一方、その頃
一方その頃ということで、立川たちの様子も描いて行こうということになりました。とりあえず、一階に向かった後の様子をごらんください。
ミノルと鈴木が上階の喫茶店で軽食を食べながら談笑をしている頃、立川は相手の彼女が行きたいところがあるという申し出を受け入れて一緒に校舎の表にテントを張ってお好み焼きを作っている運動部の出し物の場所までやって来ていた。
なかなかな人気を博していて立川たちが到着した時には縦に二列でお客さんが並んでいた。この運動部に知り合いがいる客の中には、並んでいる最中にその友人を呼んで一緒に並んでおしゃべりをしていた。
ねぎらいの言葉と調子の確認、そして、どうやらお目当ての相手がその部員さんには居るらしく。
「きゃー」
と言って、
「もう、やめてよぅ~」
と笑いながら友達からの進展確認や後押しにしり込みしているのか、恥ずかしそうにしている。はつらつとした明るい運動が好きな女子のノリでとても楽しそうだ。
立川は思った。
鈴木とはだいぶ違う雰囲気で恋愛というものを楽しんでいるように見えた。友達と恋愛について話をしているからこういう元気でポップな姿を見せているが、本人を前にすると大人しいというのかお淑やかにふるまっているのかもしれない。
鈴木はクラスメートの女子相手にもクールにふるまっているように見られている。質問すれば返事もあるし、本人から声を掛けて話をしている時もある。
その彼女も井岡と共に後押しするような提案をした時は、さきほどの彼女のように、こちらへやめるように伝えていた。
それでもミノルが乗り気でいると知ると、とても嬉しそうにミノルと約束をしておしゃべりをしていた。
女子の好きを表しているその態度。
立川はショックを受ける。
お目当ての相手の女子は並び始めた時に、
「お昼これにしよう」
「ああ、美味しそうだな」
「そうだよね。さすがお兄ちゃんだよね」
「お兄ちゃんって、君の?」
とたずねる立川の腕に手をかけて、「そうだよ」というと、
「近所に住むお兄ちゃんで、昔っからの知り合いなの」
彼女の声が耳に届いたのか、焼いている男性がこちらへ視線を向けた。立川の隣に居る彼女も、そんなお兄さんの動きに気が付いているようで、笑顔で手を振り返し「来たよ!頑張って!」と声を掛けている。
その男性もはにかむような笑顔を見せて、
「おう!」
と答えている。
その二人のやりとりをしている姿を目の当たりにしてしまった立川の心は沈んだ。学校の教室で見かけられて嬉しく、教室以外で見かけられたらラッキーな日だと思って過ごしてきていた。そんな自分の片思いの日々が足元から崩れていくような心持がしたのだった。
「な、仲が良いんだね」
と辛うじて答える立川に彼女は言う。
「そうだね。昔はお嫁さんにしてって、ドラマの子役の女の子みたいなセリフを言っていた時期もあったけれど、今はお兄ちゃんの彼女を推しているんだ」
「彼女って、って、・・・・・・いやいや、お、推し活の対象になるものなの?」
驚きつつも内心安堵している立川は、彼女の思わぬ情熱を知って、たじろいだ。
「もちろんなるよ!彼女ね可愛いの!お兄ちゃんにはもったいないくらい。一対一で話をしたら気が合ってさ、お兄ちゃんネタで話が盛り上がっちゃって。それから私と友人関係を築いていきたいって言われて。私も嬉しくって、お兄ちゃんに自慢したもの」
「そ、そうなんだ」
安堵しつつも、彼女の中でどれほどあのお好み焼きを焼きながらお客さんに笑顔を向ける男性が大きな存在なのかを知らしめられた気がした。
近所のお兄ちゃんと彼女は称したが、これは家族の一員に近い相手であると立川にはひしひしと伝わった。
片思いの自分の世界に浸っていたと気づかされるこの出来事に立川は、バラエティーの番組で男性芸人が勇気を振り絞って挑戦しますと宣言する姿を思い出して、一瞬肝が冷えた。
彼女はそのつもりは無いかもしれない。そうであろうとなかろうと、これは彼女への想いを抱く自分には大きな節目だ。本気度を試されていると自覚する。自然と姿勢を正して、深呼吸をする。前のお兄さんを見たままで、すぐ横に居る彼女の横顔を見ることができない。
そんな立川の様子に気づいていないようで、彼女は自分たちの出し物の準備の時のお話をしたり、お腹が空いたことをしゃべっている。
なんとか返事をしているものの、立川の心の中ではメトロノームのようなチクタクと時を刻むような音が鳴り響いているように思えた。
改めて自分が自分の想いを抱いて意識している状態で、その意中の相手へと視線を向ける難しさを味わっていた。
立川は、文化祭の準備の時や一緒に下校した時そして勉強会で鈴木がミノルへと視線を合わせてしゃべっていたことに対して、敬服するような思いを抱いた。
「鈴木ってすごいよな」
つい立川は今の気持ちを言葉にしていた。
「どうしたの?急に」
立川の顔を覗き込むようにして相手が見ると、照れ臭そうにして笑って視線をそらしつつ、握りこぶしを作って、笑顔を彼女へと向けた。
「いや、心意気というか勇気とか度胸というものが備わっていると思って」
「なに。文化祭の準備の時に何かそう思うようなことがあったの?」
立川は思い出す。文化祭の準備の日にアイテムづくりのための買い出しをした時に、店主に意見をしていた。そうして納得のいくアイテムで且つお手頃価格なものを選ぶ流れを作ったのだった。
そのことを彼女に話をすると、
「そうだったんだ。流石だね。彼女、私たち大勢の女子の中で一緒に居る時もそういう風に意見を言って、場の流れを作っていたよ」
「おお、男子の知らない女性の世界」
「いや、大げさな」
「ははははは」
「ふふふふふ」
立川は前のお客が一歩前に進むのを見届けると、自分も前に一歩出た。
「今回準備を一緒のメンバーとして以前よりも親しくさせてもらって、実際の彼女を知ることが出来たよ」
立川的には、同時に今さっき相手の事情を知ることができた。大きな収穫だと思った彼は、意中の相手と連絡先を交換して勉強会に誘った鈴木の雄姿を思い出す。
「今は君のことが知れて、俺は嬉しい」
「え」
彼女の顔を見て、こちらを振り向く彼女の様子を眺める。この瞬間、とてもとても遅く時が流れて、風が彼女の髪を揺らす流れさえなめらかに動いているのをテレビのスロー再生のように眺めた。瞼の動き、視線がこちらへと向けられる。視線と視線がもう少しでかち合うと、焦る自分の気持ちさえ感じ取れた。
かち合って数瞬後だろうか、彼女はびっくりした顔になって口を開けて、目を見開いている。そしてこちらに向かって、右手の人差し指を向けてきた。そしてその後に自らを示す。
立川も、そのしぐさに頷く。
立川が頷くのを見届けた瞬間に、彼女の中でこのことについて意識したのだろう。顔を赤くして、口をさらに大きく開けて、右手で口もとを隠した。左手が立川の右袖をつかんで、驚いた拍子にひっぱった。
信じられないようで、
「うそ?」
と聞く彼女に、
「嘘じゃない。罰ゲームでもない」
と立川は告げた。
「連絡先交換したい。良い?」
立川が袖をつかむ手を離して、右手を彼女のその手とつないだ。
彼女はさらに耳まで真っ赤になって、携帯電話を差し出した。
立川は、彼女からオッケーの返事を貰えたと、満面の笑顔を見せる。左手はガッツポーズをして上につきあげた。
「じゃ、今から彼氏と彼女で」
「う、うん」
立川は何年振りかと思えるほどの浮かれっぷりで、お好み焼きを彼女がお兄ちゃんと称する男性から購入して、挨拶をした。
「俺は立川って申します。宜しくお願い申し上げます」
お兄ちゃんと言われていた彼はびっくりして、妹分を見る。顔を赤くして、
「恥ずかしいから見ないで」
と言う。
「わーお!」
と大はしゃぎして、立川に言った。
「俺の妹を泣かせたらただじゃすまないって覚えておけ!」
「もちろん」
「よし。これから宜しく」
「こちらこそ、末永く宜しくお願いします」
「おお!」
立川たちの様子を後ろでお客としてお好み焼きを買うために待っていた女子高校生二人は、さきほどから聞こえてきていた会話の様子で目の前の男子生徒が告白していることに気が付いていた。
こっそり衝撃を受けつつ隣の友人とこの事を共有して、今の今まで叫ばないように騒がないように、自らの口元を抑えて我慢していた。
が、お好み焼きを焼いている男性との会話を聞いて、もう我慢できなくなり、左の女子生徒が叫んだ。
「おいおい!アオハルかよ!」
どっと笑いが起こり、立川はこの場を離れようと促す彼女と一緒にお好み焼きを二人分手にして、その場を後にした。
お好み焼きを提供している部活の顧問もその場に居合わせており、
「ま、マジかよ。あいつ。度強あるなぁ」
と驚いた表情をしている。
しばらく歩いて中庭のベンチに辿り着いた立川たちは、ベンチに座って、お好み焼きを食べた。
彼女が立川に聞く。
「私まだその恋愛的な好きとかは分からないけれど」
「こうして一緒に居ることを受け入れてもらえているだけで、俺は今有頂天になってるから大丈夫。今俺幸せだから」
「なんだか、ずるいわ」
「なんで」
「私も幸せになりたい」
「なにがあったか教えてくれたら、それって幸せなことだよって教えるよ」
「あ、ははは」
先ほどよりもビックリしているのか教室でのいつもの笑顔が崩れている。良い部分で繕っていたのだろうか。その驚いた表情に影があるように思えた。
持ち物をベンチに置いて、こちらを向いてビックリしている彼女に向かって左手を差し出した。
その手に彼女は視線を追ってもう一度立川を見た。
「手」
彼女は立川が先ほど手を繋いできたことを思い出して、今度は自らが繋いだ。すると立川は手を握って、
「大丈夫」
「え」
「ひとりよりもふたりだから。お互い気づけるから。ね」
頷く立川に、ぎこちない笑顔を向けて彼女はその手を握り返した。目は涙でにじんでいた。
何かあったか分からないが、質問せずに、距離を詰めて、右手で手を握り変えて、左手で彼女の背中を撫でた。母が昔、そうしてくれたように。
しばらくした後に、彼女は教室で見せたことないくらいに素直になったようで屈託なく笑って、
「ありがとう。これから宜しくお願いします!」
と立川という存在を受け入れ始めた。
脇役の登場人物に、”アオハル”って言わせたぞ!鈴木の雄姿を思い出して立川も勇気を出して告白しました。執筆している私もどうなるんだとか告白させるのかさせないのかどうなるのかどう描くのかドキドキしました。はぁー、なんだか本番を乗り切った時のような高揚感を幾ばくか感じています。




