背景と盟友
「はい、黒岩です」
「黒岩、久しぶりだな。立川だ。分かるか?」
「はい。電話帳に登録してあるので。ご無沙汰ですね」
「そうか、よかった。もう連絡先なんて消されてるのかと思ったよ」
「一度登録したのに消すなんて、非効率的な事しませんよ」
黒岩も変わっていないな。
出会った最初は何を考えているのか分からなかったが、
その行動の軸には使用する労力に対して
対価の値が正当であるか否か。ただそれだけ。
そこには忖度なんて言葉は介入する余地はない。
八方美人なんて言葉の対義語になるのが黒岩という人間だろう。
「それもそうだな。
突然で悪いんだが、お前に話があってな。
白崎にも声をかけ」
「白崎に?」
話の途中に割り込んでくる。
明らかに言葉に熱量がある。
「白崎はその話どうすると?」
「え?
とりあえず直接会おうという話で、詳細はこの後、合流して伝える予定だが」
「何分後にどこに?」
「俺達のところに30分程度で着くらしい」
「白崎が30分なら、俺は25分でいきます。
現在地を送ってください。
1分後には出発するので。
それまでには必ず送信お願いします。
では、後ほど」
「おい!何にも話してなっ...」
切られた...
まさかこいつら、まだそんな関係性なのか...
黒岩はなぜか白崎のこととなると
効率という言葉が頭から抜け落ちるようで、
小さい事で勝手に競い合っては
無駄に喧嘩をしていたが、
まだそれを続けていたとは...
だが、
呆れる気持ちもある一方で、
それよりもあいつらの関係が
当時と変わらず続いていたことが、
とても嬉しく、懐かしい。
...ただ、白崎は俺に頼られたからという
優しい理由を伴った行動だが、
黒岩、お前は白崎より目的地に
早く着く為だけに来るのか...
黒岩を頼りにしても大丈夫なのだろうか...
早々に心配になってきた。
「どうでした?
電話の雰囲気だと2人目の方は
ぶち切りされちゃった感じですか...?」
確かに俺の言葉だけを聞いていたら、
話も聞いてもらえず
ぶち切りされて、断られたように見えるよな。
「いや、確かに急に電話は切られたが
白崎同様こちらに向かってくれるらしい」
「いやまあ良かったですけど...
白崎さんにも声かけてる程度の話しか
してなかったですよね...?」
戸田が心配そうな顔で言う。
「そうだ」
本当にそれだけだ。
怪しいよな...
わかってるよ...
「...大丈夫だ。
変わった奴だが白崎同様に頼れる奴だ。保証する」
たぶんな。
「ならいいんですけど...
変わり者すぎても困りますよ...?」
一旦、あえてその言葉は無視させてもらおう。
「とりあえず、あいつらの到着を待とう。
白崎と黒岩がそろったら、
あいつらとの関係性についても説明するよ。
それがあいつらの
実力の説明にも直結するからな」
「わかりました。
その時に聞かせてもらいます」
「その間にお前達の事を教えてくれないか?
これから行動を共にすると言うなら、
お前達のこれまでの背景と、
人となりを知っておきたい。
それが何かの時に役に立つかも知れないしな。
もちろん嫌なら話さなくていい。
強制じゃない、提案だ」
「嫌なんてことはないですよ。
...大した話じゃありませんから。
じゃあ白崎さんと黒岩さんという方が
到着するまで時間もありますし
それまでの暇つぶしだと思って聞いてください」
黙って頷く。
「そうですね...
背景となると俺が子供の時の話になります。
少し長くなるかもしれませんが
我慢して聞いてください。
...俺の家族は
親父とお袋、そして妹がいました。
妹は少し歳が離れていて6歳下です。
それまでは1人だったので
1人遊びばかりしていて、
兄弟がいる友達はとても羨ましくって。
なので、両親に兄弟が欲しいと
ずっと言っていた記憶があります。
そんな時です、
学校から帰るとお袋がにやにやして言うんです、
妹が産まれるよって。
それを聞いたときは
嬉しすぎて信じられなかったですね。
それを聞いた年、
お年玉が3,000円だったんです。
その3,000円を使わずにずっと握りしめました。
欲しい漫画も
欲しいおもちゃもゲームも我慢しました。
それはもうすごい我慢でしたよ。
子供の時なんて
欲しいものばっかじゃないですか。
それに持ってないことで
話題に入れないことだってある。
それでも
ずっと欲しかった妹に。
産まれたお祝いに。
なにか買ってあげたい。
その気持ちがなにより強かった。
だから、我慢できました。
産まれた時なにがあったら嬉しいだろうと
子供なりに毎日考えました。
その時の俺がたどり着いた答えは
お菓子がたくさんあったら嬉しいだろうと。
産まれた時にお菓子がたくさんあったら、
それはそれは嬉しいに違いないと
疑わなかったんです。
今となってはなんて子供なんだと思いますが、
当時の俺は大発見だと思ってましたよ。
3,000円分のおやつなんて
当時の俺からしたらとんでもない大金で。
こんな大金を全部おやつに使ったなんて
親にバレたら怒られると思って、
こっそり近くの駄菓子屋へ
親の目を盗んでちょくちょく買いに行っては
自分の部屋のタンスにストックしていきました。
日々増えるそのおやつに、
これを見た妹はどんなに喜ぶだろうと
想像するだけで俺はわくわくしてました。
そうしているうちに妹が無事産まれて
産まれたその日は親父が仕事を抜けだして、
小学校に居た俺を無理やり連れ出して、
車の中で2人、大騒ぎして一緒に
病院に行ったのを覚えてます。
その道中の、
親父の嬉しそうに喋る顔も印象的でした。
病院に到着して、
はじめて妹を見た時は本当に感動しましたよ。
自分に兄妹ができたんだ。
俺には妹ができたんだと。
これから俺はお兄ちゃんになるんだと。
病院から退院して帰ってきたら、
たくさん用意したおやつで
お祝いしてあげよう。
お兄ちゃんとして。
やっと我慢が報われる。
やっとお祝いできる。
そんな風に思いながら、
退院する日を心待ちにしてました。
...でもその日、
俺の家族は帰ってこなかった。
退院日に親父が
お袋と妹を病院に迎えに行ったその帰りです。
事故にあって。
新しい家族が増えるはずだったその日は
俺の家族みんなが
いなくなる日になってしまったんです。
その時、学校で授業を受けていた俺は
当時の担任に呼び出され、
事故のことを告げられました。
それはもう地獄なんて言葉じゃ生ぬるいですよ。
単純にお袋が帰ってくる喜び。
そして、帰ったら妹がいる喜び。
お年玉の3,000円を使って
コツコツ買ったお菓子をやっとあげれる喜び。
全ての喜びが。
期待が。
まるで最初からなにもなかったかのように、
俺にだけ現実を突きつけるんです。
そんな現実を受け止めるなんて
大人でも無理でしょう。
ましてや小学生なんて、
それは無理ですよ。
その後は頼れる親類もなく、
児童養護施設に入って。
児童養護施設も大変でしたけどね、
子供のくせに上下関係が厳しかったりして。
正直、子供の頃の出来事を思い出すのは
この年齢になってもきついものがありますよ。
それぐらいにきつかった。
本当に。
そういう出来事もあって、俺は思ったんです。
理不尽な運だけで、
人生は決まってしまうんだと。
そうでしょう?
俺が何かしたか?
子供ながらに子供らしい生活をしていただけです。
そりゃ多少のイタズラなんかはしてましたが
それの罰としては重すぎる。
それに俺の両親が何かしたか?
真っ当に2人とも働いて、子供を2人も産んで。
虐待なんかされてないし
むしろ愛されてました。
それがなぜ。
なぜ新しい命と新しい生活の門出の日に
死なないといけない。
世の中にもそういう出来事は溢れてますよね。
罪なんて犯していない人が
むしろ善良とも言える人が、
ある日いきなり、金や命を奪われる。
もっとひどいのは
生まれた瞬間から
人生が決定されていることです。
親が金持ちか貧乏人か
親が善人か悪人か、
そんなのは選べない。
あまりに理不尽で、あまりに運でしょう。
俺の人生観の根底はそうやって醸成されました。
だからこそ、
働けるところならどこでもよかった。
だってそれも運でしょう。
何事も自分で選んだ様に見えて、選べない。
選べたとしても
結果、理不尽に奪われるなら俺は選ばない。
闇金がどうこうとかじゃないんですよ。
そういう運だったから
そうなってるだけなんです。
だから運に恵まれそうな強者につくだけ。
そういう運だったってだけだから。
だから立川さんを選んだだけ。
そうなっただけだから。
そんでたぶん、
子供の時の名残なのかもしれないですね、
下柳を気にかけるのは。
俺には妹はいなくなってしまったから。
後輩を弟みたいに
勝手に変換してしまってるのかもですね。
...すいません。
つまらない話をダラダラと。
話が長すぎましたね。
少しは分かってもらえましたか?
俺の背景と人となりってやつは」
戸田の話を聞いて、俺は恥じた。
俺こそが多数意見の塊だ。
見た目で判断していた。
仕事で判断していた。
それは世間の、
そういう奴はそういうものだろうという
多数意見そのものだ。
偉そうに善悪の判断を説いておきながら、
なんて情けない。
見た目がそうだから
仕事がそうだから、
それだけの情報で複雑な構造をしている人間という生き物を断定すること自体が不可能なんだ。
判断の軸は
純粋な己という単体でのみ構成されるべきだ。
境遇によって歪められたその考えを
諦めることでしか前に進めなかったその考えを
少しでも変えてやりたい。
こいつも理不尽の被害者だ。
戸田は松下と同じように
俺の中で関心のある人間に変換された。
「十分わかった。
話してくれてありがとう」
「ならよかったです。
話が長すぎて寝ちゃったかと思いましたよ」
「むしろ、目が覚めたよ。
戸田の背景はわかった。
下柳も教えてくれないか?」
「あ、下柳はただのギャンブル中毒で
道端で死にそうになってたのを
たまたま見つけて、俺が拾ったんですよ」
「うす...」
うすじゃないんだよ...
「下柳っぽいな」
「立川さんも下柳の事が分かってきましたね」
「いや、一番分からんよ...」
「なんだか楽しそうじゃないですか〜
混ぜてくださいよ〜白崎到着しました!」
暗がりから飛んできたその声と風貌。
端正な顔立ちと透き通った黒髪。
懐かしい。
「久しぶりだな、白崎」
「ほんとですよ〜!」
「工事さえなければ...!
白崎よりこの俺が遅くなるなんて...!」
息を切らして、
次に現れたのは黒岩だ。
想定より遅い到着のようだ。
2人とも見た目は昔のままだな。
「黒岩も久しぶりだな。2人とも来てくれてありがとう」
「なんで黒岩が〜!?立川さん!聞いてないですよ〜!」
こいつら揃うと騒がしいんだよな...
「順番に説明するよ、少し聞いてくれ」
少しため息混じりに言葉を発する。
「え?」
戸田が2人を見て驚いた声を出した。




