第4話 道中の綻び
行軍が三日目に入る頃には、隊の誰もが、山道を進む単調な日々に慣れ始めていた。だが葵にとっては、慣れるどころか、一日ごとに気の抜けない場面が増えていくばかりだった。
川辺で体を清める段になると、葵は決まって「腹の具合が優れぬ」と言い訳をし、人目のない場所を選んで水を浴びた。最初のうちこそ誰も気に留めなかったが、幾日も続けば、さすがに不審に思う者が出てくる。
「小太郎、お前、腹の具合はまだ治らぬのか」
夜営の焚火を囲みながら、隊の仲間の一人がそう声をかけてきた。
「ああ、どうにも本調子ではなくてな」
葵は努めて軽く笑って答えたが、傍らで黙々と具足の手入れをしていた虎丸の手が、ふと止まった。顔は伏せたままだったが、その視線だけが、確かにこちらへと動いていた。
その夜、葵は矢筒の紐がほつれているのに気づき、月明かりを頼りに繕い物をしていた。針を持つ手つきは、幼い頃から仕込まれた女の手業そのものだった。
「小太郎、お前は針など持てたか」
不意にかけられた声に、葵の手が止まった。振り向くと、虎丸が少し離れた場所から、こちらをじっと見つめていた。
「……母上に、多少は仕込まれた」
「ほう。お前が針仕事とはな」
軽い調子で返しながらも、虎丸の目には、笑いとは違う何かが宿っていた。葵は針を仕舞い、それ以上の会話を避けるように、早々に横になった。だが眠りは、なかなか訪れなかった。
翌日、隊は小さな集落で一夜の宿を借りることになった。狭い部屋に雑魚寝をする段になり、葵は極力、隅の暗がりを選んで身を横たえた。
夜半、喉の渇きに目を覚ました葵は、水瓶のある土間へと向かった。その途中、暗がりに人影があるのに気づき、心の臓が跳ねた。
「眠れぬのか」
虎丸だった。葵は動揺を押し隠しながら、頷くだけに留めた。
「小太郎」
「……何だ」
「お前、近頃、随分と変わったな」
葵は、喉の奥が引きつるのを感じた。
「戦の前だ。誰でも変わろう」
「そうかもしれぬ」
虎丸はそれ以上、深くは追及しなかった。だがその眼差しには、これまでにない鋭さが宿っていた。土間を後にする虎丸の背を見送りながら、葵は、ここ数日で少しずつ積み重なってきた違和感の数々が、いずれ一つの答えへと繋がってしまうことを、はっきりと予感していた。
――いつまで、隠し通せるだろうか。
水瓶の水を一口含みながら、葵は暗闇の中で、その問いにだけは答えを出せずにいた。




