人間関係と人間性
説明するように描いてしまった。が、どうそ。
サクが菊池と去った教室では、いつもの日常に戻っていた。が、さきほどの一幕を見ていたクラスの面々の中でひとり、田所は目に力を入れているのか、静かに闘志を燃やしていた。
そうこの背が高くやせ形で、黒髪を少し長めに伸ばしているこの生徒。同じクラスの男子生徒と談笑している輪の中にいながらして、頭の中はサクのことでいっぱいであった。
田所は思う。
ここの高校に入学してすぐのクラスのメンバーを知っていく中で、突如教室の出入り口から現れたサクを見て、一目惚れしたのである。
視線で追わないようにしながら、気配を追い。時折見せる談笑している中での笑顔に、内心ガッツポーズをとっていた。
幾人かの男子生徒が彼女へ視線を向けると、睨みを利かせたい衝動を抑えて、泣きながら恋に発展しないように祈る。
そんな風にサクの学園生活を見守ってきたと自負する田所。
そんな田所も、まさか隣のクラスの菊池という男子生徒がサクに急接近し、毎朝一緒に登校しているという噂を聞いて、泡を吹く思いをした。
ある朝。田所は学校に早く訪れ、彼女がいつもどれくらいの時間に教室に現れるのかを観察し、サクが学校に到着するおおよその時間を特定したところで、彼女の登校姿を窓から観察して確認作業をした。
自分の想い人であるサクがひとりで登校するのか、あの菊池とかいう男子生徒と共に学校に現れるのか。
ほどなくして、サクの隣にひとりの男子生徒が一緒に歩いている。しかも話をしている姿を目撃した瞬間。田所は後ろにひっくり返るかと思った。座っていたので事なきを得た。
そうして噂は事実だと知った田所は、席を貸してくれたクラスメートにお礼を言い、自分の席に戻る。
「これは」
そうこれは由々しき事態だ。そして田所は決意する。
菊池とかいう男子生徒を調べてどんな人物なのかを探って、万が一お付き合いをしているものなら自分の恋は終わりを告げると。
その日から、なんとなくサクの噂を口にして、話しをするメンバーの中で真相を知っている者が居ないか、新しい情報がないか探した。すると、とある人物の口から、菊池が困っているところにサクが助けに入ったらしいという話しを耳にした。
田所は、サクのすばらしさをたたえながら、菊池がその手助けされた時にサクに惚れたのではないのかと考えるようになった。
つまり、この二人の仲は、菊池が惚れている可能性があるが、サクはその限りではない、と。
「よし!」
ガッツポーズをとる田所は、「どうした?」という友達に「なんでもない」と答えて、「じゃ、ありがとう」と言って去って行った。
こうして、田所の恋する心は守られた。
その日から、たとえ菊池がサクのそばに居ようと、その恋は一方通行のままで相手からも恋愛感情が向けられているわけじゃないと安堵し、彼ら二人でいる時の姿を見られるようになった田所は、変な耐性の得た。
サク本人に告白すれば話しは早いと思うのだが、告白どころか普段話をしたりすることもなく同じ教室内に居ながらにして、こっそり思いを寄せているのである。
一方、サクがクラスでモテる部類にいると早々に肌で感じて知った菊池は、この田所の一連の動きを何とはなしに掴んでいた。
時折向けられる感情の出所は、何度もサクが居る教室に訪れて、サクと話をしている間に確認済みである。大まかではあるが、それでも知らないよりは安心だ。
自分にとって友人と称すには、”憧れ”や”恩”があるサク。彼女が自分を選ばなくても彼女は彼女の望むように生きていって欲しいと願う。菊池の頭の中では、キラキラしているサクの姿が浮かぶ。
そう思えるようになったのも、サクの母親小春のとある言葉を菊池に伝えられたことによるもので、その言葉とは、
「こうして知り合った君のことも。年上として大人として、そしてサクやミノルの母親として、君のことも君が明るくまっすぐに正直に生きて、輝いて生きていく姿が今もこの先も見守っていけることを、おばさんは願っているから」
サクという人物に助けられ、憧れを抱いた相手。その家族の様子を知りたいと、サクの家のインターフォンを押して、サクに助けていただいたことに対するお礼と日々サクの傍に居れば、今までの嫌な自分と離れられる距離を置けることで、生活が安定してきた。心も安定してきている自分の状態。それを彼女の家族に伝えつつ、どういったご家族か知ろうとしたのだ。
嫌な顔をせずに、家にまで上がらせていただいて、こちらの話しを上手に引き出し、しまいには涙まで流させてお礼を言わしめた小春の人柄や能力の高さや徳の高さに驚き感銘を受けた菊池は、この日からここの家の子供になりたいと、少なくとも教え学びたいと同じ空間に居たいと願うようになる。
そうして菊池は学校のある平日の朝早くにサクが暮らし、小春が守り動かしているこの家に通うようになった。
小春は菊池の事情を一番知っているが、小春は夫である正美にも子供たちにも、菊池から聞いた至極個人的な詳しい話はせずに、自らの家に居ることを許し、さきほどの言葉を菊池に贈ったのである。
菊池はサクのことが好きであるが、それは不確かさを含んだ恋愛感情。どちらかというと憧れの方が大きい。当然、サクの家族とりわけ小春への憧れが一段と大きい。二番目の母親だと思っている。
サクも直接菊池から愛を告白されたわけではないが、そういった類の感情を抱いているようでありながら、母親へ子犬がじゃれて甘えるように嬉しそうにご飯の用意をしてもらっているすごく楽しそうな姿を目撃しているので、菊池は自分のことが恋愛感情以外の好きが大きいに違いないと考えている。
そのことは菊池もサクも一緒に過ごすうちに本音で話しをするようになって、知っている。
菊池は楽しくて演じるようにして、サクの存在を持ち上げて時折執事などのようにサクに語り掛ける。サクも冗談交じりにその役柄に乗ったような言葉で返す。
そう、こういったやり取りもサクを”クール”で”人気者”であるという印象をクラスのみんなに与えていた。
それだけ注目を集めている妹を持つ兄ミノルは、”あの御付きの人が居る一年の子の兄”という呼ばれ方をされるときがある。”御付きの人”とは菊池であり、”子”はサクのことを意味し、その兄であるからミノルというわけだ。
この一文で意味が通ってしまうのも希有な話である。
サクがトイレに行った後、菊池とどこへ向かったかというと、職員室である。担任や教科担任の姿を探して、見つけ出すと菊池を伴って向い先生に尋ねた。
「さきほど教室に違うクラスの向坂さんという方がみえていらして、双子の弟さんがいらっしゃる話をされていました。写真も何枚か撮影したものがあるらしく見せてもらって」
「そうなの?まぁ」
「カッコいいですが、ここの学校の方ですか?」
「え、それは。ちょっと、ね・・・・・・」
「それもそうですよね。また本人に尋ねてみます」
「そうしてもらえる。先生からはちょっと、ね」
「はい」
サクは帰ろうとして呼び止められた。
「ついでだからこのノート届けてくれ」
「は、はい」
サクは視線を菊池に向ける。菊池もサクを見る。サクの無言の手伝っての視線に頷く菊池。
二人で手分けしてノートを一クラス分持ち、教室へと向かうべく職員室を出た。
サクは思う。情報のつけがこのノート運びか。あまり情報を引き出せなかったこともあり、高くついたと考えた。
「先ほどの向坂さんの双子の弟さんについて」
と菊池が口にする。
サクが考えを放棄して、菊池を見た。
「どう思う?」
サクの質問に、菊池は、
「冷やかしではないようですが、・・・・・・」
「あれが冷やかしだったら、双子の弟が可哀そうでしょ」
「ええ、確かに。ただ・・・・・・」
「ただ、なに?」
「こういってはなんですが、突拍子もないことをされるお姉さんを持つ弟という一般的な印象で言えば、内気なボーイではないでしょうか。ブラコンのようですし」
「確かに、一理ある。いや、それよりも”内気なボーイ”って、笑える」
「ふふふ。この表現気にっていただけましたか」
「ま、話しのネタとしてはね。実際は本人に申し訳ないから、誰かをそう評するのは打ち解けた仲の良いお友達にしなさい」
「ええ、そうします」
「と母ならいいそう」
「そうですね」
とクスクス笑う菊池の表情は、晴れやかだ。
気分転換になったのだろうサクも笑顔を取り戻し、菊池と共に教室に戻り、ノートをクラスのみんなに返していった。返す作業をしている間に授業の始まるチャイムが鳴ったので、菊池は途中で、自分のクラスへ帰っていった。
サク以外のクラスメートともノートの返却作業を手伝ったお礼や別れの挨拶を交わすようになっている菊池。その変化にサクも菊池も気づいているのやら、それはまだ誰も知る処ではなかった。
そんな彼らの様子を向坂の友人は、さきほどの友人向坂の行動を目の当たりにしたゆう子は、恥ずかしくて仕方がなかった。
向坂が弟好きで写真を撮り、「これ可愛いでしょ」や「これ素敵でしょ」と弟自慢をするのは知っていて、時折、「もうわかったから」と彼女のそういった行動を止めていたゆう子は、とうとう向坂がやらかしたと考えている。
おそらく弟に許可を取ってはおらず、姉の独断で行った行為だろう。
ゆう子は先生が教室に現れる前に、携帯電話を取り出して、向坂弟へさきほどの教室での一幕を伝えるべく連絡をする。今までにないタッピングの速さで文章を入力し、最後に送信をタップするゆう子。
「はぁ」
と大きくため息をついている。
「大丈夫?」
と前の席の生徒が尋ねてきた。
「大丈夫」
と笑顔で返す。
すると、ゆう子の携帯電話が着信を知らせている。教室の入り口を一瞥したゆう子は、急いで画面をタップして開く。案の定、向坂弟からの返事だった。
「その話し詳しく、てか、本当?、か。そりゃそうだよね」
思わず口に出して言うゆう子。事態を察した前の席の生徒は、
「無事に収まると良いね」
とエールだろう言葉を贈ってくれた。本当にそう思う。
どんな状態が無事なのか分からないが、つつがなくこの事態が収まってくれることを、向坂姉を見守る神様という存在に祈りを送る。
どんな風かなぁと想像していた方々。菊池とサクの関係性やサクの内面など、想像とどう違っていたでしょうか。この違いがジョハリの窓の話しに出てくる。相手が思う自分も自分の一部というところなのでしょう。




