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雨のアリア

音楽の表現を含みますが知識がないため、ふわふわです。

創作としてあたたかく見守っていただけると嬉しいです。

また明日。

彼女とまた明日と挨拶を交わしてからというものの鞠は放課後、旧音楽室に向かうようになった。


音楽室の古い扉を開けると「やぁ」と太陽のように眩しい笑顔で彼女が鞠を出迎えてくれる。


鞠も挨拶を返し、今日も教壇にハンカチを敷いてから座り鞄から読みかけの本を一冊取り出した。


「今日はなんの本?…うわ、なんか…小難しそうな本だね…」


「そう?本に慣れてないからそう思いだけよ。案外読んでみたら難しいものではないわ」


「ふーん……ほんとかなぁ?」


「こんなことで嘘ついてどうするのよ」


そんな友達同士のような軽口をたたきながら、読書をするが最近の鞠の放課後の過ごし方だ。

 

意外なことに彼女は鞠の読書の邪魔をすることがなかった。

鞠が読書をしている間、彼女は鞠の周りをふわふわと漂いながら 幽霊なのに昼寝をするように瞼を閉じていたり、読書をする鞠をにこにこ眺めてたりしていた。


眺められているのはちょっと落ち着かないが彼女が読書中の鞠をそっとしといてくれるため、鞠の読書時間は教室でするよりも捗っている。


しばらく読書をしていると急に耳馴染みのあるメロディが聞こえてきて鞠は思わず呟いてしまった。


「雨のアリア……?」


「おっ、正解 よくわかったね、鼻歌なのに」


「たまたま…知ってたからわかったの。素敵な曲よね」


「そうだったんだ!へへっ、嬉し~!ボクの大好きな曲なんだぁ!」


「なるほど、そうだったのね。切ないけれど、なんというか…すごく綺麗な曲よね」


雨のアリアは女性が雨の中傘も差さずに愛しい人の帰りを願う様子が切ないけれど美しい曲だ。


「うんっ!この曲がすごく魅力的な曲なのもあるんだけど、ボクはこの曲に出会ってから雨もいいなぁって思えるようになったんだ~」


「明るい曲じゃないけど雨音が悲しかったり切ない気持ちに寄り添ってくれる……みたいな……優しい音に聞こえない?雨って誰かの心に寄り添う為に降っているのかな~って」


「……あなた、ロマンチストなのね」


「え、そうかな?」


うーんと彼女は首をかしげたあと、ふわりとピアノの椅子に座る。


「じゃあ、そのロマンチストのピアニストが一曲弾いてあげる!」


「…………聴いてくれる?」


弾いてあげる!と自信満々にそう言ったのに、ちょっと不安げに確認してくるのが自分のせいだけど少しおかしくて鞠はちょっと笑いながら「もちろん」と頷くと彼女は子供のようにくしゃっと嬉しそうに笑った。



目を閉じて彼女の奏でる音に身を委ねる。

鞠は何回も聴いた曲だというのに、はじめて聴いた曲のような心地になり不思議な気持ちになった。


もちろん、雨のアリアの根本は変わらない

切なくも美しいメロディーで愛しい人を待ちながら恋しく思っていることは変わらない。

だが、彼女の演奏を聴いていると不思議と雨音が聞こえるのだ。


いや、雨音が聞こえるというより

雨が降っている情景が浮かぶというのが正しいのだろう。


ぽつぽつと降りだしたかと思えば、ざぁぁあと強く降り、そうして段々としとしと降る雨の様子が――――…。




気がつくと演奏は終わっていた。


「じゃん! どうだったボクのアリア!」

「あれ…どうした? うわっ、泣いてる??ど、どうして………!? やっぱりピアノ弾いたのマズかったかな!?ごめんっ!! つい弾きたくなっちゃってっ…」


「別にっ、泣いてないわっ」


「泣いてるよ、ほら!」


先程までおろおろしていた彼女だが、鞠が強がると泣いてるよ!とむぅと頬を膨らませ鞠の頬を指差す。


「ね、泣いてるでしょ」


指摘された頬を片手で触るとひんやりとした湿った感覚がする。


「……」


彼女の演奏を聴いていたらいつの間にか無意識に涙がでていたらしい。

技術が素晴らしいこともあるが、なにより彼女の演奏は聴くものを引き込む不思議な魅力があり 聴いている者の感情がひどく揺さぶるのだ。


こんな雨のアリアを鞠は生まれてはじめて聴いたと思った。


彼女の弾いたアリアは苦悩する女性に寄り添い包み込む、ひどく優しい雨音。


「……嫌だった?」


「いいえ…。ただ、なんていうか…こんなアリアははじめて聴いたわ」


「よかった…。もっと忠実に弾けって怒られるかと思った」


「確かに厳しいピアノ講師が聴いたら泡吹いて倒れるかもね。でも……私はいいと思う 嫌いじゃないわ」


「つまり好きってこと?」


「すぐ調子に乗る。…そうね、好きよ あなたのピアノ。貴方の奏でる音はいつも自由気ままな猫みたい」


「けど、その音に惹かれて私はここに来てしまった。それは事実だもの、素直に認めるわ」


「……え、へへ…。なんか素直に返されると…調子狂うなぁ~…。そうかなぁとはちょっと思ってたけど……」


「じゃあ、もう言わない」


「えぇ!?もう一回言ってよ!?」

 

えぇ~!?と必死に抗議する彼女が面白くて、くすくす笑ってしまう。

別に彼女の演奏が好きなことは本当のことだから隠す必要がないので鞠は何回言っても平気なはずだったのだが、異様に照れたり必死にもう一回言って!とねだる彼女が面白かった。

何回も言うと自信家な彼女のことだからすぐに慣れてしまう気がして、ちょっともったいなく感じるのは何故だろう?


「それより本当に音楽が好きなのね、あなた」


「うん?…あ~…そうだね。すっごく大好きみたい…?」


「みたいって何?好きなんでしょ?」


なぜそんなに自信なさげな返答をするのだろう?

正直誰が聞いても彼女の奏でる音を聴いたらわかるはずだ、彼女がいかに音楽を愛しているか…。

彼女は音楽を愛しているし、そして誰よりも楽しんでいる。

だというのに、大好き"みたい"なんて彼女自身が自分のことなのになんだか変な言い回しをするものだから気になったのだ。


「うーん、それがわからないんだよね」

「ボクが本当に音楽を好きかどうか。……まぁ、ピアノにこれだけ触れられるんだから……好きだと思うよ」


「でも、本当はどうなんだろうね? ピアノと音楽のことは思い出せてもそれ以外はさっぱりだし、自分の名前も思い出せないんだもん」


「なるほど。だからあなたいつも名前のことをはぐらかしていたのね」


「はぐらかしてないよ!ただ、本当にわからなかったから困ってただけっ!」


彼女は困ったように笑う。


「ボクね、いつからここにいるのかさえわからないんだ」


「ただ…キミと同じ制服を着ているからボクはこの学校の生徒だったのかなぁとは思ってるけど…」

「もしかしたら、この可愛い制服に憧れてるだけで、この学校の生徒ですらないかもしれないよね」


彼女がくるりとその場を回る。

その動きに合わせ彼女が可愛いと言った制服のスカートと柔らかなレースがふわりと花開くように翻った


「確かにあなたなら制服が可愛いからって理由でいてもおかしくないわね」


「でしょ?」


花ノ籠女子学園の制服は一般的に見たら変わっており、そして"可愛い"らしい。

鞠は制服が可愛いかどうかなんて気にしたこともなければ、他校の制服と比べたこともない為 制服の良し悪しは正直わからないが制服がはじめて家に届いた時、母が「やっぱり可愛いわ。私があなたぐらいだった時、この制服に憧れたのよ」なんて新入生の私より届いた制服をかわいいかわいいと喜んでいたのだから まぁ可愛いのだろう。

一般幽霊的にも、もしかしたらこの制服は可愛いくて憧れるものなのかもしれない…。


「ただ、私としては無駄の多い制服だと思うわ。どうしてこんな所にリボンをつけたのかしら?」


「えぇ?それが可愛いいんじゃん!」


ただ実際着ている鞠としては不便な制服だと感じており、またいつのまにかほどけていた腰リボンの先端を忌々しげに摘まんだ。

鞠にとってはこの制服がどんなに可愛かろうが、腰をきゅっと止めるリボンは邪魔でしかない。


だって、このリボンはすぐほどける。

なのに鞠は手先がどうにも器用ではないから手を後ろに回してリボンを結び直すのが結構大変なのだ。

どこかに全身鏡があれば時間がかかりつつもどうにか変に見えない程度には結べるのかもしれないが… そんなに都合よくあちこちに全身鏡があるわけもないので鞠のリボンはいっつも左右の長さか大きさが違うか、上手く結べなくて斜めになっている。


ワンピースの制服なのだからこのリボンは正直不要であり、ただの装飾品にしかすぎない。

だというのに誰かがリボンを付け加えてしまったが為にいちいちリボンがほどけていないか気にしなくてはいけないし、もしほどけてしまっていても誰かが指摘してくれない限り本人は気づけず、ずっとほどけたままのみっともない姿でいることになってしまう。


「結びにくいのよ、ただの装飾のくせに後ろにあるから」


「仲のいい人に結んでもらえばいいんじゃない?」


「……いつも親切な人が側にいてくれるわけじゃないもの、困るわ」


「なるほど。だから鞠のリボンはいつも変わった形をしてるんだね」


どこか納得したような彼女に鞠はキッと睨む。

睨まれた彼女は「わっ、怒らないでよぉ」とおどけたように鞠から少し距離をとった。


「別に怒ってないわ、それに私には本さえあれば充分だもの」


ツンと強がってそっぽを向き読書を再開した鞠に彼女は苦笑する。


「ボクもピアノと音楽さえあれば充分だったのかもね。それだけは唯一思い出せるみたいだから…」


鞠は彼女の奏でる雨のアリアを聴きながらぱらりと次のページを捲る。


自分が何者なのかもわからず、狭い教室から出ることも叶わない彼女に神様が与えたのは教室に取り残されたままの古ぼけたピアノだけ……。


彼女は今どんな気持ちで何を考えているのだろう。

その心を鞠に読むことは出来ないがピアノに向かう彼女の姿がいつもの快活な少女よりも少し不安定で寂しそうに見えた。


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