7 魔術基礎座学
編入して初の授業は、魔術基礎座学の時間。
チャイムが鳴るころにはほとんどの生徒が着席している。規律を重んじる魔術科では当然の光景と言える。
魔術が現代社会に与える影響は、魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫の対処や新たな技術の発展に大きく貢献している。
逆にそんな強大な力を有する魔術師は、一歩間違えれば社会に多大な悪影響を及ぼすことになる。
昨今の犯罪件数は減少傾向にある。だが魔術師が主犯、片棒を担う犯罪件数は年々上昇傾向にある。
学生の内から規律やルールを順守させるのは、将来のために必要不可欠な教育だ。
(さて、なにから学習しようか)
律は空中ディスプレイをスワイプしながら教材を読み漁る。
魔術科の座学では、基本的に教員が順序だてて教育を進めることはない。
自主性を重んじる。生徒の意欲次第というのが座学の方針。
魔術科の教員はまだ少ない。
地球史において魔術の歴史は四十年ほど。律らの世代が第二世代と呼ばれ、魔術の歴史はまだまだ浅い。
(まぁ、四十年にしては悪くない教材ではあるが・・・・・・)
最も、律が転移した異世界では魔術の歴史は数千年前から発展していたもの。
そんな世界でたった三年間とはいえ生活し、魔術を学んだ律ら帰還者からしてみれば発展途上と言わざるを得ない。
律は自席から周囲を見渡す。
自習態度はそれぞれだ。
真面目に魔術基礎の教材を読み込み、メモを取る者。魔術に一切関係のないだろうファッション雑誌を開いている者もいる。
一応、教室には生徒の動向を監視するカメラが設置されてはいるが、よっぽどの問題行動が起こらない限り確認したりしない。
律は教材を開きながら思考する。
魔術に対する意識の差、向上心の差はこの教室がFクラスだからであろうと律は考える。
国立東東京高等学校の魔術科は実力主義の側面が強い。
優秀な生徒ほどAクラスに配属され、非才な生徒はFクラスに所属することになる。
この高校に入学した時点で、魔術師としては成功者側であるのは変わらないが、成功者の中にも大きな実力差が存在する。
Aクラスに在籍することは多くのメリットがある。
魔術師として大成したいのであればAクラスを目指すことが最短ルートと言える。
半年に一度行われる、昇格査定でより上位のクラスへ所属出来るチャンスがある。逆に下位のクラスへ降格する可能性もある。
Fクラスは最下位である。それ以上降格する心配はない。そう捉えて向上心を失う者も少なくない。
実際、Fクラスから昇格する人数は毎年一人いるかどうかだ。諦める生徒が現れても無理もない。
(あまりいい方針には思えないけど、柳井先生には権限がそこまでないんだろうな)
国立、良くも悪くも国が運営する高校だ。例え校長とはいえ上には逆らえないのだろう。
律は小さく首を振る。
考えても仕方のないこと、今は現代魔術がどれほどのものなのか判断するべきと考えた。
空中ディスプレイを左へスワイプする。
最初のページは「四大魔素≪フォー・グレート・マナ≫」について。
火、水、風、土の四属性を基本魔素とする考え。
2030年に魔鉱石が採掘されたことで、その新たな元素が大気に拡散。魔術という空想を現実のものにした。
魔素は人口に比例して浮遊する濃度が高くなるということは、随分昔から言われている。
東京、神奈川、大阪などでは他県に比べ多くの人が魔術の才に目覚める。中には他県から東京に引っ越しをしたことで魔術を使用できるようになった者も少なくない。
魔術師とはつまり大気に漂う魔素≪マナ≫を感知することのできる第六感の優れた人間だ。
(僕も感知できない側だったはずなんだけどな)
異世界では魔素の濃度が明らかに違う。
人体はその環境の変化に合わせて進化する。そうでなければ呼吸をするだけで多くの魔素を取り込んでしまう異世界で生活はできない。
そんな世界に追いやられたから、不幸中の幸いというべきか律にも魔術の適性が備わった。
それでも完璧とは言えないが。
律は持参していた無線イヤホンを装着すると画面をタップする。
「こんにちは編入生、永坂律さん」
画面に映る、少女の姿。
「こんにちは、えーと君のことは何て呼べばいいかな?」
「TeacherAI、第七世代。そこからセブンスと呼称されるのが一般的です」
「じゃあ、セブンス。さっそくだけど四大魔素の次から授業してくれるかな?」
「了解しました。それでは次のページへスワイプしてください」
2022年末から爆発的に注目を集め始めた人工知能、AI。
その後の魔術の登場により、一度は注目されなくなったが数年前から急速に進化した人工知能。
人手不足が問題視されていた教師の代わりを務めるほどに普及する結果となった。
ちなみに声を発して会話を行っている律だが、その音が他生徒に届くことはない。
無線イヤホンに搭載されたノイズキャンセリング機能は、装着者の発する声すらも遮断する。
魔術と科学技術の共同開発は、人間社会に快適な暮らしをもたらす。
異世界との明確な違いは科学技術の有無である。魔術が発展しすぎたが故に、疎かにされた科学はとうの昔に忘れ去られていた。
その点でいえば、魔術と科学が共存しているこの世界は異世界に比べて優れていると言える。
「それではまず最初に放出魔術≪リリース・マジック≫の発動プロセスから学んでいきましょう」
編入生である律は、基礎から受講する必要がある。一年遅れて魔術科に加わることはそれだけ周囲と差があるということ。
「発動プロセスはおわかりですか?」
使用できない放出魔術を学ぶことは律にとって時間の無駄にも思える。
(まぁ、現代の魔術進捗度を確認するためだと割り切ろう)
「放出魔術の発動には、魔素感知≪マナ・センス≫、魔素吸収≪マナ・サクション≫、魔素変換≪マナ・コンバージョン≫、魔素放出≪マナ・リリース≫の四段階のプロセスを踏む必要がある」
律は詰まることなくスラスラと回答する。
「正解です。おっしゃったように放出魔術の発動には四段階のプロセスを踏む必要があります。ですが循環魔術≪サーキュレーション・マジック≫は魔素感知と魔素吸収の二段階で完結します。あなたは放出魔術に適性がないようなので、循環魔術を極めることを推奨します」
「確かにそうだな」
セブンスには使用者の情報をある程度開示している。そのため使用者に適したアドバイスが出来るようになっている。
「四大魔素にはそれぞれ長所と短所が存在します。では循環魔術に最も適しているとされる属性はどれでしょう?」
「風の魔素だ」
吸収した魔素を体内に巡らせることで身体能力を飛躍的に向上させる魔術は、別に風の魔素以外でも行使することはできる。
だが、持続的な魔術の行使にはそれ相応の魔素吸収量を必要とする。特に吸収効率が悪く扱いにくい火の魔素で身体強化をしよう物なら、あっという間に許容限界を迎える。
「短所は変換効率が悪くて放出魔法の威力が落ちやすいことだけど、魔核を埋め込んだ杖を持てばある程度解決できる」
風の魔素は変換効率が悪く風放出魔術として変換した際に無駄に離散してしまう。
これは風の魔素から派生する雷魔術も同様だ。
デメリットもあるが風魔術は汎用性の高さから、最も多くの魔術師が扱う属性でもある。
実際このFクラスの半分くらいは風魔術を主に使用するようだ。
「理由まで完答です。では次に進みましょう」
復習の目的を果たすには十分の内容ではあるが、一番は現代魔術と帰還者の魔術に認識のズレがどれほどのものか把握するのが目的。
律にとって座学は退屈な時間であるのは間違いないが、学生として過ごすのだから仕方のないこと。
「ん?メール、学校からか」
指にはめたスマートリングがわずかに振動すると、青く点滅する。
反対の手をかざすと空中ディスプレイが浮かび、メールの内容を表示する。
(お昼休みになったら、至急救護室か。まぁ、なんとなく検討はつくけど)
律はその後も真面目に学習し続けた。




