知恵熱?!
授業を受けていたら、いつもと感じが違うと思ったミノルの話しです。
文化祭の準備という予定がいつもの授業の様子を変えているように思うのは自分だけだろうか。
いつもと同じように授業は進んでいるにもかかわらず、受けている自分の気持ちや感覚が浮ついているように思う。
「うーん」
小さな声で発したつもりの唸り声は隣の席や前の席の生徒にも聞こえていたようで、二人して吹き出して笑った。そのことにより注目が集まり、先生の注意が飛んできた。
「ちょっと」
と文句を言うと、
「「こっちのセリフ」」
と二人から文句が返ってきた。
ため息をついたミノルは周囲に呆れられているのもお構いなしに、頭の中で一年生の時のことを思い出そうとしていた。
あの時も、これほどに浮ついていただろうか。
新しい生活の始まり、同じ中学の知っている顔とその他大勢の知らない顔。クラスのみんながコミュニケーションをとるにあたって、照れていたり、初々しく挨拶したり、とにかく優しい空間が広がっていたような気がする。
声かけをして「これをするので、これをお願いします」と丁寧に、それこそ社会人の新人のように話しをしている人もこの時期は居た。
距離を詰めるのが速い者は、あだ名で呼び合って、友人としての会話が生まれ、クラスで目立っていた。
そんな中で、自分はというと。
立川の顔を思い出す。彼も一年の時から同じクラスだ。その頃は席も今ほど離れてはおらず、目が合うと会釈程度の挨拶を交わした。そんな立川と話をするようになったのは、体育の授業の時に二人一組にならなければならなかった時に、たまたま目が合った。その時、まだお互い相手の人が決まっておらず、ひとりだった。そのこともあって、お互いから、「あ、じゃ、一緒にどうですか?」「そうですね。お互い相手が居ませんし」と共に行った。その後からなんとなく彼と授業の空いた時間や休憩時間などで話をするようになった。
立川に話しを聞いてもらうようにして話すようになった自分の変化に、今気が付いて、どこか恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちと、立川ももう少し自分に話しをしてくれてもいいのにという気持ちが表れてきた。
だが、立川も言葉少なく過ごしているひとりだったし。これは自分の勝手な望みなのだろう。
そうだ、たしか去年の文化祭の準備もひとりじゃ嫌だからと立川と同じ班になるように焦ってたっけ。
そうか、あの時から立川と作ってたんだなぁ。
「おい」
すぐそこから先生の声が飛んできた。
ハッとして先生の声の方へ意識を向ける。自分の席の列の前の方からこちらに近づいてきていて、すぐ目の前に居たことに驚いた。
急いで思い出の記憶をしまい込む。
「教科書の次のページ、”この方法で”から読んでくれ」
「はい」
記憶の欠片が窓の外へと向かい仕舞われていくような心地がした。窓に目を向ければその記憶の断片が見えてしまいそうだと思った。わずかな緊張の後に、そちらを見ないようにしながら席を立って、教科書を持ち、指定された場所に視線を向ける。一度先生の方を見てから、読み進める。
どうしてだろうか、読む作業は何でもないはずなのに、いつもよりも意識を集中させなければならない。ふらふらしないように立ってないと。
「・・・・・・」
読むのもこれほど意識しなければならなかっただろうか。自然と疲れて続かずに黙ってしまう。
「どうした?読めない漢字でもあったか?」
ミノルは席に座った。机を見て俯いている。そんな頭を手で支えている姿に、隣の席や前の席の子が、様子をうかがってみている。
するとひとりの生徒が言った。
「先生。もしかして・・・・・・保健室に向かわせた方が」
「ん?」
先生はどうしたのかと眉間にしわを寄せて、ミノルに近づいて行った。ミノルのボーっとした焦点の様子から、先生は、
「保健委員、こいつを保健室に連れてってくれ」
と指示を出した。
クラスの保健委員の生徒が席を立って、「はい」と返事をした。ミノルを確認してから、歩いてこれるか見て判断し、近づいてきてくれた。
「歩ける?」
「ああ、歩けるけど、ふわふわして」
いつも休憩時間などに聞こえてくるミノルの声音よりも弱弱しく聞こえた彼女は、
「わかった。肩に腕回して」
と安全に運べるようにと気を利かせる。
「一応もうひとり付いて行ってもらうか」
という先生の提案に保健委員がホッとした。もしミノルが歩けなくなった場合を考えるとその方が自分としても安心だと考えたのだ。
「じゃ、俺付いていきます」
と立川が席を立って名乗り出てくれた。
「おお、じゃ、頼む」
先生の許可が下り、立川もこちらにやってきたようで、反対側に立川が来た。背がミノルよりも高いので、ミノルが立川の肩に腕を回せない。しかたなくこちら側は腕組みをして支えてもらう。
ミノルはこの時感動していた。
普段一緒に居る友が名乗りを上げてこうして付き合ってくれている。
自分も立川を助けれるようにならなくては。
こうして二人に挟まれるようにして歩いて保健室へと向かう途中、廊下の階下からごーっという風の唸り声が聞こえて、なんだか恐怖を覚えた。
そんなことを知られるわけにもいかないので、無言で恐怖を表に出すことなく、歩く。
授業を真面目に受けてきたミノルはこの時初めて、授業時間の学校の廊下や階段などで聞こえてくる音というものに出くわして、驚いて恐怖したのだった。自分たちが知らないだけで、自分たちの話し声などにかき消されて聞こえにくくなっている音というものがあるということ。当たり前のことでもあるはずなのに、それがないもののように認識してきていた。
自分の世界は自分で認識しているものを中心にして構築されているのか。その向こう側に当たり前にあるその日常を司る世界。分かっているはずなのに、その世界の本当の姿を垣間見たような気がした。
自分の小ささを思い知ったのだった。
この学校で働く事務員や用務員の姿を思い出した。
そんな状態のミノルには立川たちの声かけにどうにか反応して、体を動かしていくので精いっぱいだった。
そう返事も、「ううん」と「うん」で構成されていた。
保健委員の彼女も立川と目を合わせて、しっかり抱え直して再び歩き始める。
そうしながら移動を果たしたミノルたちは保健室の扉を開けて、保健の先生に事情を説明して診てもらうこととなった。
「まずはそこに座って」
保健の先生の隣の椅子に座る。
「暑い?」
「確かに。顔が」
「少し赤いね。おでこで熱を測るね」
「はい」
すぐにピピとなり、保健の先生が眉間にしわを寄せた。
「君、三十八度あるよ」
「わぁ」
と立川の声がする。
「風邪薬飲んで寝ていて下校時間までに下がるのを待つか、保護者に連絡して迎えに来てもらって通っている病院で診てもらうか。どうする?」
「え、帰ると準備できない」
「ぶっ」
と保健委員の人が笑った。
「何言ってるの。文化祭の準備は他のメンバーに任せて休みなさい」
「そうだぞ。俺たちもミノルのアイデアを形にできると思うから」
「そんなぁ。なんだか今年は気合の入った文化、祭、に・・・・・・」
「あらら。ベッドへ移動させなきゃ」
「ああ、俺が」
立川だろうか先ほどよりもグッと男らしく支えてくれている。ベッドに辿り着いてホッとする自分の身体と心に、コノヤロウと思うものの、仕方ないという気持ちも分かる。
横になっていくと、体が立っていたり座っている姿勢が辛かったことが分かった。スーッと眠りに入っていった。あっと思ったが、入眠の勢いに負けて寝入ってしまった。
「寝ましたね」
と保健委員が言う。
「そうね」
「寝て起きたらすっきりってパターンだと良いけれど。それを祈って、このまま起きるまで寝かせておきましょう。下校時間になっても起きなかったら起こして、様子を見てから判断するわ」
「分かりました。では、宜しくお願いします」
「ええ」
「なんか今年は気合入れてアイデア出しとかしていたから、知恵熱かもしれませんね」
「知恵熱って、違うと思うけれど。ま、疲れが出たんでしょう」
「立川君行きましょう。戻らないと」
「は、はい。そうですね」
「それでは失礼します」
「失礼します」
「ええ」
立川と保健委員は保健室を後にして教室に戻っていった。保健の先生はミノルの眠るベッドのカーテンを閉めて、さきほどしていた続きを再開し始める。
迫りくる文化祭の日。晴天が祝ってくれているようで嬉しい。それをかみしめるように深呼吸をしてワイワイと賑わう学校の様子を眺めるミノル。
我らのクラスの出し物を観に行こう。自分のアイデアが形になっているはず。そう思って楽しみにしながら移動するミノルの目に飛び込んできたのは、予定していたアイテムの形とともに何故か、”ミノルが風邪ひいたのでここのアイテムは無しです。ご注意ください”の文字。
「あれ?」
「どうしたのだ諸君」
ひとりで来ているはずのミノルに、声を掛ける男子生徒。振り向くと内側が赤で外側が金色のマントを着ていて、リアルなウサギの被り物をしている人物が立っていた。
「えっ?!」
その出で立ちに驚きながら、他のクラスの出し物だろうかと思い、場所を開けてあげようと移動すると、そのウサギの頭の生徒がミノルに近づいてきて顔を近づけてきた。
「いやぁ、残念だったねぇ。せっかくの出し物だったのに。イベント頑張ったのに、風邪をひいて熱を出して、君準備休んじゃったねぇ」
「え。あれ。俺熱出したけれど参加できたんじゃ」
「いやいや、保健室まで運んでもらったでしょう。お友達に」
そういえばとミノルの頭の中で立川の支えとベッドに横になり白衣を着た保健の先生の姿を思い出した。
「そうだ、俺。熱出して」
「そうそう。で、君はそのままずっとそのベッドで寝ていたんだよ。いわば、今の君は夢幻だ」
「えっ?!そんなはずは」
ミノルは顔を自分の手で触ってみた。いつもの感覚だ。
「どういうことだ」
ミノルは頭の中で一生懸命に思い出そうとする。すると、顔を覚えていない保健委員の生徒が現れて言った。
「ずっとなんて寝ていられるわけないじゃない。学校の保健室のベッドよ。下校時間には起こされて、家族のもとに帰らされるわ」
ごもっともなその意見に、このウサギ頭の言っていることは間違いだと確信したミノルは安堵して、
「確かに熱は出したけれど、保健室のベッドにも眠ったけれど・・・・・・」
その後の記憶があいまいで分からないと気が付いたミノルはどうしてだと焦る。
「ふふふふふ」
と不敵に笑い、「ははははは」と声高らかに笑った。
「君はこのままやはり眠り、家でも眠って、文化祭の準備で良い感じになった女子生徒とも自然とまた距離ができ、彼女が居ないまま卒業するんだ」
とののしられた。
なんだか泣きそうになると思いながら、
「彼女の居る居ないについてとやかく言われたくない。そういうつき合い方を求めているわけじゃないから、そんなことより自分のことを心配でもしておいてくれ」
と立川がこのセリフを聞いたら棚上げしているぞと思いそうなセリフを言って、クラスを飛び出して、家に向かって、家に着いた。自分の部屋に入ってお金を取り出す。それを持って、また学校に向かった。
アイデアを描いたノートを探して見つけた時は心底安堵した。そして学校近くの文具店。そう、買い出しに行った店に立ち寄る。
「そんなに慌てなくても大丈夫だ」
と店の店主が言い、奥さんが「うふふふふ。お話しできた子ともう少しお近づきになるかい?」というセリフに顔を真っ赤にして「相手もそんなつもりで近づいて話をしてくれたわけじゃない!」と訴えて、一つのアイテムを作る道具を揃えて購入する。
それを家に帰って作り始める。作り終わって、それを持って学校に向かうと、お客さんや学生が帰路に着くところだった。
「く、くそ」
ミノルはまだ二日間あると自分を叱咤激励し、作り上げたアイテムを持ってクラスへと向かう。作ったアイテムを展示予定場所へと貼り付けていく。
何故かクラスに人ひとりいないが、ミノルはお構いなしに、すべてのアイテムを設置完了させた。
満足したミノルを揺さぶる誰かの声がする。
「ちょっと、大丈夫?」
「う、っつ」
「うなされていたわよ」
瞼を開くと保健の先生がこちらに声を掛けてくれている。
「あ」
「あはははは。夢見てた?」
「は、はい」
「大丈夫?覚えているかしら」
ミノルはこの保健室にやってくる前に受けていた授業の風景を思い出し、友の力強さを思い出した。
「はい。覚えています」
「そう、よかった。今タオル持ってくるから、それで汗を拭きなさい。それから水用意するから飲んで」
「はい、ありがとうございます」
「いいのよ」
起き上がったミノルの視界に、壁に掛けられた時計が見えた。時間は先ほどの授業も終り最後の授業時間中であることが分かった。
そんなに寝ていたのかと驚きつつも、渡されたタオルで顔や首回りなどの汗を拭う。
制服そのままに寝ていたようで、制服の中も汗がびっしょりだった。
「中汗かいてるなら、脱いで、背中拭くからお腹拭きなさい」
「え」
「さ、はやく」
「は、はい」
言われた通りに背中を拭いてもらい、お腹を自分で拭く。
直ぐには汗をかいた制服を着たくなくて、乾かすようにして中側を表にして置いておく。
「ふふふ」
と先生は笑っている。
「今のうちに体温を計っておきましょう」
と飲み水を飲んでから体温計で測る。
ピピっという音が保健室に響く。
「まだ微熱ね。三十七度はあるわ」
「そうですか」
「どう?」
「そうですね。さっきよりもすっきりしています」
「それなら良かったわ。自分で帰れそう?」
「はい、それは」
「じゃ、今日はこのまま帰る支度をして早退しなさい。明日は学校休んで微熱を治すこと」
「はい」
「私は担任の先生に知らせてくるから。荷物も持って来てもらうから、ここに居なさいね。また熱が上がらない内に、一枚くらい着ておきなさい」
「はい」
ミノルの返事をきくと保健の先生は保健室を出て職員室の方へ向かった。そうして話しが担任の先生に届くと、担任の先生がクラスまで移動して「このまま早退する」旨を伝えて、ミノルの荷物をまとめて保健室に現れた。
「あ、先生」
「おお、もうだいぶ良いよだな」
「はい。でもまだ微熱がって」
「そうか。このまま自分で帰れそうか。親御さんには連絡しておいたから。あとで自分でもしてから帰るんだぞ」
「はい」
「ほら、これおまえの鞄だ」
「ありがとうございます」
「見送るから」
「はい」
ミノルは帰る準備をして、先生と別れた。
「明日休むと思います」
「おう、家着いたら連絡しろよ」
「はい」
「じゃ、気を付けて」
「わかりました。ありがとうございました」
「なんかあったら先生にも連絡してくれ」
「はい、さようなら」
「おう、さようなら」
背中を先生に見送られながら、ミノルはこの日このまま学校を後にした。
ミノルの中で夢で見た光景が重なろうとしていたが、鳥の鳴き声と、そよ風がそれを防いだ。
「さ、帰ろう」
すっかり心も落ち着いているミノルは、穏やかな気持ちで家までの帰り道を帰った。
母親の小春は途中まで歩いて学校に向かってくれたらしく、家のそばの道端で出会った。
「もう、心配したんだから」
「ごめん」
「体はどう?」
「それが、体は汗かいてだいぶ良くなったんだけれど、制服汗まみれで気持ち悪い」
「そっち、か。ま、ま、体じゃなくて良かったってことにしておいてあげよう」
二人笑って、家に着いて、制服を着替えてから、先生に連絡をした。
文化祭の準備に浮かれているのか、知恵熱なのか。頑張りすぎて熱が出たって感じですかね。




