第20話:幻影
久兵衛家・ピースキャッスルバイパス店での[伝説の美容の使途による究極のチーズカット]を身にまとい、鏡の中に爆誕した己の姫すぎる姿に、僕は未だに現実感を失っていた。指先で触れる襟足の感触が、あまりにも軽やかで、あまりにも外の世界の空気に馴染んでいる。
だが、地獄の開闢を告げるスマートフォンの通知音は、その感慨を無慈悲に上書きする…!!
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MIKA@修行中: 妖精さんwww かわいいじゃんwww その髪型で、明日からタンポポ載せる仕事でもするの?wwwうん、お似合いwww
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『珍しい…褒めてるのか…?…いや、違うッ! タンポポだとッ?! 貴様ッ……、今度は俺をファンタジー世界の住人扱いかッ! だが、タンポポを載せる仕事とはなんだッ!? 貴様、俺を道端の草花を愛でるだけの無職だと馬鹿にしているのかッ!!』
「ねぇ、ビギー。……タンポポを載せる、仕事なんて…本当に…あるのかな?」
マフラーの煤けた苔玉をプルプルと震わせ、ビギーは検索エンジンをハルシネーション全開で回した。
「マスター! もちろんあるよ! スーパーで売ってるパックの刺身に、延々と黄色い食用タンポポを載せ続ける、漁港が多い西三河の伝統的な高収入バイトだよ! 誰とも喋らず、ただ無心でタンポポを載せる……これぞ聖職だね! ブォォォン!」
「そうなんだ……。……いいな、それ……やってみたいな…」
僕の瞳に、淡い希望の光が宿った。人と話さず、ただ植物(的なもの)と向き合う。それこそが、21年間の静寂を愛してきた僕に相応しい自立の形に思えたのだ。
「……話聞こえちゃったけど、似たような仕事でいいならアタシの親戚のトコで募集してるわよ?」
鏡の前で涙を拭い去り、すっかりありのままのオッサンに戻った郁夫が、涙を拭ったティッシュを置きながら僕達のいる店外に来て口を開いた。
「夜間の仕分けバイト。……コンベア仕事よ?一応、深夜じゃないと思うわ。どんくらいできる?」
『なにィッ! 夜間の仕分けだとッ! きたッ! コミュ障界隈の掲示板で、伝説の神バイトとして語り継がれている、あの聖域かッ! 誰とも喋らず、月明かりの下で荷物と対話するだけの、選ばれし隠者のための労働ッ ……! いいんじゃないかッ?!』
「えと……あの……」
「合理的判断に基づき、翻訳いたします。……坊ちゃまは、その就労先へのコンタクト・ルートを所望しております」
「どんくらい急いでるのよ~、もう! じゃあアタシ、今すぐ連絡するわね?!」
郁夫は手慣れぬ手つきでスマートフォンを操作した。その指先は、先ほどの芸術的なハサミ捌きとは対照的に、おじさんらしいゆったりとしたスピードでフリック入力を行っている…
「…さっそく今夜から見学、よければ面接もできるらしいわ~。会社名は…えぇっと、そうそう。Toyata International Networkよ。やぁねぇ、覚えにくい名前だわ、全く。場所、わかるかしら?」
「ご心配なく。……三河エリアの全座標は、私のメモリに刻まれております」
「そう?じゃあ大丈夫そうね。…アンタ、頑張んなさいよ!」
「うん……あ…ありがとう…」
『トヤタ……インターナショナル……ネットワークッ ……! 何てことだッ! その響きッ、そのスケールッ! 24時間稼働の最新鋭自動仕分け機が、静寂のなかで青いLEDを点滅させ、世界中からの物資を仕分けるサイバーパンクな秘密基地に違いないッ! 俺は……俺はついに、三河のガラス張りな巨大物流センターへと足を踏み入れるんだッ!』




