第40話:対戦
ライクハウスのレジカウンター。無機質な電子音が、静まり返った店内に響き渡る。それは、数千年前から続く貨幣経済の歴史において、一人の少年が「親の庇護」という名の重力から解き放たれた、小さくも偉大なビッグバンであった。
『本当に完了だッ!! 自分のカードで、自分の足で立ち、自分の指で払い……。俺は今、西三河の物流を支える騎士団の仲間へと昇華したんだァァァーーッ!! 見ろ、店員ッ! 驚きもせず淡々とレシートを出す端末のそのルーチンこそが、俺を一人の対等な顧客として認めた証拠だッ! 最高にクールな接客だぜッ!』
8名分の牛丼が入ったズッシリと重い袋を両手に下げ、店を出ようとした。
『なッ…なんだとッ!! この重みッ!もッ……持てんッ!!』
特盛り8杯、その総重量5kg超の重圧。それは、自立という名の「覚悟」の重さそのものだった。
扉を目前にして、僕の膝が、そして誇りが、崩れ落ちそうになったその時――。
「お客様、お車までお持ちします!」
不意に、背後からかけられた涼やかな声。振り返ると、そこには先ほどまでレジにいたはずの店員が額に光る汗を拭いながら、少年漫画の主人公のような爽やかな笑顔で立っていた。
「あ、いや……でも……」
「大丈夫ですよ。これもサービスですから。さあ、行きましょう!」
戸惑う僕の隙を突くように、彼は巨大な袋を軽々と奪い去る。彼の足取りは軽く、まるで重力など存在しないかのようだった。僕は、空いた手で自分の楽市楽座カードを強く握りしめ、彼の背中を追う。
「……あ、あの……ありがとうございます」
ビギーが店外で待機し、二足歩行の膝をカクカクと揺らして出迎える。
「マスター!神聖な笑顔による光属性攻撃を無効化成功だね!! これで、この拠点は制圧完了だよ! 次のクエスト開始!早くみんなのところへ行こう、冷めないうちにね! ブォォォン!」
「またのご来店をおまちしております!」
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アローメイドリバーの河川敷。満開の藤が風に舞い、土手には春を謳歌する人々が集っていた。その中でも一際異彩を放つ一角――パパの権力によって突如として出現した、緋毛氈の敷かれた豪華な東屋に、その一行は集結していた。
パパは、高級な和服に身を包み、遠くから歩いてくる僕を眩しそうに見つめていた。
「……見ろ、Clock。……。空が、あいつの門出を祝っているようだ。……。あいつもようやく、自分の稼いだ金で牛丼を振る舞える男になったか……」
「……左様でございますな、旦那様」
パパは、Clockの差し出した特注のシルクのハンカチで目元をそっと拭った。そこには、僕の刺繍した巨大な盾にクロスする二振りの矛の紋章が。ARメガネを直し、手元の端末を操作するClock。
「坊ちゃまがアップした最新のSNS、ハッシュタグは #初給料でパパと友人たちと花見 でございます。……。旦那様、ご安心を。東屋の緋毛氈の温度は、坊ちゃまの繊細な体温に合わせた24.5度に設定済みですので。……おや、噂をすれば」
土手の向こうから、仲間たちを引き連れ、晴れやかな表情でやってくる。
「うおぉぉぉい!! 姫のパパさん、マジで実在したんだッ!! 東屋と藤棚が専用建築されてるとか、西三河のスケール超えてるだろ!!」
熱血系の赤井が、驚愕で口をあんぐりと開けた。
「パパさん、牛丼、姫が自分で買ったんすよ! めっちゃ旨そうっす!!」
「ふん、姫ならできて当然だろ」と、不器用ながらも嬉しそうな青山。
「わあ~姫からの牛丼だ~!! 早く食べようよ!」と、お腹を鳴らす黄田。
そこには、とくさんと、緑のアフロを揺らすみどりの姿もあった。
「ボウズが自分で買い物とはなぁ……しんみりしちまうぜ」と、とくさんが軍手を脱いで目を細める。
「何よあの電気羊! 生意気にも赤いケーミッシュキルト(緋毛氈)に立って! 地球に謝りなさいよ!」と、みどりはClockに苔玉を投げつけていた。
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宴が始まろうとしたその時、近隣の「静かに花見をしたい派」の住民が、不機嫌そうな顔で詰め寄ってきた。
「ちょっと! さっきからロボットがうるさいし、煙がすごいじゃないの! ここは公共の場で、静かに花見をする……」
「……失礼いたします」
Clockが音もなく接近し、住人の視界を遮るように立った。
「旦那様の『感謝の印』でございます。…さぁ…どうぞお受け取りください。……中身は、西三河産の特選イチジクをふんだんに使用した、菓子折りでございます」
Clockがそっと重厚な木箱の二段目をチラリと見せると、住民は薄汚れた、しかし満足げな笑みを浮かべて「……まぁ、お互い様よね」と、足早に去っていった…!!
その様子を、土手の上に止まったパトカーの中から見つめる二人の男。
通報により現場に駆けつけたものの、あまりの「円満解決」に降りる理由を失った尾木川と吉田だ。
「……おい、吉田。……俺たちの出番は、もうないみたいだな。……」
尾木川は、ハンドルを握る手に力を込め、遠くで牛丼を配る姿を見つめた。
「……先輩。……いいじゃないですか。……今は、あの藤の美しさだけを……僕たちの世界に記録しましょう」
二人は静かに、視線を交差させた。その瞬間僕らの網膜には、パトカーを包み隠すかのように奇跡の光源が現れる!!
『確かに見えないがッ!! 逆説的に……何かが出ている事実ッ!! アイツらッ!!ここは天下の往来だぞッ!!』
「周囲に無認可のAR拡張空間を認識。パトカー車内のカーボンユニット1、警棒の拡張率25%増大。カーボンユニット2…」
「いいからっ、説明しないのっ!!」




