人を想うということ
ミノルが熱を出した時に妹サクに弟をアピールしにくるようになった向坂姉。どうなることやら。
サクに対する向坂姉の態度は変わらず、時折尋ねに来ては、弟についての話しをしていくものだから、同じ空間を共有している生徒たちも、その件の弟について情報を得ることとなった。
ゆう子の前の席の子はゆう子に尋ねる。
「弟さんがお姉さんのあの行動を止めるために家で話をしたんじゃないの?」
ゆう子は苦笑いを浮かべて、
「そう。その結果が、アレだよ」
「げっ!」
思わず嫌なものでも出会ったような表情を見せる相手にゆう子も内心、「そうだよね」と思う。
近頃では、ゆう子への挨拶がついでの時すらある。メインの目的がサクへ向いていることに、ゆう子は心の中で、サクへと祈りを送る。”幸あれ”と。
少し違う気もするがその甲斐あってか、その時折訪れる日には大抵、菊池が訪れる。なので、菊池が時折、向坂姉の行動をセーブさせる行動をとってくれたり、否定したり、サクの自由や意思を尊重するような言葉を向坂姉に送るので、サクも菊池の存在を有難く感じていた。
とある日、向坂姉が訪れた日に。見かねていたのだろう同じクラスの生徒が、向坂姉にこう尋ねた。
「当の君の弟君は、このことを承知しているのか?姉に自分をアピールしてくれるよう頼んでいるのか?」
すると向坂姉は、なんてことない風にこういうのだ。
「あの子が、自分からそんことを頼むはずないじゃない。あの子はこういう話しには奥手なのよ」
「じゃ」
「奥手だからこそ。姉として今のうちからうちの可愛い弟の相手を探して見つけてアピールするとともに我が弟に合うように教育しなくてわ」
ゆう子がたまらずに向坂姉であり自分の友に言葉を送る。
「それくらいにしないと。また口をきいてもらえなくなるよ。琴美」
「そ、それはっ」
とたんに焦る向坂姉こと琴美は、弟の写真を現像して封筒に入れて、サクの手に握らせると、
「きょ、今日はこれまでよ」
と言って、友であるゆう子に「じゃね。あの子に言わないでね」と言って自分の教室に帰っていった。
教室の何人かが同調したかのようにため息をついた。
「心配だったり愛情を注ぐ気持ちは分からないでもないけれど、あれはさすがに。すごいなぁ。いろんな意味で」
と琴美に尋ねた生徒が言って、自らの席に帰っていった。
サク中では、そんな生徒に感謝の念を感じつつ、手の中に握らされた向坂弟の写真が数枚入った封筒をどう扱ったものか考えあぐねていると、ゆう子がサクに近づいて謝ってきた。
「ごめんね」
「あ、いいよ。さっきはありがとう」
「あの子の弟にも伝えてて、本人も恥ずかしがって勝手なことしないで欲しいと姉と話はしてくれているんだけれど。あの子、知っての通り少々度が過ぎてて。その写真、もしよかったら私から弟へ渡しておくけれど」
「それは有難いけれど。それだと、その。彼女との間に」
「大丈夫。私とあの子は幼稚園の時からの付き合いだから。これくらいで壊れたりしないわ」
「おう。それなら」
「そう、ある程度慣れているつもりだったけれど。はぁ、慣れているからか、私の言葉じゃ声が届きにくくなっていて」
「ぶしつけな上に一応確認したくて聞くのだけれど、あなたが彼女の弟さんとってことは?」
「それはない。私にとっても弟みたいなものだもの。実際あの子も私の事をゆう子ねぇって呼んでくれる時があるくらい」
「ははは、それはじゃ、無いが確定か」
「そう。ごめんね」
「いいえ。あなたが謝ることはないわ」
ゆう子は写真の入った封筒を受け取ろうとするとサクが、サッと手をそらした。
「ん?」
ゆう子がサクの顔を見ると、サクがゆう子を見上げていた。
「どうしたの?」
「彼女の弟さんにあなたから伝えてもらえる?こちらにそういった感情はないと」
「ああ、それなら。あの子もあなたに申し訳ないって伝えてもらえるかって言っていたから」
「そう。そうだったのね」
「そうよ。印象悪くなってるかもしれないけれど。決して彼女の弟は悪い子じゃないわ。それだけはどうか覚えておいて」
「ええ、分かってる」
「それじゃ」
ゆう子はサクの手から封筒を受け取ると、席に戻っていった。
サクはゆう子が席に戻って、封筒を開けて確認し、再び封筒の中にしまうとそれを鞄の中にしまった。
携帯電話を取り出して弟に電話している。そして、周囲に聞こえるように、封筒を回収しておいたことや謝っておいて欲しいことや先ほどのサクの言葉を伝えていた。
安堵するのはサクだけじゃなくて、ゆう子やサクの周囲に居る生徒たちも同じだった。友人に「どうなる事かと思った」と言ってため息をついている。そうして友人に慰められているそれら生徒たちも、予鈴のチャイムが鳴って各自、自分の席に移動していった。
サクもゆう子との話しを、携帯電話で菊池に知らせて、いったんは落ち着いているということを情報共有して安堵していた。
そんな彼らの様子に気が付いていない向坂姉こと琴美は、自分のクラスに帰ると、大人しいものだった。
真面目に授業を受けて、私語も少なく、先生からの印象は良い。生徒からも頼りにされているのかクラス委員長を任されている。
サクへの行動は生徒を介して、もちろん琴美の属するクラスの生徒にも話しが伝わってきていた。そのことでひそひそと話をするクラスメートに、怯むどころか、一瞥するだけで何か言ったりせずに闘志を燃やしていた。
「必ず、あの女を落として見せるわ」
その言葉を偶然耳にしてしまった女子生徒が、
「こ、琴美ちゃん。セリフがちょっと物騒だよ。落ち着いて」
と声を掛ける。
「ありがとう。そうよね。次の授業始まるもの」
と少々ずれた認識をされたが、一応落ち着きを取り戻してくれているらしいので、その女子生徒はとりあえず”良し”とした。
そんな妹の噂をミノルが耳にするのは、熱を出した日から四日後となっていた。熱を出した翌日には微熱となっていたが三日目は大事を取って休んでいたからだ。
週の最後の日の朝。教室に現れたミノルに、
「久し振り」
や
「風邪治ったのか、良かったな」
など朝の挨拶以外に声を掛けられた中に、
「そういえばお前の妹凄いうわさが立ってるぞ」
という言葉に驚いたミノルは、自分の妹のうわさの話しを詳しく聞くこととなったのだった。
「何故、俺は知らない?!」
「いや、妹も恥ずかしくて隠してたんじゃないか?」
「確かに。いや、あいつでも恥ずかしく思うことあるのか?」
「そりゃ、あるだろう!」
「そうか。不思議だ」
「おいおい。自分の妹にどういう印象を持っているんだよ」
「いや、然とした態度で悟っているかのような」
「崇高だなぁ」
「そうして悟っている分知っているってことだから、よくこっちのこと見て楽しそうに笑っているんだろ、アイツは」
「いや、お前・・・・・・」
兄としての立場と妹との関係性に言葉を無くす彼は、そっとしておこうと、
「ま、そういううわさが立つくらいには、そんな感じのことが実際にお前の妹の教室で起こったらしいことは確かだから」
「分かった。ありがとう、教えてくれて」
「いや、じゃ」
「ああ」
鞄から教科書や筆箱などを出しながら、妹にそういったまるで縁談話のようなことが持ちかけられるなんて。己の妹がそのうわさ話の発端となった妹へ声をかけた女子生徒から一目置かれたことを意味することに、ミノルは驚いていた。
うちの妹は、弟の結婚相手ないしは恋人として付き合わせる相手として、人間的に認められたのだ。
「なんてことだ」
鞄を机の横にかけて、携帯電話を取り出して、このうわさ話を母親に連絡をした。
すごい速さで母親から連絡が返ってきた。
母親である小春は、
<わかった。あの子に私からフォローしておくから>
とあった。
ミノルは安心し、母親に、
<サクに俺もお前を応援していると伝えておいて>
と母親に伝えると、
<直接本人に伝えなさい>
と返ってきた。それもそうかと、今度はサクに、
<うわさ話を聞いた。俺はお前を応援しているから>
と送信すると、サクから、短く。
<了解>
ときた。相変わらずの短い返事に笑いながら、安心したミノルは、携帯電話をしまって教室に現れた立川に事の次第を報告した。
遅くに現れた鈴木にミノルが話しかける。
「立川から聞いたんだけれど、鈴木さんが俺のアイデアを形にしてくれていくつか作ってくれたって」
「ああ」
と言って、鈴木は教室にいる立川を一瞥してからミノルへほほ笑んだ。
「私だけじゃなく、他のメンバーも一緒に作ったから、彼らにも声かけてあげて」
「ああ、そうなのか。そうするよ」
「ええ。風邪早めに治って良かったね」
「うん。本当にそう思うよ。文化祭だけじゃなくて準備の日にも間に合って良かった。残りの準備期間、頑張るから教えてくれ、どんな感じに進んでいるのか」
「わかった。じゃ、その時にね」
「ああ。じゃ」
「じゃ」
そう言葉を交わして自分の席に帰っていくミノルの後ろ姿を見ていると、いつの間に鈴木の傍に来ていたのか、
「もう少しアピールしなくていいのか?」
と井岡が言うので、ビックリした鈴木は、
「まさかあなたの口からそういった言葉を聞くとは思わなかった。もうちょっと他人のそういったことに関心がないかと思っていた」
「”なんのこと”とは言わないんだな」
「・・・・・・」
「まぁ、いいさ。自分としては文化祭の準備も順調に進んでいるし、二学期早々の成績も申し分ない。内申に書けそうなこともできてきている。うん。後は仲間のそういった関係の話しが上手くいくことを願うばかりだ」
「まぁ、余裕なのね」
「そうさ。そうなるようにしてきたからな」
「・・・・・・そう」
「随分弱気な顔をする」
「そう?」
「今の顔を鏡で見てみろ。きっと自分でも驚くんじゃないか」
「はぁ、トイレ行ってくる」
そう言って、鈴木はトイレへ行って鏡を見た。確かに覇気がない。鈴木は井岡の言葉と顔を思い出す。気に食わないが井岡の言った通りだ。
そもそも井岡だけじゃなく、立川も鈴木の気持ちを知っているんじゃないかと思った。じゃなければ手伝った人間を鈴木ひとりの名前を上げたりはしないだろう。つまりその気があると知られていて彼が自分に声を掛けるように促してくれたのだ。
彼の友人である立川のことだ。彼の幸せを願ってそうしているのだろう。お前を想っている人がいるぞとひそかにそう確実に言えるようにこちらの気持ちをさらに大きくしようとでもしているのだろうか。
いや、それは考えすぎか。
そう思い直してから個室に入り用を足して、手を洗い廊下に出たところで予鈴が鳴り、急いで教室に戻った。
先生が来る前に席に着くことができた鈴木は、そっとミノルの方を見た。自分の心の中に現れるそういった感情を確認する。
そう想うようになった切っ掛けすら自分で分からないなんてことがあるとは。
情けないとでも言いたげに首を少し横に振ってから、気を取り直して、前を向いた。
他の学年の教室にもうわさが流れていたようで。相手を見つけてあげようと懸命になる家族の姿。自分のミノルに対する気持ちと向き合い始める鈴木。立川と井岡の声は鈴木を応援しているようで。




