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チーズ姫と凸凹従者 ~街道爆走道中記~  作者: 熊猫太郎
第九章:黄金のハチミツ、電脳の禁足地
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第30話:伝道

僕は、エアコンの効いたキャンピングカーの中でVRゴーグルを装着した。視界が切り替わる。そこには、ビギーの複眼センサが捉えた、伝説公園の圧倒的な原生林が4K以上の解像度で広がっていた。


「……!!……!! 見える……!! ビギーの目を通して見る世界……!!……あ、手が……いや、補助脚が、本物の蜂の巣の「重み」をフィードバックしてくるッ!! Clock……! 凄いよ、これ、本物よりも「本物」っぽいんだ……!!」


「そうでございますね、坊ちゃま。ビギーに搭載された万を超えるフィードバックセンサー類が、バイオニックセンサーとしても作動しておりますゆえ、その感覚はまさに本物かと」


「マスター、見える!?奥に、超巨大コロニーを発見したよ!!ブォォォォン!!」


ビギーは森の奥、巨大な杉の木に作られた野生の巣へと近づく。


ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!


その瞬間、アラートが鳴り響き、視界が真っ赤に染まった!


「坊ちゃま、警告します。……。前方12時方向、浮遊する微小飛行性蛋白物質(Apis mellifera)群を検知。……。奴らは腹部に対象のタンパク質を破壊し、神経系を麻痺させる『バイオ・ニードル』を隠し持つ、極めて凶悪な生物兵器でございます」


『…ビギーッ!気をつけろ!! バイオ・ニードルだァァァーーッ!! って、え、生物兵器って、それ、ただのミツバチだろッ!? ……。でも、待てよ。……。VRの触覚フィードバックが、奴らの羽音を地獄の重低音として脳に直接叩き込んでくる……!! デカッ!!怖い! 怖いよ! 回避だ! 全力で回避してくれッ!!』


境界線の内側。ビギーの背負った特大の採取瓶(みどり謹製)をカウンターウェイトとして使う、フィギュアスケートのような超高速旋回!


「マスター、ジャイロ制御200%! トリプルアクセル!!舞うよ!ブォォォォン!!」


ビギーのマジックハンドが閃光のように動き、迫り来るミツバチ群を、風圧だけで次々とフレーム外へパージしていく。一匹でも傷つければ、みどりのHow da(よくもそん)re you!(なことを) が発動し、即座に公園追放(パージ)だ。


一匹の蜂も傷つけることなく、ダンスを踊るようにしてビギーは巣から黄金のハチミツを掬い取っていく。


「すごいわね…まるで自然と一体化してるみたいだわ…」


「…みどりちゃん…今、どうなっているの?…盲いたこのおばあさんに教えてくれない…?」


「長…危険よ…私の手を取って…」


ビギーのボディには数万匹のミツバチが纏わりつき、その羽ばたきが陽光を反射して、まるで黄金のオーラを纏っているかのようだった。


「光り輝いていて…まるで天使が舞い降りたようだわ…」


「『その者、光輝の衣を纏い、祝福の地に降り立たん』……ああ、伝説は、本当だったのね……」


「長…どうか泣かないで…もうじき伝道師様が帰ってくるわ…笑顔で、迎えないと」


「ふふ…そうね…汚れた外の世界で戦っていてくれる同胞を労わる準備をしないと。さぁ、手伝って。行きましょう、みどりちゃん…」


数分後、キャンピングカーの中でゴーグルを外した僕は、冷や汗でチーズカットをびしょ濡れにしながら、激しく呼吸を整えていた。


「…………助かった……VRなのに、本当に刺し殺されるかと思った……」


「お疲れ様でございます、坊ちゃま。……無事に、ケーミッシュの里のハチミツを手に入れましたな」


Clockが差し出したのは、ビギーが命懸け(VR)で持ち帰った、爆発的人気のケーミッシュ・ハニー。


それは、電波の届かない禁足地が生んだ、不純物ゼロの、あまりにも甘美な「自立の報酬」なのだ!!


――伝説公園入口。


みどりたちケーミッシュが、伝道師を迎える。


「伝道師様、今回の旅はどうでしたか!?私たちの同胞は、救えているんでしょうか!?」


「安心してください、皆さん。ケーミッシュ・ハニーで得た、聖なる浄化。その謝礼にと、今回は多くの聖布が頂けました」


「わぁ、きれい!!お姉さま、わたし、この聖布でキルトを縫うわ!!」


「ふふ…仕方がない子ね…お疲れでしょう、伝道師様。どうぞ、聖域で旅の疲れを癒してください…さぁ、さぁこちらへ……」


ケーミッシュたちは、聖布を神旗のようにはためかせ、誇らしげに公園内へ去っていった。


『あれ、あの人…誰だっけ。どこかで会ったような…ダメだ。思い出せない。まぁ、いいか。早くTINへ向かおう!』




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




夜間の有限会社TIN休憩所。


築52年のスレート屋根を叩く春の雨音をBGMに、そこには工場地帯の夜とは思えないほど甘やかで、多幸感に満ちた空気が漂っていた。


「うおおおっ ……! これが、あの伝説の『ケーミッシュ・ハニー』……! 姫、本当に一人で獲ってきてくれたんだ!?スッゲー!!」


「フッ…、この粘度、この芳香……市販品とは次元が違う。姫の真心が凝縮されている…!」


「わぁぁ……あま〜い! 幸せだよ〜、生きててよかったぁ…姫、ありがと…嬉しいよ…うぅッ……」


熱血系の赤井が震える手で、デリバリーのパンケーキに黄金の液体を垂らす。クールな青山も、フォークを握る手に力を込める。黄田にいたっては、頬をリスのように膨らませて、恍惚の表情を浮かべていた。


「あら、本当に美味しいわね。疲れが吹き飛ぶわ!?ありがとう、姫様」


「ケーミッシュ?外国なの?ほっか姫さん、これがインターナショナルな味かん!」


桜井さんが優しく微笑み、鳥屋多社長も上機嫌でパンケーキを頬張る。僕は、その賑やかな輪の真ん中で、ポヤポヤと湯気を立てるパンケーキを小さく口に運んだ。


『……甘い。……暴力的なまでに、純粋な甘さだッ! 騎士団の奴ら、……大袈裟なんだよ。……でも、……「美味しい」って言ってもらえるの、……悪くない。パパの用意したフルコースより、今のこの、プレハブの安いパンケーキの方が……ずっと、……自由の味がするぜッ!!』


「マスター!!黄色い熊はハチミツ中毒で、末期になると人里を襲うらしいよ!!気を付けて!!ブォォォォン!!」


「ビギー、それ黄田の事か!?案外、あってんじゃねぇか?ハハハッ!!」


「フッ…言えてるかかもな…姫、気を付けろよ?」


「も~赤井君!青山君!そんなことないよぉ~?!僕は人畜無害な男なんだから~」


ClockはARメガネをスチャッと直し、主人の幸福指数を静かにログに刻んでいる。


TIN休憩所、長閑なその場所。仲間たちの温かな笑い声が、春の柔らかな雨音とともに夜の空気へと溶けていった――

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