窓の外の出来事
今日も鞠は放課後になると音楽室へ向かう。
鞠は彼女と過ごす放課後の時間が楽しみになっていた。
走らない程度に足早に歩いていると旧校舎の扉の前で「雨月さん」と声をかけられ鞠はゆっくり振り返る。
振り返らずとも鞠にはそれが誰なのかすぐにわかった。
「小日向先輩…。申し訳ありませんが、もうすでに栗崎先輩にはお断りしました」
失礼しますと一礼し鞠はこの場を離れようとするが、腕を小日向に掴まれてしまった。
「待ちなさいっ!……あなた、毎日 先輩を断ってるんですって?栗崎先輩があなたに戻って来いとおっしゃってるのよ?!」
「私が戻ったところで何も出来ませんから」
「………っ、あなた…あなたねぇ…。あなたも先輩が好きなんでしょ?!ならッ!!」
「だからこそ、私には歌えません。元々、私には相応しくありませんから」
「…………あぁ、そう。そうよね、あなたはいつもそうだわ栗崎先輩に憧れてるだけのよくある一年生よ。だからわからないのね、栗崎先輩がどんな思いであなたには声をかけ続けているか…」
「………なら、小日向先輩はどうして私に声をかけてくるのですか?歌えない私は足手まといなのではないですか?」
「それはっ、あなたがっ…!あなたが合唱部には必要だからよっ…!」
「なのに、あなたは先輩に憧れてばかり!あの日だってそうよ…!あなたの心は一度だって合唱部にいなかったっ!!栗崎先輩をよく目で追っていたみたいだけど、先輩のことをなにもわかってないわっ!」
「あなたは栗崎先輩の見たい部分ばかり見て勝手に憧れるけど、自分の見たくない部分が見えたら目を反らす。 いつだってあなたは自分勝手だわ」
「…私はあなたとは違う。先輩に憧れるだけじゃなくて、私は先輩の隣に立ちたいの。同じように夢を追いたいし、同じ場所から同じ景色を見たい」
「………先輩と同じ夢を考えたら、悔しいけど先輩よりもソロはあなたが相応しいのよ…」
「栗崎先輩があなたを選んだのだってそう、あなたが必要だから選んだのよっ!
眺めてばかりじゃなくてあなたも同じ舞台にあがりなさいよッ!同じ夢を見なさいッ!!」
鞠は小日向先輩の緩んだ手をそっと下ろし、「……申し訳ありません。でも…、やっぱり私ではお力になれないと思います」とそう言って鞠は逃げるように旧校舎の中に入った。
小日向先輩はそれ以上追いかけてこなかったことに鞠はホッと息をつく。
きしきし鳴る木の階段を登り、深呼吸して教室に向かうと「やぁ」といつも通りの明るい笑顔で彼女は鞠を迎えてくれる。
教室の窓がほんのすこし開いており、その隙間からぱたぱたと色褪せたカーテンが風に靡いていた。
「ねぇ、聞いてたんでしょ?」
彼女が今日の一曲を弾き終えたあと、鞠は思いきって彼女に尋ねてみた。
「え?なにが?」
「とぼけないで、聞いてたんでしょ?さっきの話」
「…ご、ごめん。気になって聞いてしまいました、まさか窓が開くと思わなくて……」
「ほんとなんだよっ!!今までピアノしか触れなかったの!…でも、鞠だ~と思って窓の外見てたら……喧嘩っぽい雰囲気だったから、思わず開け~っ!!てえいやってしたらちょっとだけだけど開いて……」
慌てて身振り手振りで必死に当時の状況を説明する彼女を見ていると少し毒気が抜かれてしまった。
文句の一つぐらい言おうと思っていたのに、ある意味これも彼女の才能なのかもしれない。
「お、怒ってる、よね…?…ごめんね、盗み聞きするなんていくら幽霊でも許される行為じゃないもん…」
「確かに褒められた行為じゃないけど…、いいわ。あなたに聞かれたところで困る話じゃないもの」
「……そっか」
そう、別に聞かれて困る話じゃない。
しかも幽霊の彼女なら尚更だ、聞かれて根も葉もない噂をたてられることもない。
鞠は「言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ」と、そわそわした様子の彼女にぴしゃりと言った。
「なら、歌えないってどういうこと…?」
「そのままの意味よ。私、歌えないの」
鞠はここに来てすぐにすこし開いた窓に気づき、このことについて話さなければならないと覚悟した。
何事もなかったように過ごすことも出来るけれど、そうしたくない。
「聞いてくれる?」
彼女がこくりと頷くのをみてから、鞠はゆっくりと今まであったことを鞠に話しはじめた。




