hymn:どんなにちいさいことりでも
「画竜点睛……と」
二人めの父が死んで五回目の冬。寒気がようやく和らいできたころ、僕は、ことりの最後の仕上げをした。
ぜんぶ金属で作った金糸雀だ。燃えるように真っ赤な赤鋼玉のような瞳を、金色の小鳥に嵌める。
これで何個目の試作だろう?
養父が残した遺産は莫大なもので、お金だけではなく別荘や広大な土地まであった。
一番僕の役に立ったのは、自宅にある研究工房だ。養父が身罷る前まで、僕はそこにはついぞ足を踏み入れたことはなかった。
でも今。
奇妙な使命感に囚われて、僕はチューブや機材やカプセルがひしめくSF世界のごとき部屋に入り浸っている。
ここに入って、何かを作らなければ。望むことをしなければ。
そんな気持ちが僕を急かす。
養父が行った奇妙奇天烈なあの魔術は、なかば成功したのではないかと思うときがある。
養父に名前を呼ばれた瞬間。僕の中で何かが起きた。びりびりと全身がしびれあがり、目がくらみ。以前とはまったく違う、何者かに変わった実感があった。
死んだ僕のかたわれがよみがえったのだろうか。それとも、不完全ながらもアーノルドが降臨したのだろうか。
リシャル――
養父に本当の名前を呼ばれたのは、後にも先にもあのときだけだ。
あの一瞬、僕らがいた病室は確実に、時間が止まっていた。
魔法陣に溜められていた魔力が解放されたゆえに起こった現象だったのだろうか。
不思議なことに、目を閉じて囁いた養父の口から出たその音は、まばゆく光り輝いて見えた。
ひらひら昇っていくそのひかりは僕を捉えた。
僕の魂を……。
科学はもともと好きな教科だったが、それを生業とするとは思いもしなかった。
神父様からは音楽学校の声楽科へ進んだらどうかといわれたが、たんなる歌手では、僕の望みは叶えられそうにないと直感した。だから理工系の大学へ進んだ。
ぐれて寄り道したせいもあり、アネット・ママを作った養父には、まだまだはるかに及ばない。就職先では先輩技師に叱られてばかりだ。
けれど成果は、着実に出てきつつある。
「リシャル、休憩したら? お茶をもってきたわよ」
アネット・ママが焼くガレットは、懐かしい味がして好きだ。
僕は老いない養母とこれからも、ここで平和に暮らしていくことだろう。
「今度は何を作ったの?」
「歌うことり」
「まあ、すごくきれいね。まぶしいわ」
「あ、光度きつい?」
ママの瞳は複数のセンサーつきでとても高性能だ。ことりの反射光が強くて目をしばたいている。
ふむ、では体のコーティングを塗り直そう。肝心の歌声の方はどうだろうか。
茶をひとすすりしたあと、腹部のスイッチを押して確かめてみる。
たちまちママが満面の微笑みを浮かべる。
「いい声ね」
「うん。昇っている。タキオン波動を、ちゃんと載せていっている」
ぴるるる、ぴるるる。
ことりはかわいらしい声で、賛美歌のメロディーをさえずりだした。
僕は頬杖をつき、金の鳥が奏でる音色に自分の声を載せた。
ふわふわ、僕のうたごえが空へ舞い上がる。
二つの声が合わさると、うたごえは虹色をまとい、鮮やかに昇りゆく光となった。
それは蝶のようにはばたき、上へ上へと遠のいて。ちりちりと消えていった。
「もう少しだ……」
できなければ、できるようにすればいい。
そのとおりだ父さん。
僕のうたごえは、天上へ届くだろう。光の羽に乗り、雲の上で砕けて、燦然と輝くだろう。
そうしたらきっと、あの紫紺の空から、降りてくるに違いない。
ママもパパもあなたも。僕にほほえみながら。
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蝶々の群舞のごとき光を放つタキオン波動。
その大家リシャル・ローゼンフェルド博士は、月面ドームの建設者のひとりとしてよく知られている。
あまたの発明品を世に送り出した彼の墓は月の西町にあり、その墓碑にはこう刻まれている。
『我がうるわしの蝶は、我が望みを果たせり』
――その名を唱えよ 了――