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3 帰還者≪リターナー≫

「今の音は・・・?」


 後方から鳴り響いた轟音。得体の知れない質量体が激しくぶつかりあったような爆破音。真後ろに雷が落ちたとすら思わせるほどだ。


「嫌な予感がするな」


 原因はほぼ間違いなく先程みた魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫にあるだろう。

 魔術科高校の生徒に任せて引き返してきたわけだが律は違和感を感じてはいた。

 終盤、決壊寸前の裂け目の規模と派遣された魔術科高校の生徒達ではどうにも天秤が釣り合わないように感じた。

 魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫についてあまり詳しくない律だが、そんな彼でも違和感を覚えたのだ。


 急ぎ現場に戻ると案の定、想定外の出来事が起こっていた。


「ゴブリンロード・・・魔術校生が対面するような敵じゃない」


 上手く連携してゴブリンロードの攻撃を躱しながら牽制をしているが崩れるのも時間の問題。

 体内の魔素を使用するのではなく大気に漂う魔素を吸収して魔術を行使するから、一見魔素切れなんかの心配がないように思える。

 だが実際は体内に取りこめる魔素の量にも限度がある。

 限度は人それぞれ大小するが限界を超えると魔術が行使できなくなるだけではなく全身の力が抜けその場で意識を失う。

 これは自身の限界を知るために魔素を取り込み続けた際に経験したことだから間違いない。


 彼らもトレーニングはしてるだろうし基礎身体能力が高いのは間違いないのだろう。とは言え、どれだけ鍛えても魔術が使えなければ魔獣と対等以上に戦闘することは不可能。それこそ重火器を使用した方が利口だ。


「協力要請は流石に出してるよな・・・まだ到着してないのか」


 建物の隙間から状況を把握する。

 Dクラス以下の魔獣の数はかなり少ない。彼らが少しづつではあるが減らしているのだろう。

 将来を期待された有望株に違いはない。


 特にレイピアを握った青髪の少女の動きは洗練されている。無駄な動きが他の生徒と比べて極端に少ない。

 それに行使する魔術は水の魔素を変換する際に、冷却を加えることで氷魔術へと昇華している。

 高度な魔素変換≪マナ・コンバージョン≫を求め、研鑽を重ねた者にしか氷属性に派生することは出来ない。


「このまま眺めてるわけにはいかないか」


 所持しているのは指にはめているスマートリングのみ。

 このような事態を想定していなかったため、得物を持ち合わせていない律。


「まぁ、ないよりはましだよな」


 ビルとビルの間の狭い路地、転がっていた鉄パイプを拾い上げる。

 彼ら彼女らが国立東東京高等学校の生徒であることを考え、正体を隠すべきだと判断した律は着ていたパーカーのフードを深く被る。

 完璧に正体を隠せるとは言えないが、何もしないよりはマシだろう。

 準備を終え建物の隙間から走り出す。


 * * *


 ゴブリンロードと魔術科校生の攻防が激化する。

 圧倒的優位に立っていたゴブリンロードだが、その雷魔術が彼らにヒットする数が減ってきている。

 行動パターンを覚え、ゴブリンロードが予備モーションに移行するのを確認し、的確に回避する。


 例え完全に避けられずダメージを負ったとしても致命傷でなければ心美の聖魔術ですぐに回復できる。

 水の魔素を吸収した際に浄化の変換過程を踏むことで人の傷を癒す聖魔術へと昇華する。

 氷魔術への昇華は魔素変換≪マナ・コンバージョン≫を学び、洗練すれば習得できる。

 だが聖魔法への昇華は魔素変換がどれだけ秀でていても、才能がなければ辿り着くことが出来ない。


 才能が全ての魔術属性の影響もあり、治癒師の人数は他の役職に比べて極端に少ない。パーティーに一人居るだけでそのパーティーに対する評価を二段階ほど引き上げてしまう。

 そんな貴重な存在である心美がパーティーメンバーに居ることが不幸中の幸いと言える。

 とは言え魔術の行使にも限度はあるのだからこのまま防戦一方を継続することは不可能。


「心美、後どのくらい聖華≪ホーリー・ブルーム≫が使えそうかしら」


「頑張っても四回くらいかも、ごめんね」


 申し訳なさそうに告げる心美の額には冷や汗が流れる。現状への焦りもあるだろうが魔素を取り込める限界が近づいている証拠でもあった。


「俺も常に防御魔術を張り続けるのは無理そうだ」


 使用する魔素の吸収効率が良い防御魔術≪ディフェンス・マジック≫だがより強度を上げて張り続けるとなれば話は別だ。

 そもそも張り続けること自体が難しいことではあるが、吸収できる魔素量に自信のある勇次でも途切れ途切れになってしまう。

 部分的に展開するということは致命傷を受ける確率が増大することに繋がる。


「次の攻撃が来ます避けてください!!」


 冷静に行動を察知し危険を伝える楓。

 ゴブリンロードはその手に持った巨木の杖を地面に突き刺した。

 初めて見る行動。どんな攻撃が放たれるのか想像もつかない。


「しまっっ・・・」


 氷花の立っていた地面の真下。植物の根が勢いよく地上に伸びると絡みつく。

 気づいた時には既に遅かった。

 右手に伸びた根をレイピアで切断することには成功したが左手を目掛け伸びてきた根を避けられず拘束されてしまう。抗おうとするも左手首に根がまとわりつきレイピアを振ることも叶わなければ魔術を行使することすらできない。


「不味い、勇次さん!!氷花さんを拘束している根を切ってください」


 常に冷静さを忘れない楓だが、この時ばかりは焦りを隠せずにいた。


「くそっ!!そうしたいが根っこが邪魔して近づけねーー!!」


 地面から伸びた木の根がしなやかに波打ち、氷花以外のメンバーの足止めをする。

 ゴブリンロードは突き刺した巨木の杖を引き抜くと天高く掲げる。

 地面から生えた根が魔獣の固有能力だとするなら今ゴブリンロードが行っているのは体内の魔素を一点に集中することで放出する攻撃魔術。

 人類が魔術を行使する時とはプロセスが異なる。


 行動不能にした氷花を集中狙いした雷魔術。激しい光を伴って放たれる雷撃の砲弾は減速することなく駆け抜ける。

 自ら避けることもチームでカバーすることも不可能な絶体絶命の一撃。


 そっと瞳を瞑る氷花。魔術科に入学すると決めた日からいつかこうなるかもしれないと覚悟はしていた。悲惨な最後を迎えることになったとしても決して現実から逃げることは出来なかった。

 だから後悔はなかった――


「・・・・・・助けて」


──────ビキッバチバチッ


 今まで一番の強力な雷魔法。鳴り響いた轟音がそれを証明していた。だがその音を聞いた後も氷花の身体に雷が走ることはなかった。

 恐る恐る、固く閉じた目を開ける。


「何が起きたの・・・・・・?」


 氷花の目の前に堂々と立つ一人のフードを被る男。

 その右手に握られた鉄パイプには雷魔術を相殺したことでバチバチと電気が走る。

 フードの男、永坂律(ながさかりつ)が得物を軽く振ると氷花にまとわりついていた木の根を断ち切る。

 無防備に落下した氷花を受け止めると地上にそっと下ろす。

 決して顔を合わせずに。


「助かりました。あなたは・・・」


 氷花は助けられた際フードの男、律の顔を覗いたが認識することが出来なかった。

 律は氷花の問には答えない。顔を隠しているのは正体を隠すためだ。声を発してしまえば聞き覚えのある声として疑問に思うかもしれない。

 東東京高等学校の魔術科に編入する可能性が僅かでもある限り、そこに通う生徒であろう氷花に怪しまれるような真似は出来ない。


 ゴブリンロードは乱入者である律をターゲットに魔術を放つべく体内の魔素を巡らせる。

 律は氷花を背にすると一歩一歩ゴブリンロードとの距離を縮める。

 ゴブリンロードが魔術の構築を完了させると巨木の杖の先、空中に五本の雷で生成された槍が現れる。

 その一瞬後、雷光が大気を揺らし切り裂くような閃光が走る。

 律は下げていた鉄パイプを構えると五本の雷撃の槍を避けることなく全て叩き切る。

 回避した場合後ろにいる魔術科生徒に当たってしまう可能性を考えたからだ。


 当然、ただの鉄パイプではない。循環魔術≪サーキュレーション・マジック≫の応用。付与魔術≪インビュー・マジック≫で強度を底上げしている。

 原理は身体強化と同様で、対象が使用者の持つ得物になるというだけ。


「信じられない・・・。目で追うのもやっとの雷魔術をひとつ残さず切るなんて。しかも循環魔術を使用したようには見えなかった」


 確かに循環魔術のいずれかを使用すれば放出魔術を両断するほどの反射神経を得ることも可能なことだろう。それでさえ極わずかな限られた者にしか成せない芸当だ。

 にも関わらず眼前の男、律が行ったのは循環魔術を使用しない純粋な基礎身体能力に見切り。


(民間魔術師が到着したか、早く終わらせないとな)


 後方から駆けつけた民間ギルドの五名のパーティー。

 彼らも直ちにゴブリンロード討伐に協力しようとするが律、氷花との間に生えた大木の根が自我を持っているかのように暴れる。そこに魔獣も加わり障壁を築き進路を塞ぐ。


 勢いよく走り出した律は鉄パイプの付与魔術を解除し、循環魔術を右足に回し強く踏み込む。勇次同様、いやそれ以上の速度で接近する。

 律の行動に怯むことなく、ゴブリンロードは先程同様に巨木の杖を地面に突き刺す。一度目の時ですら簡単には切断できない強度の根であったが、二度目は三本の根を捻り合わせることでより強度を増した攻撃。

 ゴブリンロードは眼前の人間を強者と認め、自身の持つ最大の攻撃手段をとった。


 だが律はにやりと笑う。


「悪いな、その攻撃なら異世界で経験済みだ」


 ゴブリンロードの手強さを知っているからこそ律に油断はない。

 過去の経験からゴブリンロードの取る次の行動を予測し先んじて吸収していた魔素。

 得物を握っていない左手を突き出すと白にも透明にも見える魔法陣が浮かぶ。


「魔素消滅≪マナ・アナイアレーション≫」


 律がそう口ずさむと、捻じれた大木の根はまるで最初から存在しなかったかのように消失した。一切の痕跡を残さずに。


 突然開けた視界。だがゴブリンロードの正面に律の姿はない。

 律は魔素消滅≪マナ・アナイアレーション≫を放つのと同時に足に纏った循環魔術で空高く飛翔していた。

 間髪入れず急降下。

 インパクトの瞬間にのみ再度、付与魔術を鉄パイプかける。

 研ぎ澄まされた急所を狙った一閃。ゴブリンロードの額にはめられた紫の魔核を粉々に砕く。

 ゴブリンロードの巨体が黒煙となって存在を消す。


 自らの勝利を見届けると律は近くの細い路地に入り、何事もなかったかのように自宅へ向かう。

 入り込む余地がなく、遠くから戦闘を眺めることしか出来なかった氷花が最後に見たのは静かに沈んでいく夕日だった。


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