第29話:潜入
後日。
ビギーに乗り、Clockを従えた僕の前に、アフラ・タイタンがパワードリフトでスキール音を奏でながら現れた。猛然と立ち込める黒煙の中から降りてきたのは、とくさんと、緑のアフロを揺らす環境活動家・みどりだ。
「ハチミツを採りたいって? 奇遇ね、私たち『ケーミッシュ(環境保護団体)』の本拠地は、その伝説公園にあるのよ」
「あの……その……えっと……」
「了解いたしました。手配を行います」
「いつも思うんだけどよ、なんでわかるんだ?それ」
Clockが完璧なアシストで踏み出そうとした瞬間、みどりがその胸元にプラカードを突きつける…!!
「あんたはダメよ!!電気羊が入れるわけないじゃないの!!」
「……ええ。存じております」
Clockのセンサーが、珍しく困惑のノイズを発した。
伝説公園――
そこは、三河地方に古くから伝わる「英雄誕生の地」であり、現在は電波悪法により、一切の電波が遮断されるといわれる禁足地である。
ハイテクの城・三河において、ここだけは開発の手を免れた「アナログの聖域」。あらゆる無線通信、GPS、クラウド連携が死滅する、最先端AIにとっての墓場なのだ!
「まぁ、外の駐車場で待っているならいいだろうけど。……ビギーは、私の作った地球素材の首輪が『スピリット』に宿っているから大丈夫よ。あれは、精霊との交信回線だから」
『なにィッ! Clockが留守番だとッ! ビギーは首輪のおかげでセーフなのかッ?! どんなスピリチュアル理論だ!! ……だが、Clockという補助輪なしで、俺はあの深き森へ踏み込まねばならんのかッ!?』
「……坊ちゃま。不本意ながら、特別電波遮断区域内では、私の演算能力の9割がオフラインとなります。……どうか、ご安全に」
――スチャッ。いつものARメガネを直す仕草も、どこか力強さに欠けている…
「任せてよClock! ボクがマスターをガッチリ守るからね! ブォォォン!」
Clockがかつてないほど「寂しげな」無機質の声を漏らす…。かわりにビギーが誇らしげに苔玉を震わせた。
「あんた、ハチミツを獲るには、ケーミッシュたちの長に許可を貰わなきゃいけないのよ?覚悟はいい?」
みどりに導かれ、僕たちは文明の光が届かない、深淵へと足を踏み入れる。そこには、三河の最新テック企業ですら手出しできない、真の「自立」への試練が待ち受けていた…!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
伝説公園の入り口。そこはアスファルトが途切れ、湿った土と古い樹木の匂いが支配する世界の境界線だ。環境保護団体「ケーミッシュ」のメンバーたちは、緑のアフロを揺らすみどりを先頭に、僕の前に立ちはだかった。
ケーミッシュらの議論の結論は、僕の期待を粉々に打ち砕く冷酷な「―否―」であった。
「……悪いわね、あんた。……ケーミッシュの長が言うには、資本主義の象徴である支配者の血筋は、この聖域の教義に反するんですって。あんたは一歩も入れないわ」
「……え……そんなっ ……」
僕は肩を落とし、膝をついた…。
『なにィッ! 門前払いだとッ! 騎士団にあれだけ大見得を切って「はちみつ……いく……」と、一生分の勇気を振り絞って宣言したんだぞッ! 収穫ゼロで帰れるかッ! クソがッ! 伝説の英雄の地なら、俺のような迷える子羊を優しく導いてくれてもいいじゃあないかッ?!』
対照的に、ビギーはフリーパスだった。
「この子は合格よ。全身が苔玉や地球素材(鉄もガソリンも地球産だからOKというガバガバ理論)でできているから、森の精霊も歓迎してるわ」
「マスター、ボクだけ行ってくるね! 寂しいけど、頑張るよ!! ブォォォン!」
ビギーが二足歩行でトトト……と森へ消えていこうとする。その時――
「坊ちゃま、合理的解決策を提示いたします」
「Clock?!…ど、どうしてここに…?」
パパが裏で手配した超豪華キャンピングカーの影から現れたClock。その手には、最新鋭のVRゴーグルと精密マニピュレーター・コントローラーが握られている。
「ご安心ください。坊ちゃまとビギーをVRにて完全同期し、遠隔での[採蜜体験]を可能にいたします」
「How dare you! 何言ってんのよ!電波が通るわけないじゃない!!電波は悪なのよ!?」
みどりが噛みつくも、ClockはARメガネをスチャッと直し、空を指差した。
「これは量子通信による[光コミュニケーション]。不可視の光の粒子をビギーの苔玉アンテナへ直接届けます。……太陽の恵みと同じ、光の粒子でございます。……光とは、悪なのですか?」
「光は神の恵みよ。常識でしょ!? そんなこともわからないの? 愚かね! これだから電気羊は……。光なら、神の祝福なら通るに決まってるじゃない!!」
『あれッ!?いいのか!? 光も電波も物理学的には似たようなもんってYouTubeで観たぞッ! だが……助かったッ! Clock、貴様のその鬼畜なまでのプレゼン能力、今は頼もしいぜッ!』




