第26話:侵食
そうこうしているうち取引先に到着。だが――
『なッ!?なんだ!?この異常なプレッシャーはッ!?この春に、クリスマスリースかッ!?違う、まさか、看板ッ!!TINと同じ「痛み」を感じるぞッ!!勘亭流で描かれた歴史ある極太文字を塗りつぶす、手作り感溢れるオーナメント群といい、まさかッ!?』
見慣れたアフラ・タイタン。黒ずんだ煤まみれの苔玉。建屋から出てくるこれまた見慣れた男…
「おお、社長さん!悪ィな、ちょっと急ぎの仕事でよぉ!」
「かまわんよ、世話になっとるもんね。家に送りがてら、ついでにうちの新しいバイトの子紹介しようと思ってね?…」
ゴワーーッ!!とスライドするドアから現れるClock。スマートな動作でレッドカーペットを敷いていく。
「……そうか。じゃ仕事は終わってんだな…って、ボウズとClockじゃねぇか。何だ、鳥屋多さんトコでバイトしてんのか!?世間は狭いな!…ん?ビギーはどうした?」
「!?え、知り合いかん?…とくさんとお姫さんが?妙な組み合わせだねぇ…?」
「…え…あの…その…たまたま…」
「合理的翻訳をいたします。社長、今トランクで惰眠を貪っている駄馬の専属メカニックがとくさん殿でございます。原付への改造や追加装備・メンテナンスでたびたびお世話になる関係といえばご理解が早いでしょうか」
「今日この取り寄せた部品改造して明日ボウズんとこ行く予定だったんだが…じゃあボウズ、ついでに注文してた後ろカゴ、つけてくか?あ、社長さんも時間いいか?」
「桜井さんに戸締り頼んどるもんで、大丈夫大丈夫」
「あ…あの…じゃあ、はい……おねがい…します」
「おう、じゃあ上がってけ。あ、Clock、悪ィけどビギー起こしてくれや。…ん?このバン、電動車か?」
暫くの間、社長の話を聞く僕たち。短時間のエンドレスループによるデジャヴはもはや定番である…
「まぁ、タイタンには勝てねぇぜ。なんせ俺には巨人魂があるからよ。昇竜の地であろうともタイタンファンの誇りと熱意は絶対捨てねぇぞ?愛機・タイタンに入れたこのサイドのライン、TOKYO狭山みかんの血の色なんだぜ」
アウェーで語るとくさんの命知らずな野球と地元愛、内燃機関トーク。ここでもエンドレス・ループが発生する。
ループ内から抽出すると、曰く「みどりは今どっかに座り込みに行っていねぇけど」…らしい。
そういやと、とくさんは苦笑いしながら手紙と箱を渡してくる。
「あいつがビギーに渡せってギャーギャー煩くてよぉ…すまんがちょっとこいつ見てくれるか」
「坊ちゃま、失礼を。それでは拝見いたします」
――スチャッ…
「エンハンスド・ヴォイスシーケンス起動。周波数同調率99.86%。エモーション・エミュレーターエンジンによる抑揚再現率91.57%。再生開始」
「「これは、地球素材のケーミッシュワイヤーで編みこんだ絶対守護の結界よ!!私たちが座り込む際に天が与えてくれる聖域なの!ビギーの様に祝福を受け始めた存在に、悪の離世魔羅は照準を合わせやすいの!!天の加護を身に着けて、絶対に守らなければならない!!伝道師様から受け取った聖布、ケーミッシュレースで包み込むことで、業を現世に留めつつ、首輪にする事で浄化する円環の理なの!!必ずビギーに装着させるのよ!?電気羊の抵抗に気をつけて!!Our house is on fire!」」
「おい、何だ!?Clock、みどりの声で喋るのやめろや!!」
「…コレ…いばら……?」
『なにィッ!?ケーミッシュワイヤーだとッ?!なんだそれは?!どう見ても単なる有刺鉄線だがッ!?いや、違うッ!!先端が丁寧に面取りされ、滑らかなカーブを描いているッ!!とくさんの仕業かッ!?これは…実利を排除した概念の結界ッ!!しかも…なんだこの丁寧な編込みによる緑色のレースはッ!?全てを包み込んで、まるで救世主の冠の様ではないかッ!?パパも同じようなレースのスカーフを巻いていたが、流行なのかッ!?わからんッ!?』
「マスター! レースだよ!!ボク、レーサーだ!!やった~!!スポーティだよマスター! レーシーだぜ、ブォォォォン!!」
「何だかよく知らねぇけど、ビギーも喜んでるっぽいな。悪いがボウズ、つけてやってくれや」
「今時の若い子はこんなトッキントッキンのパンキッシュなもんが好きなんだねぇ。こういうの、オジサンもうよう分からんもんで…」
僕は首輪をビギーに装着した。トゲも全く痛くない、不思議でシルキーな感触だった…
「ありがとうマスター! もっと速度出せるように頑張るからね!ハングオンでライドオンだよ!!ブォォォォン!!」
「じゃあボウス、ちょっと加工に時間かかるから車ン中で待っててくれや。Clock、ここ勝手に使ってくれていいからよ」
とくさんは工場角のミニキッチンを指さし、作業に集中する。
遠くで響くビギーの『爆音』をよそに、薄い鉄板のドアがもたらす束の間の静寂。僕はClockの入れてくれた紅茶を飲みつつ、震える手で小さな紙包みを差し出す。
「……Clock……これ……あ、開けて……みて……?」
「…私に、でございますか?」
黒い鏡面のようなClockの顔に、僕の不安げな表情が歪んで映る。
中から出てきたのは、手縫いの黒い蝶ネクタイ。ミシン縫いとは違う、ステッチからは微妙に慣れない手つきで縫ったと想像できる暖かみ。確かに熟練とは言えない、だが極めて丁寧な精巧さ。一針一針に想いが込められているのは一目瞭然。Clockは本来の駆動ではありえない、リニアではない震えた手で蝶ネクタイを手に取った――




