勉強会その②
こちらがエピソード21です。ご迷惑おかけしました。
ミノルの凡ミスによる減点となった問題は、無事ひとりでも解き終わることができた。
その内容に満足した鈴木は、頷いて、
「次の問題へと移行していこう」
と教科書を開いて、その問題の公式が書かれているところを見えるようにした。
「この公式について分かっているところと分からないところを教えてもらえる?」
「う、うーん、と」
ミノルは口ごもった。
「分からないままにしていたのね」
「あ、う、うん。そう、まいったなぁ」
「ふふふ。じゃ、どのようにこの問題を解こうと考えていたのか説明してもらってもいいかしら。これなら記憶をたどれば出来るわよ」
「わかった」
ミノルの説明に、公式の基本を理解していない箇所がわかった鈴木は、学校の授業の時のことを思い出しながら、先生のセリフを真似て、ミノルに公式についての説明をしていく。
特に注意して略さずにひとつひとつ説明をしてみると、分かるような分からないようなというところまで来た。本人曰く、
「こうするのはわかったけれど・・・・・・」
「納得いっていないようすね」
「うん」
「それなら、こうしましょう」
鈴木は自分の鞄の中から数学のノートと参考書を取り出して、ミノルに同じ公式のことが書かれたり記載されている場所を開いて、見せた。
「読んでみて」
「わ、わかった」
ノートを読んでいるミノル。
「すごい、ところどころに詳しく説明が書いてある」
ノートのことを褒められて鈴木は照れた。素直に褒められて嬉しかった。
ミノルが、
「この部分俺のノートにも書いておきたい。写させてもらっても良い?」
「どうぞ」
「ありがとう」
ミノルは鈴木さんのノートと自分のノートを開いて、書き写していく。ミノルの眼差しは先ほどの、どのように問題を解こうとしたのかの説明の時よりも輝いて見えた。楽しそうである。
楽しんでいることにホッとした鈴木は、この分だと、あっという間にミノル君はおぼえていくだろうと確信した。
前を見ると彼らと目が合った。立川と井岡である。彼らはにまにまとほほ笑んで鈴木の様子を見ている。二人は勉強に集中しているミノルに気が付かれないようにして、無音に近いくらいの小さな声、口をただ開けて閉めてして声を出している真似をしているように、鈴木に伝える。
「よかったな。仲が深まって」
と立川。
「おめでとう。このまま行けば隣はお前の席になる」
と井岡。
「な、なによ」
と鈴木はすこし頬を赤らめてミノルを見た。ミノルの横顔にますます頬を赤らめてから、その両頬を両手でそっと覆い隠した。目もつぶって俯く。
深呼吸をしてミノルを見ると、参考書の方を読んでいるところだった。
鈴木は想像して青くなったり赤くなったりと表情が変わって、そして真顔に戻った頃に、ミノルに声を掛けられた。
「読み終わった。さっきよりも分かった気がする」
「気がするって」
と少しばかりあきれ顔の鈴木にミノルは、落胆させたなぁと思いながらも、教えを吸収しようと集中して鈴木の説明を聞く。鈴木も説明に詰まると、井岡が例えを使って説明すると、立川には伝わったのが、ミノルには伝わらなかった。
ミノルは鈴木の方を見る。
「鈴木さんは今の例え分かった?」
「分かったけれど、ミノル君が戸惑うのも無理ない気がする」
「あはははは。井岡は俺の教師だからな」
「いや、同級生で居させてくれ」
「そうだぞ。井岡はこれでも俺たちと同じ年なんだから」
「ふふふっ」
「はははは」
ミノルのひと言に、鈴木と立川は笑った。井岡は自分の年上のような振る舞いをしてしまうことに自覚があり、それをまた認めて良しとしているところがあるようで、
「自分でそういうところがあると理解しているとはいえ、同級生にそれを言われると、確かにすこし堪えるなぁ」
「そんなに思うところがあったのか」
「ごめん、井岡」
「そうね、ごめんなさい」
「この場合。それだけ真面目に謝られる方が、素直にストレートにそうであると訴えられて俺の心は諦めの境地を眺め始めそうなのだが」
「諦めないでいいんだぞ」
と立川が井岡の方に手を置いて言う。そして続けて、ミノルが、
「老け顔と同じで、年齢を重ねれば重ねるほどに井岡は魅力的になって、周りの人にもその魅力が分かりやすくなると思うよ」
と真面目に言うものだから、眉間にしわを寄せた井岡は立川を見て言った。
「保護者よ。どうにかしたまえ」
「どうにかって、こいつの長所であり短所でもあるところだろう。俺たちも受け入れよう。俺たちも受け入れられているのだから」
としんみりとして返す。
その彼らのやり取りに、再び、鈴木は笑った。
「ふふふっ。ささ、もう一度、この基本問題を解いてみて」
と参考書に書かれたさきほどの公式の基本的な問いについて、自分だけで解いて見せるように促す。
「わかった」
「できれば、その他の、ここの問題も解いてみて」
「うん」
解き始めたミノルの様子を確認すると、鈴木は立川と井岡の方へ向かって話しをし始めた。
「ところで、二人の勉強も進んでいるの?」
「分析による説明は済ませた」
「まだ、そこ?」
「俺の受け入れ完了待ちなんだ」
「どういうこと?」
「俺の分析を聞いて自らを受け入れるのには時間がかかるということらしい」
「何それ?そんなことしている間にも、説明を受けて問題解いていきなさいよ」
「本当に?」
「当然でしょ。なんのための勉強会だと思っているのよ」
立川は無言で鈴木の顔を見つめ返した後に、ミノルを見て、また鈴木を見た。
「立川も井岡は先生なんだろう。なら今のうちに教えてもらっておけば、後で見返して習得できるくらいにはなって、もっといい点とれるようになるんじゃ」
と言いながらミノルが顔を上げて立川の方を見た。
すると、立川はミノルの顔をジーっと見た。
「な、なんだ?」
「いやぁ、なんて言うのか。今日は午前中の買い物にしてもお昼時にしても、今の勉強にしても、なんていうのかやけに真面目で素直だけれども何か思うところがあったのか?」
「え゛っ!?」
ミノルの顔が見る間に赤くなっていく。耳まで赤い。
「だ、だって。俺の勉強見てもらうっていうので今日集まっているんだろう。わざわざ休日を使ってさぁ。それなのに俺が教えを受ける姿勢を見せなかったら恥ずかしいだろう。成績バレるのも恥ずかしいけれど、こうして真面目に学ばないともっと恥ずかしいの。そう思って、恥ずかしいの乗り越えて来たのに。もう、家でこの思いを感じて、この恥ずかしさを通り過ぎたと思ってたのに。立川、まったく!」
「シー!悪かったから問題解いていけ。大いに学べ」
「あなたもね。まったく」
ミノルは一度両手で顔を覆うと深呼吸して、その両手を髪の毛へと移動させて頭をかいた。そして両手を櫛のようにして髪の毛を整えると、再び参考書に向き合った。
それを見ている立川がミノルの柔軟性のある考え方をしているというその変化を好ましく思い、大きく頷きつつノートを広げて、教科書を開いた。
そんな立川たちを見ている井岡が大きく頷いた。そして、やっぱり自分は保護者か先生みたいだ、こうして同じ学年の同じクラスの生徒の仲の様子を眺めて頷いているなんて、と考えた。
すると井岡に鈴木が声を掛ける。
「数学のテストどこ間違えた?」
「ああ、ここと、ここだ」
「ああ、そこ」
井岡の間違えた箇所が二か所だと知ったミノルと立川は、素直に感嘆の声を上げた。
「すごい」
「す、げー」
そんな井岡の間違えのひとつが凡ミスによるもので、答えを導き出す方法が間違っていないことを知った二人は、再び、井岡を尊敬のまなざしで眺めた。
「そんな顔をしてこっちを見ても成績は上がらないぞ。上げたかったら問題の意味を知って習った公式を用いて解いていけ」
そんな教師然とした井岡のセリフに鈴木までもが、
「本当に教師みたい」
とぽつりと言った。
四人は笑って再び勉強に集中し始める。
ミノルの基本問題を数問解くのが終ると、自ら採点していき、結果を鈴木に見せて報告した。
鈴木に、
「どう?」
と問われると、ミノルは、
「さっきよりも分かってきた感じが増えた」
「ならマシね。応用問題も解いてみて」
「わかった」
再び応用問題を解き始めるミノルは、唸った。
鈴木が、
「見せてみて」
「これって、何?」
「ああ、これは・・・・・・」
と言って鈴木の説明が始める。どういう応用なのかを説明うけている時点で、応用のひっかけのような設問の仕方に気がつけなかったようだ。
そうして応用問題についても学んでいくミノルは着々と勉強を進める。そして、応用問題も解いてみせた。
「ちょっと、休憩にしましょうか」
「そうだな。それが良い」
「俺も、トイレ行ってくる」
「あ、俺も」
立川とミノルは席を立ち、図書館内のトイレへと移動して行った。
「これで彼も立川くらいにはこのテストの点数は取れるようになっただろう」
「ふう、初めてこれだけ人に教えたけれど、結構体力というのか気力を使うものね」
「まぁ、相手とどれくらいに意思疎通するための言葉が思い浮かぶかによるところがあるからなぁ」
「本当に井岡君は教師でも目指しているの?」
「教師というよりも、アルバイトの講師でもできたらとは考えたことはある」
「やっぱりそうなの?」
「立川君にアドバイスしていた分析結果の伝え方が、もう塾の講師っぽかったもの」
「ははは、そうか。分かってしまっていたか」
「立川君で練習していたのね」
「まぁ、否定はしないよ」
「ふふふっ。ちゃっかりしているわね」
「降って湧いただけで何かしたわけじゃないんだが」
「そう」
「ああ。じゃ、俺もそろそろトイレに行ってこよう」
「いいわよ」
「ああ、すまない」
井岡はそういうとトイレに向かって歩き始めた。その時、トイレのある方角から二人の姿が現れた。井岡に手を振る二人。
途中ですれ違い、ミノルと立川が席に着く。
ミノルが言う。
「鈴木さんお待たせ。トイレ行ってきても良いよ」
「俺たち先に行かせてもらってすまない」
「いいえ。遠慮せずに、じゃ、行ってくるわ」
そう言ってハンカチを持った鈴木も席を立ち、トイレの方へ歩いて行った。一度振り返ってミノルたちの方を見た鈴木とミノルは目が合った。ミノルが、手を振った。それに鈴木が躊躇いがちに手を振り返して笑顔を向ける。それにミノルも笑顔を向けた。
その様子を振り向かずにミノルの様子を見て、どういうことが二人の間で行われているのか察した立川は、肩を震わせながら笑うのを我慢して鈴木のほほ笑んで手を振る様子を想像した。そしてその相手にミノルが向き合って、ほほ笑んで手を振っている。途端に立川は、羨ましくなった。
鈴木は想い人とほほ笑み合って手を振り合っている。そうして距離がある中、二人だけの内緒のように意思疎通を行ったのだ。
立川は想い人を想像して、同じように脳内でほほ笑んで手を振る場面を想像してみた。
両手で顔を隠す。
耳まで真っ赤にしていた。
立川が想像した想い人は、ちょっとある距離でも立川に気が付いて、ほほ笑み、手を振って、嬉しそうに楽しそうな笑顔で近づいてくる。そして自分に抱きついた。
立川はミノルを恨めしく思いながらも、どこかなんとなくクラスに馴染むのに時間がかかっていてぎこちないミノルがこうして同じクラスの女子生徒に想いを寄せられている。そのことに対して感慨深いと思った。
一年生の出会った頃の自分たちの様子を思い浮かべると、想像できなかったできごとが二人にもれなく訪れている。立川自身は想いを寄せ、ミノル自身は想いを寄せられていた。
立川は思わず、携帯電話を取り出して、ミノルの顔を写した。
「何するんだ」
とミノルに言われると、思わず、
「青春の一ページに」
と本音が漏れた。
「それなら後で、外に出てから、四人で写真を撮ろう」
「ああ、それもいいなぁ」
「あ、井岡が返ってきたぞ」
井岡が席に着くと、真っ先に立川に何をしたのか訊ねた。
ミノルが説明をする。今日の勉強会の終った後に、四人で外に出た時に写真を撮ろうと。
「いいじゃないか。確かに青春の一ページだな」
井岡も乗り気になってくれたことにミノルも立川も嬉しそうだった。
トイレから戻ってきた鈴木にも承諾を得た三人は、大いに喜んで、夕方まで勉強に励んだ。
2教科目で、
「もうそろそろ、帰るわ」
という鈴木に、
「それもそうだな」
「ああ」
「また、分からないところは鈴木に聞いたらいい」
「俺も井岡に聴くから」
「ああ」
「ええ、もちろんよ。連絡してくれても構わないから。そしたら打ち合わせして、教える時間を調整して設けて勉強会行っていきましょう」
「わかった」
鈴木は片づけ始めて、ミノルも急いで片づける。
「鈴木さん。参考書とノート、ありがとう」
「どういたしまして」
井岡と立川も片づけ始める。帰る支度が整ってから、
「帰る前にもう一度トイレ行ってくる」
とミノルが言うと、自分もと全員が行くことにした。トイレの前で集合してから、一緒に図書館を出た。図書館の傍にあるモニュメントの前で四人で思い出の写真を撮影する。それぞれが思い思いに撮影していった。三人で映っているものや二人で映っているもの、そして四人で映っているもの。さらに、ひとりの笑った表情のアップの写真。
「帰ってからでいいから送ってね」
「そうする」
「ああ」
「ええ」
そういって四人は駅の方へ向かって歩いて行った。
勉強会の日の最中だった。忘れていた。やっぱりあたまがボーっとしているなぁ。




