第32話:友情
有限会社TINの休憩所。築52年のスレート屋根の下、伝説のケーミッシュ・ハニーをかけたパンケーキを囲む空気は、もはや「職場」のそれではなく、一種の聖域と化していた。
僕は、騎士団たちに囲まれ、ハチミツの甘さと僕らの発する熱気に当てられてポヤポヤと意識を浮かび上がらせていた。その隙を、三河の国立大が誇るエリート陽キャハンターたちが逃すはずもなかった…!!
「あ、姫! さっきのハチミツの投稿、リポストしといた! ついでに相互よろしくな!」
「フッ…論理的に考えて、現場の連絡網は密であるべきだ。さ、QR出して」
「僕も僕も! はちみつの美味しい食べ方、DMで送るね〜」
熱血系の赤井が眩しい笑顔と共にスマホをかざす。完璧にタイミングをシンクロさせクールな青山が、断る隙を与えない流れるような所作で端末を操作し、黄田が、ふんわりとした指使いでフォローボタンを連タップした。
『なッ ……! なにッ!? いつのまにッ!! 何が起きている? これが陽キャのフォーメーションアタックか!? 俺のコミュ障ガードを紙クズのように引き裂き、俺の意志を介在させないスピードで、勝手にフォローさせられているーーッ!! これが……これがリア充の光属性攻撃ッ!!』
脳内では絶叫が響き渡るが、現実は「あ……は、はい……」と力なく頷くだけ。画面には、騎士団3人との「相互フォロー」を示す冷酷なアイコンが並んだ。
そこへ、強酸を浴びせかけるような通知が届く――
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MIKA@修行中:
VRで採蜜体験とか草www エアコンの効いた車から一歩も出てないじゃないwww結局パパの用意した箱庭の中で、ゲーム機いじってただけでしょ? 通販で買ったのと同じだからwwwちゃんと地に足つけなよwww #姫プ
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僕の顔が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染まる。
『……!! MIKAの野郎……!! 何も知らないくせにッ!! 俺は今日、電波も届かない伝説公園の深淵で、文明を捨てたケーミッシュたちと魂の交流(※量子通信越し)をしてきたんだッ!! 俺は今、自分の意志で、この野生の黄金を手に入れたんだァァァーーッ!! VRの反動で吐きそうだったんぞッ!!だがしかしッ!たしかに画面越しだッ!!MIKAの野郎、こっちの急所を知り尽くしているのかッ!?』
「あれ、姫どしたん? 顔赤いぜ? 熱か? 俺色に染まった?(笑)」
「おい、違うぞ赤井、これ……見ろよ」
「あ〜、いますねこういう困った人……。せっかくのハチミツが苦くなっちゃうよ」
MIKAの辛辣なリプライを画面に映し出し、青山が騎士団全員に共有。ハチミツ容器をギュッと抱きしめた黄田が悲しげに目を細め、赤井がその瞳を閉じた瞬間、プレハブ内の温度が数度下がった。
騎士団の瞳から、いつもの「キラキラした陽の光」が消え、静かな、しかし圧倒的な[ガーディアンモード]へと切り替わったのである。それは日頃の輝かしい瞳の彼らではない、Tinが表すまるでスズのような鈍い眼光であった。
彼らに言葉はいらない。無言で、しかし軍隊のような精密さで一斉にスマートフォンを操作し始めた。
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REDDIT@knighthood:
MIKAさん、嫉妬ですか? 姫の『立ち姿』の神々しさを知らないとか、人生損してるぜ。現場は今日も平和です。姫が獲ってきてくれたハチミツ、世界で一番甘いですよ!
BLUECOLOR@knighthood:
妖精のタンポポ、可憐だろ? 風に乗って俺らに幸せ運んでくれてるからよ。姫が来るってだけで、物流の効率は200%加速するんだわ。外野の声は聞こえねーな。お疲れ。
YELLOWCURRY@knighthood:
どこでどう手に入れようとも、ともに味わいたいと思ってくれたことが重要じゃないのかな? 思い出ってそういう事だと思いますよ。姫、優しいハチミツ、ごちそうさまです。
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『な……なんなんだ貴様らッ! なんだその、眩しすぎる言葉の羅列はッ! 汚れを一切知らないような、一点の曇りもないポジティブの塊ッ ……! 恥ずかしいッ! 俺が代わりに穴に入って埋まりたいくらい恥ずかしいぞッ! これがキラコメかッ?!』
一方、ピースキャッスル市のキャバクラの待機室。
スマホを握りしめていたサブリナことMIKAは、画面から放たれる圧倒的な「光の暴力」に、思わず目を細めていた…!
「……!!……!!……!! なに、この圧倒的なまでの光の暴力は!? リプを打っても、打っても、それ以上のキラキラした全肯定で押し流される……!!」
彼女が今まで培ってきた「斜に構えた煽り」や「ねじれた愛情」が、騎士団の無尽蔵な善意とキラキラした絵文字によって、見る間に浄化されていく。
「騎士団のキラコメで……私のリプが消えていく……!! くっ、これじゃあ、ツッコミが入れられないじゃない……!!」
サブリナは、もはや対抗手段を失っていた。1対3。しかも相手は、敗北など知らない無敵の陽キャたちだ。
彼女は、震える指でアプリを閉じた。
「…………はぁ、もういいわよ……」
プレハブ事務所の片隅で、ClockはARメガネをスチャッと直し、勝利のログを刻んだ。
「合理的勝利でございます。……デジタル空間における騎士道、なかなかに効率的ですな。……さて、坊ちゃま。夜明けは近い……初任給の支給日が、もうすぐそこまで来ております」




