気付きと決意
「………それで、私は合唱部を辞めたの。
歌えなくなってしまったし、私より栗崎先輩のが適任だと思ったから」
彼女は鞠が全てを話終えるまで静かに聞いていてくれた。
「そっか…。じゃあ、はじめて会ったときは本当に悪いことしちゃったんだね、ごめんね…」
ごめんねと眉を下げて申し訳なさそうに謝る姿はなんだかしゅんとした子犬みたいだ。
「いいの、気にしてないわ。それにもう終わったことだしね。今、こうしてあなたと過ごす放課後も気に入ってるわ」
「本当に…?ならいいんだけど……でもさ、なんで鞠はこんなところまで来てたの?」
鞠は合唱部を退部したなら放課後は真っ直ぐに家に帰ってもよかったがそうしなかった。
「あなたの演奏を偶然聞いてしまったのよ。私がはじめて聞いたときも雨のアリアだったの」
何故なら、誰もいないはずの旧校舎からピアノの音を聞いてしまったから。
なにげなく旧校舎の前を通ったとき 微かに聞こえるピアノの音色に気付いて鞠は「もしかして怪談の?それとも誰かの悪戯かしら?」と警戒しながらも好奇心に負けて旧校舎に入ったのだ。
「そっかぁ~。あの曲はボクのお気に入りの曲だからね」
「今思ったけど、どうしてあなた、私を避けていたの?今だからわかるけど姿が見えなかっただけでこの部屋にいたんでしょう?」
「驚かせるのも悪いかなぁって思って、何かする幽霊より何もしない無害な幽霊のが怖くなくてよくない?」
「ピアノを弾いてる時点で何かしてるでしょ」
「あれ?まぁそうか。…でもさ、鞠は色んなことがあっても音楽とか歌が好きなんだね!」
「…え?」
正直、自分が音楽や歌が好きかどうかなんて考えたことがなかった。
「そんなことないわ。私はただ……、憧れを追っていただけ。合唱部に入ったことだって不純な動機だったもの」
鞠は先程の小日向先輩のことを思い出した。
先輩も鞠と同じように栗崎先輩の眩しさに惹かれ憧れていたけれど、鞠と違って彼女は音楽や歌、合唱を心から愛していたと思う。
きっと、鞠のように栗崎先輩にただ憧れるだけじゃなかったのだ。
「栗崎先輩がソロを私にと言ってくれたときとき、私は "どうしてそんな風に笑うのか”って信じられない気持ちだったわ」
「栗崎先輩があまりにもいつも通りだったから、受け入れられなかったの。大事なソロ役一年の私なんかに奪われるというのに、どうしてそんな笑えるの?って…」
―――『………先輩と同じ夢を考えたら、悔しいけど先輩よりもソロはあなたが相応しいのよ…』。
そう言ったときの小日向先輩の苦虫を噛み潰したような顔が鞠には忘れられなかった。
「栗崎先輩を目で追っていたけれど、先輩のことをなにもわかってない…か。そうかもしれないわ…。
先輩が変わってしまったと思っていたけど、もしかしたら本当は…」
ぽろぽろ…と溢れてきた涙を手で拭う、彼女はそんな私を優しい眼差しを向けながら「そうじゃなかったのかも?って鞠は気付いたんだよね」とにこりと微笑んだ。
鞠は静かに涙を流しながら頷く、
なんて醜いのだろう、ひどいやつだと鞠は自分のことながらに思った。
鞠がいまこうして泣いているのだっておかしい話だ。
なのに涙が止まらなくて 自分が情けなくてしょうがない。
「そうね、そうじゃなかったわ…。ただ、私が正しく先輩を見れていなかっただけで…」
先輩に憧れるだけ憧れて、勘違いして、勝手に傷ついて、思いを踏みにじって。
先輩のことを理解してなかったのは鞠だった。
「…今さら気づいたとしても、私には無理だわ。自信もないし、どう歌ったらいいかもわからないし」
どうやっても、もうどこにも戻れない鞠のどうにもならない気持ちを彼女は寄り添いながら黙って聞いてくれた。
「でもさ、やっぱり鞠は好きだと思うな歌も音楽も」
「どうしてそう思うの…?」
「だって、ボクのピアノ聞いて何回もここに来てたんじゃない?それにボクから逃げたあとも、もう一度ここに来たじゃん」
「ボクのピアノが好きって前に言ってくれたけど、そもそもピアノの音に気付いて立ち止まる人に音楽が嫌いな人はいないよ」
「鞠はどうしたらいいか今はちょっとだけわからなくなっちゃった、ただそれだけ」
そうかしら?と迷う鞠に、「そうだよっ!」と彼女は太陽のような笑顔で笑いかけてくれる。
「だからさ、もう一回だけチャレンジしてみない?」
「また歌えないかもしれないわ…」
「大丈夫大丈夫っ!そんなこと絶対ないよ、何故ならボクも手伝うからっ!」
「ねっ、鞠…どうする?」
鞠はもしもう一度合唱部にどんな顔をして戻ったらいいのかと怖くなる気持ちもあったが、彼女のことを信じてみようと思い小さく頷いた。
自分勝手かもしれないが、鞠は憧れた先輩へ思いや自分に託された思いを受けとり合唱部全員に謝罪するにはこれしかないと思った。
「思ったら吉日っ!へへ、腕が鳴るなぁ~!!」
「ちょ、ちょっとまって!準備はさせてってば!」
その日から鞠と彼女の練習がスタートした。
どんな無茶苦茶な練習が始まるのかと思ったが、案外彼女はしっかりしておりピアノだけでなく声楽や合唱のことも造詣が深いようで時折気になった箇所やつっかえてしまうソロパートなども的確に指摘してくれる。
教えるのも時々、感覚すぎる擬音語で説明されるが不思議ととてもわかりやすい。
しかも、いっそ彼女が歌った方がいいんじゃないか?とすら思うぐらいには彼女は歌も上手かった。
それ以上に一番意外だったのが彼女の演奏である。
彼女の趣味で弾く曲は元の曲や楽譜に忠実というより彼女の思ったまま感じたままで自由に演奏している。
――が、実は忠実に演奏することも出来るらしい。
というか、それもほぼ完璧なぐらいだ。
あまり音楽やピアノに詳しくない、ほぼ素人の鞠からして見ても彼女の音楽におけるセンスは人よりかなり秀でたものをもっており、多分……いやおそらく、この音楽という分野において彼女は天才なんだと感じた。
彼女になにげなくそのことを伝えてみても、「そうなの?人と比較したことないからわかんないや。 ほら、幽霊だし~」と軽い感じで言われてしまった。
どうやら、目の前の天才は自分で天才だと自覚していないタイプの天才らしい。
多分これは生前からそうだったんじゃないかと鞠は思う、彼女のことだから「なんか出来た」でさらっと難曲を弾けてしまいそうだ。
かっちり曲を忠実に演奏することもできるが、彼女は感じたままに自由に演奏して楽しむほうが好きだから、彼女の音楽性に目を付けた様々な講師は頭を抱えたりしたかもしれない。
休憩の合間に妙なアレンジが加わったやけに楽しそうな弾んだ音の雨のアリアを聞きながら鞠はそんな想像して、おかしくてクスクス笑った。
「なぁに?そんなに笑って~」
「だっておかしくって。ふふ、これじゃ嬉しくって踊ってそうなアリアだわ」
「あははっ もしかしたら帰ってくる連絡が来てすっごく嬉しいのかもよ?」
「ハッピーエンドのアリアね」
でも、確かに彼女が音楽を愛していたのは間違いないことだと感じた。
明日は私情で更新お休みです。
ここまで読んでくださってる方いらっしゃるのかな?いらしたら本当にありがとうございます。
次の更新は月曜日です。




