見つめているだけで…
わかりにくいですが、鞠の過去回想になります。
音楽周りは相変わらずふわふわです。
鞠は新一年生として花ノ籠女子学園に入学してからもう2ヶ月が過ぎたが、鞠はクラスにあまり馴染めていなかった。
クラスメイト達にはいつも遠巻きに様子を伺われており、どうやら鞠のキュッとしたつり目や冗談が通じなさそうな堅い性格がクラスメイトには怖く見えるようだった。
教室にいても一人で過ごすことが多い学園生活だったが鞠にとってそれは些細な問題であり、正直どうでもいいことだった。
何故なら、憧れの人に少しでも近づきたいという鞠には個人的な夢が別にあったからだ。
その憧れの人である"栗崎先輩”を鞠がはじめて見たのは新入生歓迎会で行われた合唱部の部活動紹介だ。
部活紹介では短い歌を合唱を発表したあと、栗崎先輩は生徒会の役員からマイクを受け取り一歩前に出る。
栗崎先輩の強い意思を宿した瞳は集まった全ての生徒達を見渡す。
たったそれだけなのに、会場はしんと静まり誰もが先輩の言葉を待った。
「皆さん、こんにちは。新一年生の皆さん、はじめまして合唱部部長の栗崎ちよです」
「私達、合唱部は全国高校合唱コンクールで1位をとることを目指し活動しています。コンクールには毎年1位を受賞している音楽界での名門 音川女子学院も参加しています」
「全国1位をとる…それは大きな夢のように聞こえるかもしれません。ですが私達は去年、3位という形で悔し涙を流した本校を卒業した先輩方に”今年こそ1位をとります"とお約束しました」
「私達合唱部は必ず全国1位をとります」
花ノ籠女子学園は良家のお嬢様を輩出するという分には名門校ではあるが、部活で全国1位を目指すというような熱血溢れる校風ではない。
この学校に全国1位を目指している部活があることに驚いたが、それ以上に鞠は「1位をとります」と凛とした声で高らかに宣言する栗崎先輩に惹かれた。
他の部活も控えているため歌は短めではあったが素人でも本当に彼女たちが真剣に1位を目指していることが伝わってくるような、そんな発表だった。
「私達と共に同じ夢を目指したい方は合唱部に見学にいらしてください」
鞠は最初は部活には興味がなかったのだが新入生歓迎会での栗崎先輩に憧れて合唱部への入部を決めた。
合唱部への入部手続きをすぐに済ませ、鞠は望み通り合唱部の部員となり日々憧れの栗崎先輩を少し遠くから見つめながら放課後の時間を部活で過ごしていた。
その頃は毎日がとても楽しかったがそれも長くは続かなかった。
「今年の課題曲、ソロパートがあるわ…」
そう、ことの発端はコンクールの課題曲『精霊のエチュード』にソロパートがあったことだ。
精霊のエチュードという曲は純粋で無邪気な精霊達の曲だ。
合唱曲だけれど途中で各パートのソロのパートがあるというかなりクセのある曲だ。
その責任重大なソロパートを誰が歌うか?これが大きな問題になった。
ソプラノのリーダーは栗崎先輩だった。
だからこそ、誰もが当然ソプラノソロは栗崎先輩だろうと思っていたのでソプラノメンバーは皆安心しきっていたが栗崎先輩はそう思わなかったらしく「後悔しないように各パート、ソロパートを選ぶオーディションを行いましょう」と言った。
今思えば、そのあとから合唱部の中でどこか不穏な空気が漂いはじめていたような気がする。
オーディションは各パートごと全員参加ので行われた。
これもまた栗崎先輩の提案で三年生から新入部員全員参加のものだ。
「どうして、私が…?」
結果としてソプラノソロを任されたのは栗崎先輩ではなく新入部員で入ったばかりの鞠だった。
鞠は当然、栗崎先輩がソプラノのソロを担当すると思っていたし、信じていた。
それは皆も同じ気持ちだったのだろう、誰もが反応に困り言葉がでてこない中、栗崎先輩だけが「決まりねっ!」とどこか晴れ晴れとした様子だった。
「栗崎…先輩…、あの、どうして私が……ソロを…?」
いまだに信じられない鞠はなんとかそう尋ねたが、先輩はいつも通りのとても穏やかな優しい声で答えた。
「それは、貴方だからよ。貴方だから重要なソロを頼みたいの。………だって貴方の歌声が一番、伸びやかで美しかったから」
そう栗崎先輩が鞠に向かって微笑んだとき、鞠は一歩、二歩と後ろへ後退りそして音楽室から走るように逃げ出した。
足が縺れて廊下にへたり込み乱れた息のまま鞠はただ、悪夢なら早く覚めてほしいと、そう願って。
願っただけで現実は変わるわけがない。
最初のうちは鞠も合唱部の練習に出ていたがとても良い空気とはいえなかった。
『ソロは栗崎先輩だと思ったのに』
『あの一年生、合唱だっていうのに協調性がないわ』
『確かに上手いけど、個性がありすぎて合唱には不向きよね』
面と向かっては言われないがひそひそと言われる陰口や視線を受けて鞠はどうすべきかわからなくなっていた。
「気にすることないわ」
「貴女が頑張ってるのはちゃんと伝わってるわよ。だから、ちよも雨月さんに頼んだのよ」
「そうよ、雨月さん一緒に頑張りましょう」
そんな鞠を気遣って他のソロパートの三年生は鞠を励まそうとしてくれていたし、栗崎先輩も鞠を守ろうとしてくれていた。
でもその優しさもその時の鞠にとってはチクチクと刺す小さな刺のように痛かった。
「………雨月さん?」
気がついたら、自分のソロパートになると声が弱々しく掠れるようになって声がでなくなってしまったのだ。
次に自分のパートがくる、そう思うと喉から声が出てこない。
「………なによその顔。歌えないっていうの?? 私達、真剣に全国を目指してるのよッ!」
声が思うように出ず喉を抑え焦る鞠に、小日向先輩という二年の先輩が苛立ったように声をあげた。
鞠と同じように栗崎先輩を慕ってい先輩だったからこそ、今の鞠が許せなかったのだろう。
「小日向さん、雨月さんも一生懸命、全国の為に頑張ってくれてるわ。ね?雨月さ――……」
「それ…はっ、――っ、ごめんなさい...っ!」
栗崎先輩が慌てて小日向先輩を嗜めてくれたが、鞠はどうしたらいいかわからなくなってしまった。
そうして、鞠はまた部を飛び出し逃げ出してしまったのだこれが2度目の逃亡だった。




