旧校舎の幽霊との出会い
花ノ籠女子学園シリーズの一作目です。
「こんにちは…誰かいませんか……?」
「なんて…いるわけないわよね…」
誰もいない室内をみてがっかりするのはもう何度目だろう。
私はもうこんな馬鹿なことやめよう、そう思い踵を返した――その時だ。
「ねぇ 君、リボンがほどけてるよ」
「あら…、親切ありが―――………えっ?」
「はじめましてだねっ!」
「……あれ?どうしたの?ずっとボクに会いたがってたのにそんな怖い顔して……。……ひょっとしてボクの自意識過剰だったり…?」
「おーい 聞こえてるー?」
制服の腰リボンがほどけていると親切に教えてくれた声に鞠は足を止めお礼を言おうと振り返った―――が、思わず鞠は手に持っていた鞄をガタりと床に落とした。
ふわふわとした猫のような癖っ毛にくりっとした丸い瞳がじっと不思議そうに見ている。
「あなた、もしかしてっ…」
「そうだよ~、ボクは君がずっと探していた―――「ゆ、幽霊っ!?!?」
「うわわっ、急に大きな声出さないでっ!びっくりするでしょ!」
「だってっ!…ぅ、ご、ごめんなさい...」
びっくりしたぁ~と涙目になりながら怒る彼女の肌はとても透き通っていた、向こうの景色が見えるほど―――彼女は正真正銘、どこからみても 幽霊だった。
「ねぇねぇ、キミの名前はっ?」
ひとまず制服のリボンを結び直していると、同じ制服を着た不思議な女の子はふわふわと鞠の周りをまるで妖精のように自由に浮いている。
「鞠。……雨月鞠。あなたは?」
「ボク? ボクのことはキミの方がよく知ってるんじゃない?今さらなにを紹介することがあるの?」
「キミがずっと会いたがっていた"旧校舎の幽霊"、それだけでいいじゃない」
「ちっともよくないわ。第一、人に名前を尋ねる時は、先に自分の名前を名乗るものだわ」
「げ、キミってそういうタイプかぁ…。めんどくさ…」
「ふん。…それであなたの名前を教えなさいよ」
さっさと白状した方が楽よと鞠が言うと、さらにうげーっと迷惑そうな顔をする
「えぇ…困ったなぁ~」
「……ん? わぁあ~!! これって楽譜!!?」
「そう、だけど………」
彼女は倒れて床に散らばったままだった鞄の中に紛れていた何枚かの楽譜をみて パァァアっとまるで子供のように目を輝かせた
「あ!これ『精霊のエチュード』だ!
ねぇ、鞠っ 歌ってよ!好きなとこ歌っていいからさっ!へへっ、久々に腕がなるなぁ~!!」
「ちょ、ちょっと……!」
「よぉし、いっくよ~っ!!」
彼女は教室にぽつんと置かれていたピアノの椅子に機嫌良く座り、そっと鍵盤に触れる。
たった一音奏でた、ただそれだけなのに先程までのゆるい空気がガラリと変わった。
彼女が奏でる美しい音色を聞き、……ああ、本当に彼女が私の探していた旧校舎の幽霊なんだと確信した。
私はその美しい旋律に合わせ、震える唇をなんとか開く。
歌いたい、この美しいピアノの音に合わせて。
―――――歌いたいのに…。
「ごめんなさいっ、私……っ」
鞠は散らばった楽譜や教科書を鞄に押し込み、立派な淑女はどんなときも走ってはいけないという先生の教えも破り教室を逃げるように飛び出した。
―――――――――――――
―――――――
――……
「もう来ないかと思った」
鞠をみて困ったように笑う彼女を鞠は見ることが出来ずにただ手に持った鞄をぎゅっと強く握りしめる
「…ねぇ、そんなひどい顔しないでよ」
「ひどい顔なんてしてないわ、いつも通りよ」
「そうなんだ。まぁ、入りなよ 廊下よりはここのほうが暖かいからさ」
幽霊だし何のお構いもできないけどね なんて冗談を言いながら彼女は鞠を教室に入るよう促す。
鞠は少し躊躇ったあと、そっと教室に足を踏み入れた。
『ねぇ、知ってる?この学園の旧校舎の幽霊の話―――……』
鞠が彼女の噂を知ったのはこの学園に入学してすぐのことだ。
この学園の旧校舎は古くて小さな木造の校舎がある。
先輩がたの話によれば、昔はマイナーな同好会や部員の少ない部活動が部室として使っていたみたいだけれど今はほとんど誰も使っていないらしい。
先生や用務員さんが物置として空き教室を使っているぐらいなんだとか。
そんな誰使っていない旧校舎には有名な怪談がある。
話は実にベタで、誰もいないはずの旧校舎からピアノの音が聞こえ、それを聞いてしまった不運な女生徒が不思議に思いピアノの音を辿ってゆくとそこは旧音楽室で、誰かピアノで悪戯しているのかもと思い扉をあけるとそこには誰もいなかった…という話だ。
旧校舎の音楽室には時々ピアノを弾きに現れる幽霊がいる!という噂、というか………もはや学園七不思議の1つになっている怪談は”旧校舎の幽霊"として花ノ籠女子学園に新しく入学してきた温室育ちの女生徒達を怖がらせている。
「この間はごめんっ!びっくりさせちゃったよね」
「どうしてあなたが謝るの…?あなたはなにも悪いことしてないじゃない。私の方が悪いわ、あんな風に……」
「幽霊をみて逃げるのは皆いつものことだから気にしなくていいよ。普通のことじゃない?」
「むしろ、キミが戻って来るとは思ってなくってびっくり!鞠って変わってるね」
鞠はあの日、音楽室から逃げた。
そして今日、鞠は日を改めてもう一度 この音楽室に戻ってきたのだ、旧校舎の幽霊に会うために―――。
「失礼ね、私は至って普通よ。あなたの方が変だわ。幽霊ってびっくりさせるのが仕事みたいなものなんじゃないの? なぜ、びっくりさせたことに謝るのよ」
「いやいや、全ての幽霊が人間をびっくりさせることを生き甲斐にしてるわけじゃないし、幽霊だってびっくりさせるのが目的じゃないのが普通なんじゃない?お化け屋敷勤務じゃあるまいし………」
「………そうなの?」
「うーん、多分ね 一般幽霊的にはそうなんじゃない?」
「そう…」
鞠は音楽室の教壇にハンカチを敷いて座りながら、隣に座る彼女をちらっとみた。
こうして話してると普通の同世代の女の子みたいなのに身体が半透明で……本当に幽霊なんだなぁと鞠は思った。
そんな幽霊と私が隣に並んで、まるで仲の良い友達のようにどうでもいい話をすることになるなんて……改めて不思議なことになっている。
幽霊は一般的幽霊とは何かについてうんうん頭を唸らせておかしなことを呟いており、色々突っ込みたいところはあるもののそろそろ本題を切り出さなければ話が脱線してしまいそうだ。
「ねぇ、改めて謝らせて…この間はごめんなさい。なにも言わずに逃げるように去ってしまって」
「え?いやいやだからっ!よくあることだから気にしてないよっ!」
「でも、私は気になるのよ。いくらあなたが幽霊だとしても悪いことをしてしまったわ。ごめんなさい…」
「…………鞠ってバカ真面目なんだね」
「真面目だとは言われるけど馬鹿ではないわ」
「でもバカ真面目だよ、幽霊に謝る人なんてはじめてみた」
「失礼なことをしてしまったら謝るのは人として当たり前のことだわ」
「まぁ、そうかもしれないけどさ… ………ふふっ、変なのっ!」
「馬鹿にしてる…?」
なんだか妙にご機嫌な幽霊はふわりと飛び立って、鞠の周りをふわふわ回る
「してないよっ!ただ、鞠のこと気に入っちゃったなぁって思っただけっ」
「ねぇ、鞠 また遊びに来てくれる?
たまにでいいからさ、またキミと会いたいな ちょっとだけでいいからさっ」
「………そう、ね。また私の気が向いたら来るわ。旧校舎は静かで読書が捗りそうだから」
「えぇ、読書かぁ… あんまり好きじゃないんだよなぁ…読書……」
「まぁいいや、なんでもいいから遊びに来てよ!楽しみにしてるから!」
鞠が返事をする前に、下校を鐘の音が校内に鳴り響く。
その音を聞いて彼女は少し固まったあと、「鞠、もう帰る時間だよ。気をつけて帰ってね!また明日!」
そういって元気よく手を振った彼女と別れる
「えぇ、また明日……」
鞠は帰路につきながら、「あ..」とふと大事なことを思い出した。
また名前を聞きそびれた…。




