第21話:陽光
「目的地に到着いたしました、坊ちゃま。降車のご準備を」
Clockの運転するEV(※違法です)が止まったのは、僕の想像していた[ガラス張りの物流センター]ではなかった。
目の前に広がっていたのは、三河の夜の闇にボンヤリと浮かび上がる、築50年は経過しているであろうプレハブの事務所と、巨大な錆びた波型スレートの倉庫だった。
「……ここ、……なの……?道、間違えてるよ。……ここ、ただの、……古い工場だよ?」
「いいえ坊ちゃま、ルート選定は完璧でございます。創業52年の歴史ある運送会社、Toyata International Networkで間違いございません」
入り口には、かつて「これからはITとグローバルの時代だ!」とテレビが騒いでいた2000年代初頭の熱狂をそのまま凍結したような、切ないディテールが散らばっていた。
社名は確かに[Toyata International Network(有)]。
だが、その看板をよく見ると、もともと[鳥屋多運送]と毛筆体で力強く書かれていた古い看板の上から、無理やりイタリックな横文字のステッカーを貼り付けた跡がある。
しかし、経年劣化と潮風のせいか、ステッカーの端がペロリと剥がれかけ、下から[運送]の文字が恨めしそうに透けて見えていた。
「……インターナショナル、……なのに……」
『何だこの……“無理してる感”はッ! IT革命の波に乗り遅れまいと、勢いだけで社名変更した社長の、若気の至りの結晶かッ! インターナショナルネットワークと言いながら、漂っているのは昭和のオイルとガソリンの臭いじゃあないかッ!!』
だが、この場所こそが、地域と取引先から絶大な信頼を得ている、三河の物流の要所であった!現在では新たに設立することが不可能な[有限会社]という肩書きが、その歴史と重みを無言で語っている…!
「インターナショナルだらぁ!?(三河弁)」と叫びながら、ステッカーを自ら貼ったであろう社長。
だが、地元の頑固な工場長たちからは、今でも「おーい、鳥屋多さんよぉ」と呼ばれ、領収書も「鳥屋多運送殿」で通ってしまっているという、あまりにも三河らしい現実。
「坊ちゃま、怖気づくことはありません。……このアナログな要塞こそ、あなた様の社会復帰の第一歩に相応しい戦場でございます。さて…」
ClockがビギーをEVから下ろし、二足歩行モードで展開させる。
「マスター!!ここが新しい活動拠点なの?!工場地下には秘密基地があるらしいよ!!ブォォォォン!!」
「ビギー、そうだといいな…うん…」
その時、プレハブの引き戸がガラガラと音を立てて開く!!逆光の中事務所から現れたのは、夜の静寂を切り裂くような、圧倒的な[陽のオーラ]を纏った若者たちの集団だった…!!
先頭を切って飛び出してきたのは、熱血系の赤井。地元の国立教育大学に通う三人のうちの一人、絵に描いたような熱血健康優良男児だ。
「スッゲー!! なにあれ、ロボットじゃん? 馬? のロボ、エンジンピカピカじゃん!? 君が今日来るって話のひとかな?」
続いて、クールな青山、食いしん坊そうな黄田が、戦隊ヒーローのようにフォーメーションを組んで現れた!
「へぇ、おもしれーじゃん。ロボ同伴とかどんな奴だよ……」
「わぁ、今はこんな原付とかあるんだね。すごいな~。ロボット執事……」
不敵に笑いながら、ビギーの二足歩行システムを品定めするように近づく青山。続いて黄田が、Clockのプラチナボディに目を輝かせる。
だが、その瞬間。彼らの視線が、ビギーの陰からおずおずと顔を出した僕の[妖精のチーズカット]に固定された。
パッ、と。周囲の空気と彩度が変わった。Clockが内蔵するプロジェクターを作動させたわけではない。
だが、そのあまりの可憐さに、陽キャたちの脳内で一斉に幸せの脳内物質が分泌され、彼らにしか見えないARの花びらが、プレハブの駐車場に舞い散ったのだ…!
「「「………………かわいい!!!」」」
『……!! 全員の視線が俺の[チーズカット]に集中しているッ! 怖い……! 陽キャたちのあのフラッシュ・ライトのような眼光ッ! 俺の闇属性コミュ障細胞が死滅しそうだ……! 隠れなければ……! 段ボールの山に、今すぐ擬態しなければ……!!』
僕は、その圧倒的な肯定の嵐に耐えきれず、顔を真っ赤にして俯いた。
「あの……えっと……」
※よろしく、お願いします、の意で、震えながら深くお辞儀
「……可憐だ!!……」
「…やれやれ……なんて奥ゆかしい……」
「これが本物の姫か~……」
陽キャたちは、一瞬で陥落した。夜間の過酷な仕分け現場は、今この瞬間から姫を守るサンクチュアリへと書き換えられたのである。
「おお、君らが郁夫の紹介の子か。地味な会社だがみんな家族みたいなもんだもんで、緊張せんで。……でれぇ、かわええ(AR花びら舞う)」
奥から現れたのは、Tシャツの胸元に[GLOBAL]と書かれた鳥屋多碧海社長だ。彼もまた、保護欲を爆発させていた。
「ちょっとむさくるしいけど、みんないい人だから安心してね。……まぁ、なんてかわいい(AR花びら舞う)」
さらに、社長の息子の婚約者である事務員の桜井さん(24)までもが、美への直感を刺激され、思わず目じりを下げる。
「…ねぇ…Clock……みんな、……なんか…ちょっと変だよ?」
「合理的判断を下します。……坊ちゃまのチーズカットによる外見アップデートが、この現場の平均的な審美眼の閾値を大幅に超えてしまった結果でございます。……敵意はありません。むしろ、この環境における坊ちゃまの生存確率は100%に達しました」
Clockは満足げにARメガネを直した。
「ま、まぁ、簡単な仕事だもんで。荷物をラベリングして、仕分け。配達は主に昼勤の子達がする感じかな。……お姫さん、無理せんでもいいもんで、中で見るだけ見てみりん」
社長はもはや「お姫さん」と呼び始めていた!!
『ラベリングと仕分け……! きたッ! 誰とも喋らず、延々とシールを貼り続ける、俺が掲示板で夢見た聖職だッ! これなら……これなら、俺にもできるッ! 見ていろッ、MIKA! 俺はここで、パパの金じゃない、自分の力で金を稼ぎ出してみせるッ!』
僕は、陽キャたちが舞わせる見えない花びらの中、一歩、プレハブの奥へと踏み込んだ。だが自立への第一歩は、予想以上に「過保護」な光に満ちていたのだ――




