2 魔術至上主義社会の始まり
2030年11月7日。
日本列島の近海に埋まっているとされていたレアアースが初めて発掘された。
以前から存在を発見されていたレアアースだが、採掘コストの高さ、技術的な側面から採掘することが困難とされていた。
だが技術の進歩と共に現実的となった採掘計画の末、掘り起こされることとなったレアアース。
だが、その採掘されたレアアースは当初予想されていたものとは異なり、未発見の鉱石。
後に、魔素≪マナ≫と呼ばれることになる未知の元素だった。元素記号にしてMa、119種類目の新たな元素。
新たな元素の発見に世界中が注目したが、研究当初は使用目的が見つからず赤字採掘と言われた。
それから少し時が経ち、2032年5月25日。
最初に異変が現れたのは東京都板橋区の細い川を跨ぐ橋の上。空中に謎のひび割れがあるという一本の通報だった。
現実味の無い通報内容、半信半疑ではあるが現場を確認しなければ断定はできない。
「なんなんだ?これ?」
「通報にあった通り空中にヒビがありますね」
「そんなのは見れば分かる。これが一体何なんだって聞いてるんだ」
例えばそれが地面にあったとしたなら地震などの自然災害で起こった亀裂だと判断できただろう。だが、大気を裂くようにできた亀裂をどう考えても説明できない。
「おい!無闇に触れるな」
後輩警官が謎の裂け目を自らの素手で触れる。その手が裂け目に触れると何事も無かったようにすり抜ける。
「でもこれ触れませんよ。先輩も試してみてくださいよ」
「はー。まぁこのままじゃ埒が開かないか」
怖いもの知らずな後輩警官に誘導されたからか、あるいは好奇心からか先輩警官も謎の裂け目に触れようとする。
「ちょっと待ってください。先輩これ広がってませんか?」
「ん?あぁ確かに最初に見た時より大きくなってるな」
────────バリバリッパキッ
ガラスが砕けるような不快な音。深淵から現れた異形がこちらを覗いていた。
この音を始まりに当たり前だったはずの常識が徐々に崩壊していった。
* * *
ポケットに忍ばせたタイムセールのチラシを開き、購入したい品々に目星をつける。できるだけ安価で食料を調達しなければ律の引きこもりニート生活の終焉も早まってしまう。
だからこそ主婦に紛れて奮闘しなければならない。
「え?スーパー開いてないじゃん・・・」
気合い満タンで到着したスーパーは営業している気配が全くしなかった。普段なら駐車場も駐輪場もパンパンなのに今日に限ってはガラガラだ。
店内を覗いても人っこ一人存在しない。
「日付間違えてないよな?」
律は左の人差し指にはめているリングに触れる。
何もなかった空間にスクリーンが映る。日付はチラシに記載された日付と間違いなく同じ。
それによく考えてみたらここに至るまで誰一人としてすれ違わなかったことに気付く。ここが地元の田舎なら不思議はない。だがここは大都会東京だ。たとえ都市中心部から離れた住宅地だとしても考えにくい。
妙な違和感を感じる。
「とりあえず大通りに出るか」
数分歩くと車通りの多い大通りにでる。
だがやはり人どころか車の一台も走っていない。駐停車してある車はいくつかあるが人が付近にいるようには見えない。
「あなたそこで何をしてるんですか!!ここは危険ですから離れてください!!」
背後から声をかけられ振り向くと、晴天の青空を彷彿とさせる青髪の少女が立っていた。
それと同時に全てを理解した。
二車線の道路を分断する中央分離帯の上空、巨大な亀裂が大気を裂いていた。
「魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫か、どうりで人が見当たらないわけだ」
魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫が発生した際に発令される緊急速報はテレビやスマート端末などから知ることができる。
律はその警報音が鬱陶しくて通知を切っていた。そのせいで近所で発生したことを知らなかった。完全に自業自得。
自宅からスーパーまで歩いて約二十分程だろう。その道中で発令されたと考えると決壊する十五分のタイムリミットがいつ来てもおかしくない。
加えて裂け目の広がり方はかなり終盤のように見える。
「それにしても大きいなこの裂け目」
目の前で実物を見るからというのもあるかもしれないが、それにしても何度か目にしたものよりも明らかに巨大だ。
「ボーとしてないで早く遠くに逃げて!!」
「は、はい。すみません」
あまりの気迫にちびりそうになった律。
彼女が着用している制服からして高校生、それも国立東東京高等学校のものだろう。
おそらく魔術科の生徒なのだろうが教師が引率していないことを見るに優秀な生徒で組まれたパーティーなのだろう。
ここは彼女たちに任せるべきだろう。律がしゃしゃり出るべきではない。メンバー人数も四人いる。これだけの人数がいれば充分だ。
律は魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫に背を向け来た道を戻る。
* * *
現場に到着して十五分、時間通りに決壊する亀裂。
眼前に迫る魔獣の行進。何度見ても気味の悪い容姿をした侵略者達が人類の築き上げてきた大都市を踏みならさんと侵攻する。
「街への被害を最小限に抑えて。皆んな油断しないように」
「おう、任せとけ」
「了解」
「はい!了解です」
青髪の少女が三人に声をかける。
それぞれの得意な獲物を構え、適正距離を見極める。
陣形は前衛二人、中衛一人、後衛一人。それぞれが邪魔をせずカバーし合える理想的な配置。
数ある魔術科高校の中でも名を轟かせる有望なパーティー。未成年で高校生の彼ら彼女らに、この街の命運を託されるほどに信頼を得ている。
日本刀の造形に酷似した刀を握る青年が先陣を切る。大気に漂う風の魔素≪マナ≫を吸収することで身体に巡らせ防御力と移動速度を向上させる。
放出魔術≪リリース・マジック≫とは異なり魔素を体内に留める循環魔法≪サーキュレーション・マジック≫は主に身体強化を目的とする。
一瞬の出来事、隊列を乱し青年に牙を向いた一体のゴブリンの頭部が宙を舞う。
風を纏うことで上昇した移動速度から繰り出される斬撃には重さも加わる。
切断された首の断面から黒紫色の血液が勢いよく溢れ出す。制御を失い膝から崩れ落ちるはずのゴブリンだがその前に黒煙と共に姿を消す。
その場に残されたのはゴブリンの血液でも遺体でもなく小さな赤い鉱石のカケラだけ。
赤い鉱石のカケラの正体は、魔核≪コア≫と呼ばれる魔獣の動力源。人間で言うところの心臓にあたる器官。
多種多様、強弱も幅広く存在するがどの魔獣も例外なく共通する特徴。
魔核を砕かれた魔獣は存在を保つことが不可能になる。要するに魔獣にとっての最大の弱点。
「魔核≪コア≫潰さない方が金になるもんな。なるべく残しとかねーとな」
「余裕かましてると足元救われますよ勇次さん」
「わーてるよ。お前もさっさと戦え」
「言われなくてもっ」
刀を握った勇次に対抗するように丸メガネをかけた青年は杖を天に掲げる。
握られた杖は木が捻じられたような造形をしていて、先には握り拳ほどの深緑の宝石が埋め込まれている。
杖の宝石は大気に漂う魔素を選別し吸収する。丸メガネの青年が選択したのは風の魔素。
循環魔法≪サーキュレーション・マジック≫とは違い風魔法へと変換し、放出を行うことで放出魔法≪リリース・マジック≫となる。
深緑の宝石が輝き始めると彼を囲うように風が吹き荒れる。
「避けてくださいよ。当たったら死んじゃいますから・・・鎌風≪サイス・ウィンド≫」
深緑の杖を魔獣目掛けて振りかざす。ハッキリと目には映らないが吹き荒れる風の波が魔獣の体表に衝突すると鎌鼬が起きたように魔獣の身体を切り刻む。
その威力は到底、風によって引き起こされたものには見えない。
「あっぶねーな。颯、てめぇ俺に当たったらどうするんだよ!」
「だから避けてくださいって忠告しましたよね」
「戦闘中に無駄な言い合いはやめて。集中しなさい」
勇次と颯のいがみ合いを制止する青髪少女は左手にレイピアを構え魔物を刺突する。弱点である魔核≪コア≫を正確に捉えた素早い突き。
次々とゴブリンやシープ(羊の特徴を持った魔物)を黒煙に変えていく。
魔核を砕けば価値は落ちるがそのことを気に留めず討伐する。
「妙ね。これだけ巨大な裂け目にしては敵が弱すぎる」
魔獣災害≪モンスター・ディザスター≫は発生した時点で難易度がつけられる。脅威度最大のAランクから最低のFランクで振り分けられる。
判定の方法は発生した時点での裂け目の大きさの一点だ。
今回の難易度はEランクと判定されたため、民間ギルドではなく現場から一番近い場所にあった国立東東京高等学校に討伐依頼が出された。
だが実際に彼女らが目にしたのは到底Eランクには見えないサイズの巨大な裂け目。
当初は躊躇わず協力要請をする程には脅威に思えたが、実際出現した魔獣はEランクに相当するゴブリンやシープ。遠距離攻撃の弓を持ったゴブリンも出現したが大した問題では無い。
「氷花ちゃん協力要請を撤回しても良いんじゃないかな?」
協力要請を受けたのは民間魔術師だ。彼らは成果報酬で動いているため到着したのに魔獣が討伐されていれば何も得ることができない。完全に無駄足になってしまう。
「・・・そうね。どのくらいで到着するか分からないけどこの調子で行けば十分もあれば殲滅できるわね」
──────パキッ
ガラスが砕ける不快な音。厄災が降りかかるのはいつだってこの音の直後だ。
期待外れの緊張感からの落差が招いた油断。
刀を納刀し腕を組んでいた勇次の右肩を雷の矢が貫く。
「くっ・・・・・・くそっ、痛えな」
身体に走る電撃に顔を歪ませる。片膝をついて、右肩を押さえる。
「勇次さん!大丈夫ですか?!」
「あぁ、なんとかな。防御魔術≪ディフェンス・マジック≫がなかったらヤバかったかもな」
戦闘中は常に魔素を吸収し続けて防御魔術を展開している。そのため致命打にはならなかった。
「ちょっと待ってね。すぐに治癒するから聖花≪ホーリー・ブルーム≫」
「悪いな。助かるぜ心美」
ホワイトブロンドの髪を腰まで伸ばした治癒魔術師の心美が握っていた錫杖を勇次の右肩にかざすと暖かな光に包まれる。
破れた服の隙間から覗く痛々しい傷跡が徐々に塞がる。流血は止まり、電流によって焦がされた皮膚もみるみる再生する。
「避けて次の攻撃が来る!」
氷花の合図と同時に再度放たれた雷の矢は命中することなく、後方の歩道橋に激突する。歩道橋は崩落はしなかったが硬いはずのコンクリートとがえぐれている。
「この魔獣は・・・ゴブリンロード?まさかそんなはずは」
雷の矢を放った魔獣はゴブリンロードと呼ばれるゴブリン系統の中で二番目の脅威。ゴブリンロードが出現するような魔獣災害は最低でもCクラス、個体によってはBクラスの場合だってある。
少なくとも四人の魔術科校生が派遣されるような脅威度ではない。
「協力要請を出したのは正解だったようですね」
「あぁ、流石にゴブリンロードは荷が重いぜ」
普段は恐れ知らずで油断することが多々ある勇次だが、そんな彼でも正面から戦おうとは思わない。
「救援が来るまで時間を稼ぎましょう。ゴブリンロードの攻撃に注意しつつ周囲の魔獣を討伐しましょう」
「「「了解」」」




