6 魔術科編入
国立東東京高等学校の校内は驚異的な広さ。事前に校内の全体図を送信してもらっていたことを最善の判断だと律は頷く。
危うく校内を彷徨うことになるとことだった。
解放された教室の扉から、生徒たちが学習している様子が映る。
不思議な感覚だ。本来なら律も彼らのように学生生活を過ごしていたのだろう。
――もしも転移していなかったらと
異世界で過ごした三年間。失った中学三年間を今更、取り戻したいとも思わない。
異世界で経験した事は決して悪いものばかりじゃなかった。それこそ結月や多くの仲間に出会えた。
だけどこうして目の前で彼ら彼女らの眺めていると、失った青春の三年間は大きいように感じる。
「どうしたのぼーとして、緊張してるの?」
隣を歩く結月が律の顔を覗く。
「あぁ、まぁ緊張してないって言ったら噓になるかな」
実に四年ぶりの学生。律は自身が学生らしく振舞うことが出来るのか不安だった。
「律くんなら大丈夫だよ」
短い言葉。
いったいどこに根拠があるのか分からない結月の言葉に、律の心は温かく包まれる。
結月は対面する律に歩み寄ると曲がったネクタイを綺麗に整える。
「心配しなくても大丈夫。私もいるんだからさ」
優しく微笑む彼女の表情と暖かな言葉を聞いて頭の中に根を張っていた不安の種はどこかに洗い流された。
「ありがとう!行ってくるよ」
律はまだ人間として未熟なのだろう。この学校での生活が自身も成長させる、そんな気がした。
一限の授業終了間際。担任教師が入出すると教室が静まる。
律が所属するのは二年Fクラス。教室の前に立ち深呼吸をして心を落ち着かせる。
「よしじゃあ、編入生。入ってきてくれ」
担任教師の合図を聞いて、出入り口に足を運ぶ。廊下と教室の境目を跨いだとたん一斉に集まる複数の視線。
律は中学に入学した日のことを思い出していた。
教室の中の風景も魔術科とは言え特に変わったことはなく、生徒達の向く前方壁一面に大きなスクリーンがあり教卓がポツンと配置されている。
ヒソヒソ話をしてざわつくクラスメイト達。
「じゃあまず、軽い自己紹介を頼む」
「あ、はい。普通科の高校から編入してきた永坂律です。えーと、よろしくお願いします」
律の淡白な挨拶に教室が再びざわつきだす。
自己紹介の準備をしなかったことに今更公開をする律。
「えー。じゃあ、永坂くんに質問ある者はいるか?」
スンと静まる教室。
当然だろう。編入したことと名前しか情報がないのだ。質問しろと言われても無理がある。
「えっと、じゃあ。魔術適性はどうなのかな?」
沈黙の空間に気まずさを覚えたであろう、一人の生徒が絞り出したように質問を投げかける。
「あ、あぁ。循環魔術≪サーキュレーション・マジック≫しか使えないです」
律の返答にも再び沈黙が訪れる。
だがそれは循環魔術しか使えないという発言に対してのものだろう。
「前は何してたんだ?」
一人の男子生徒が質問する。
「ここに編入する前は、普通科の高校に通っていました。特にこれと言って面白い話はありません」
「あ、あぁそうなんだ」
帰還者≪リターナー≫であることは公にしない。どこまで隠し通せるかは兎も角として、わざわざ帰還者であると宣言することは避けたかった。
好機の目にさらさらることは律の望むところではない。
加えて魔素消滅≪マナ・アナイアレーション≫の存在なんて公に出来るはずがない。
その魔術は、現代の魔術至上主義社会を崩壊させかねないものだ。
「質問はここまででいいかな。永坂くんの席はあの空席で頼むよ」
担任教師の指さした座席は中央の最後尾。
律は心の中で小さくガッツポーズをすると、視線を浴びながら席へと歩く。
後方から全体を見渡せる座席。別にこの席だから有利だとかそんなものなどないが、心理的に担任教師の立つ教卓から離れていることが優越感をもたらす。
現代において教材や資料などは、すべて電子化されている。
各座席に内蔵されたコンピューターや持参したタブレット端末を使用することで学習を進める。
律は指にはめていたスマートリングをデスクにかざす。浮かび上がった空中ディスプレイにIDとパスワードを入力する。
ログインすると、事前に購入している教材や書籍などを閲覧することが可能になる。
タイミングが悪かったようで、一限の授業終了間際に編入挨拶をしたため十五分間の休憩時間となった。
クラスメイトの多くが席を立ちあがりそれぞれ友人と談笑を始める。
この学校で編入生は珍しくない。
だからいちいち編入生に話しかけたり、興味を持ったりすることはない。
最も――
(あの挨拶じゃ、誰も話しかけてこないだろうな)
律は自身のことながら、先程の編入挨拶を省みて小さくため息をつく。
「あの、ちょっといいですか?」
一度交友関係を置いといて、魔術科の教材を確認しようとしていた律に左隣に座る少女が話しかける。
「もちろん。なにかな?」
声の方へと顔を向ける。
その姿を見て律は思わず息をのんだ。白というよりも限りなく透明に近いロングヘア。その透明と比較しても引けを取らない肌。まるで快晴の空を閉じ込めたみたいな瞳。
(エルフのような子だな・・・・・・)
そんな感想を抱いてしまうほどに現実味のない美少女。
「さっき話してたことは本当なのですか?」
「えーと、どのことかな?」
「循環魔術≪サーキュレーション・マジック≫しか使えないって話です」
少女は申し訳なさそうに言う。
「本当だよ。実際、実技試験の放出魔術≪リリース・マジック≫の欄は0点だったからね」
放出魔術が使用できないのは一部を除いて真実だ。
実技試験についてはそもそも試験を免除されているため完全な嘘なのだが、試験免除の事実を話せば勘ぐられる可能性もある。推薦編入もないわけではないが、それだけ認められた魔術師だという証明にもなる。
帰還者とバレるのも時間の問題とはいえ早まるのは避けたい。
「そう、なんですね。親近感です」
少女はすこし表情を緩める。
「親近感?」
「実は私も放出魔術しか使えなくて、それでなんとなく永坂さんに親近感を抱いてしまって」
「そっか。確かにそれは親近感だね」
(放出魔術しか使えない、か。恐らく吸収した魔素を体内で保存できないんだろう)
「すみません。私、まだ挨拶もしてませんでしたね。隣の席の青葉雪奈です。よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく青葉さん」
雪奈は微笑むと手を出して握手を求める。
律はその手を握ると、ぎこちなく微笑み返す。
今日の編入で知ったのは律は自身が思っていた以上に人付き合いが得意ではないと言う事。
理由は単純に学校という同世代の人間を集めたコミュニティに、長いこと参加していないからだろう。
異世界から帰還後、一年ほど学校に通わずぷらぷらしていた自業自得だ。
この現状を解決することも、律の求める「普通の生活」を実現するためには必要なことだろう。




