか?ひとり雇えれませんかと訪ねなくてはいけない。そのためのアポイントメントをまずは先方に取って、事情を説明して、生徒の基本的な情報を本人の許可を取っておいて相手方に教えるんだ」
「わー、じゃ」
「そうだよ、担任の先生たちの代わりに担当の先生が居たりして話をするために会社に伺ったりするんだよ」
「だからね、先方のこともあるから、こういう場合希望している生徒の本気度を先生は確認して話し合ってそれから今伝えたような行動を行っていくんだよ」
「わぁー」
「はははは、でも自分の人生で自分がどういう仕事がしたいのか、合っているのかは大事なことだからね。そういう意味では遠慮はいらないよ。分かったね?三人共」
「うん」
「うん、わかった」
「はい、分かりました」
サクの次にミノル、そして菊池が返事をした。
「さぁ、食べよう」
と正美の促しで三人は食事を再開したのだった。
サクたち三人が学校へと向かった後に、正美は、
「あ、しまった。進路とアルバイトの話をしていて、あの子たちが話をしていたサクの話題なんだったか聞くの忘れた」
と気づくのであった。
猫を抱いた小春が、「ふふふっ」と笑っている。
そういえば進路どうするんだ、アルバイトはするのかということを考えていたら、このことを書かずにはいられなくなって書いてしまいました。菊池君も先へと進んでおりますので、サクとミノルについても考えてみたくなったというのと、父正美の出番を増やし子供たちとの時間を作ろうと考えた次第でした。




