4 国立東東京高等学校魔術科
土曜日の深夜。
毎日が休日の律にとって土曜日だろう生活に大きな違いは無いが、魔術科の教師をしている結月にとってはやっと訪れた憩いのひととき。
そんな大切な時間を律の狭いアパートに訪れて消費しているに疑問を覚える。
結月がレンタルしてきたゾンビ映画を二人掛けのソファーに座りながら見ていた。
律がゾンビ映画を見たのは初めてだったがこれといった感想は出そうになかった。
ゾンビの見た目のインパクトは強烈なのだろうが、魔獣に比べたらいくぶんも可愛く見える。
異世界で何度も見た冒険者の惨い亡骸。いつからだろうか、その光景に慣れてしまったのは。
「あ、そうだ。僕、高校通うことにするよ」
「そっか・・・・・・えっ?律くん学校通うの!?」
画面からパット視線を移すと、律を眺めて口をあんぐりさせる。
「学校通った方がいいって言ってくれたの結月だろ」
「そうだけど。こんなに早く決断するとは思わなかったよ」
「まぁ、僕にも思うところがあったんだよ」
合格できるかは兎も角として、国立の魔術科に編入できれば支援金を受け取れる。一人暮らしに余裕が持てるほど。
それほどに魔術の分野には予算を裂かれているようだ。
将来性を踏まえると、日本が魔術師育成を推進することは妥当であろう。
「そっか。じゃあ明後日の週明け月曜日に面接に行こうね」
「え、面接あるの?裏口編入じゃないの?」
「裏口じゃないよ推薦!私が帰還者の律くんを推薦するの。どっちにしても面接は必要でしょ?」
頬を少し膨らませ、呆れたように結月は言う。
「それは・・・そうだよね」
面接という言葉を聞きやはり辞退しようかと考える律。
数日かけて心の内で決意を固めた後だが、情けなくも決意が揺らぎそうになっていた。
「その顔、辞退したいとか考えてるでしょ」
そう言ってジト目で律を見る。
「エスパーなのかな」
「律くん別に人見知りでも緊張しいでもないでしょ?」
「いやそんなことは無いと思うけど。それ以前に厳粛な畏まった雰囲気の場所って苦手なんだよね」
「そこら辺は気にしなくて大丈夫だと思う。多分」
普段よりも上機嫌に笑う結月の表情を崩すわけにはいかないため、律は改めて腹をくくる。
* * *
週明け月曜日、十時にセットしたアラームの騒音に叩き起され泣く泣くベットから這出る。
ふらついた足取りで洗面所にたどり着くと寝癖のついた髪を適当に整える。
普段、髪を整えることを知らない律。だが今日は面接なのだからいつも通りの自然スタイルで赴くわけにはいかない。
リビングに戻りハンガーにかけられたスーツに腕を通す。昨日の休みに結月とショッピングモールを周り購入した新品のスーツ。
律的にはあまりピンと来なかったが結月が似合ってると進めてきたので拒む理由もなく購入した。
何度も結ぶ練習をしたネクタイが若干曲がっているような気もするが、完璧になるまでやり直す時間などあるわけもなく焦ってアパートを出る。
* * *
最寄り駅から十分ほどリニアモーターカーに揺られ、数分歩くと目的地の国立東東京高等学校にたどり着く。
「ほーー。立派なもんだな」
異世界に転移する前に数か月通っていた田舎の中学校と比べると遥かに立派で広大な土地を有している。
魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫や魔術の存在が認識された2032年。
それから約二年後、2034年3月に設立された魔術という未来を見据えた教育を推進する場を設けた初の国立高等学校。
開設から多くの卒業生を輩出し。その多くが民間魔術組織や魔法科のある大学に進学する。
特に優秀な生徒は国家魔術組織からスカウトされることもある。
魔術が希望である新時代において魔術科に入学するだけで人生勝ち組とまで言われている。民間魔術組織や国家魔術組織の給料が高いからだ。
常に命の危険と隣り合わせの仕事。そう考えると高給であることも当然と言える。
「そこの君、生徒さんじゃないよね。入校許可証持ってる?」
正門をくぐろうとすると警備員に止められた。
「それって持ってないと入れないですよね」
「当然だ」
警備員の一切崩れない真顔に恐怖する律。
(入校許可証?なにそれ初耳なんだけど。帰りたい。)
「今日の十時半から編入の面接があるはずなんですよ。で、僕が面接を受けに来たんですけど」
「編入の面接?あ~まぁ、わかったとりあえず事務に電話するから待ってて」
面接開始の時間が刻一刻と迫っている。
(推薦って落ちることあるのだろうか。普通に考えたら遅刻した奴なんて即刻退場だよな。それは推薦してくれた結月に申し訳なさ過ぎる・・・・・・)
「確認取れたよ。悪いね待たせちゃってこちらの不手際だ」
「いえ、そんなことないです。確認が取れて良かったです」
時計を確認し早歩きで校舎入口を目指す。
広い校舎に入り口が見当たらずあたふたする律。
「えーと、君が永坂律さんで合ってるかな?」
「はい。そうですけど」
「ごめんねー。案内役だったんだけどうっかり昼寝してたよ」
一切隠そうともせず大きなあくびをする白衣の女性。少し傾いてかけている眼鏡を見ると彼女の言葉に嘘は無さそうだ。
「時間ないから早速行こうか。大丈夫!?緊張してない!?」
「いえ、お姉さんのおかげで微塵の緊張も無くなりました」
満面の笑みで親指を立てグッドサインを向けられ困惑していると、こちらの戸惑いを意に介さず歩き始めた。
* * *
校内を少し歩くと応接室にたどり着く。
面接開始の十時半にもなんとか間に合うことができた。
スライド扉を開ける前にノックをする。
──────コンコン
「どうぞ」
「失礼します。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。秋暮 結月からの推薦で魔法科の教師を志望している永坂律と申します。よろしくお願いいたします」
一人掛けのソファーが左右に配置され、中央の大きなテーブルに両肘を着き堂々と座る面接官と思われる三十過ぎの男。
対面のソファーに腰掛けるように促され「失礼します」という掛け声を忘れずに丁寧に着席する。ここまでは結月との練習通りだ。
「で、この茶番いつまで続ければいいんですか?柳井先生」
律の発言を聞くと対面の男は肩をプルプルと震わせる。
「くっっはーーーはーーー。笑いこらえるの大変だったよ」
「いや、肩震えてましたよ。それにニヤニヤしてたし」
「仕方ないだろ今更君に真面目な姿見せられても、胡散臭すぎてさ」
腹を抱えて、足をバタバタとさせて笑う柳井。到底、国立高等学校の校長の立ち振る舞いには見えない。
「ふーごめんごめん。久しぶりだね永坂くん。元気そうでなによりだよ」
満面の笑みで律に握手を求める男は柳井瑛介。柳井も律と同様、異世界転移に巻き込まれ無事に帰還した一人だ。
転移事件が起こる以前は日本の高校で教師をしていたらしく、異世界で魔法と剣技ばかり学んでいた律らに勉強を教えていた。律が柳井瑛介を先生と呼ぶのはそんなことがあったからだ。
「結月からなんとなく話は聞いてたけど異世界から戻ってすぐに国立学校の校長になったとか」
「自分の意思ではないんだけどね。国としても異世界の魔術知識を有していて、過去教師経験のある私を上手く利用したいのだろうね。まぁ、お金は貰えるし嫌って訳でもないんだけどね」
異世界からの帰還者と言うだけで実力が認められる世の中だ。国立高等学校の校長が帰還者となればさらに箔が付く。
「お忙しい柳井校長先生がわざわざ僕なんかの面接をしてくださるとは光栄です」
「思ってないこと言わなくていいよ。それに私以外に君の面接やらせたら確実に落とされるだろ?」
「そんなことはない。僕はやる時はやる男なんですよ。本当に」
腕を組んで堂々として見せる。
少し前に結月にあしらわれた事を思い出し強調する。
「まぁそれは置いておくとして、本題に入ろう。秋暮くんから話は聞いているよ魔術科への編入だろう。永坂くんの魔術の知識も実力も文句のつけようがない」
「なら筆記試験と実技試験は免除ということにしてくれたり・・・・・・?」
「そうだね。別に構わないよ。特別扱いするななんて無理な話だし、試験など行うまでもなく君のことはよく知っているからね」
律は右腕で小さくガッツポーズをする。
「ただ、君がこのタイミングで編入を選ぶ理由を教えてもらいたい」
柳井は律の考えを見透かすように言う。
「そうですね。まぁ、いくつか理由はありますけど一番は結月にこれ以上心配を掛けさせないようにするためですかね。あとは、普通に暮らしたいかな学生として」
「普通ね・・・・・・」
普通の学生生活を求めるのなら、わざわざ魔術科のある高校に編入する必要などない。
だがその事実に律は気づいていない――というよりも律にとってそれほどまでに魔術の存在が当たり前、普通になってしまっている。
四年前までは魔術を一切行使できない少年だったはずなのに。
「まぁ、把握したよ」
テーブルに置かれたマグカップを手に取ると注がれたコーヒーを一口飲み込む。腕を組み何か考えているようだ。
「賢い君だから、他にもなにか考えがあるのだろう。これ以上詮索する気はない」
「助かる」
律は素直に頭を下げる。
「だけど、なにか困ったことがあったら相談してほしい。これは校長としてではなく友人としてだよ」
「その時は頼らせてもらうよ」
編入の面接は無事終了し晴れて国立東東京高等学校の魔術科二年生として通うことが決まった。
柳井が面接官ではなかったら、やはり受かりそうもないと自嘲する律。
「また一つ恩ができてしまったな」




