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チーズ姫と凸凹従者 ~街道爆走道中記~  作者: 熊猫太郎
第六章:伝説のチーズ、美貌の深淵
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第18話:挑戦

Clockは観戦モードへと移行している。


「あ……そ、その……えっと……」


『言えッ! 言うんだ俺ッ! ビギーのあの「物理法則を無視した爆発ヘア」を注文したら、俺の頭皮は文字通りバイパス沿いの露と消えるぞッ! だが……何を、どう頼めばいいッ!?』


――スチャッ。


「合理的判断を。坊ちゃま、ここで選択すべきは奇抜さではなく、社会という名の荒野へ踏み出すための『ド定番』。それこそが自立の一歩でございます」


Clockは郁夫に向き直り、極めて事務的に、しかし残酷なまでの「定型文」を叩きつけた…!!


「眉毛にかからない程度に、前髪をカット。直線的ではなく、シャギーを入れた自然な流れで。もみあげは短すぎず、サイドは耳にかからない程度。後ろは適当に、かつ重さを逃がすように梳いていただけますか」


その瞬間、郁夫の脳内で、何かが音を立てて崩れ去った――


『……!! この言葉の羅列……! 耳にタコができるほど聞き飽きた、ピースキャッスル市の、いや、日本中の「こだわりを持たない男たち」が吐き出す、“呪詛(じゅそ)”のような定型文ッ ……!!』


霧吹きを握る手に力が込もり、ミシミシと悲鳴を上げる。


『前髪は眉の上、耳は出す、後ろは適当……。かつてトップモデルの髪を1ミリ単位の「芸術」として切り刻んでいたアタシにとって、これはクリエイティビティの墓場だわッ! 個性を殺し、社会という名の歯車に適合させるための、無機質なメンテナンスッ ……!』


「…………承知したわ」


郁夫は、感情を殺した声で答えた。シュッと、再度冷たい霧が僕の髪を濡らす。


ハサミの音が響き始める。


チャッ、チャチャッ、チャッ。


驚くべき速度。一切の迷いがない。それは、あまりにも手慣れすぎた「作業」だった。


郁夫の指先は、Clockの注文通りに、寸分違わず[どこにでもいる清潔感のある少年]を作り上げていく。サイドを刈りすぎず、前髪を重すぎず。


理容業界で、格安チェーンの画一的な仕上がりを揶揄して呼ばれる、いわゆる[チーズカット]。誰にでも似合い、誰の記憶にも残らない、没個性な記号としての髪型。


郁夫は、自分の指先を見つめながら、内なる絶望に沈んでいた――


『ああ……アタシは何て無力なの。外の馬型ロボットが提示したあの狂気に満ちたデザインに、心躍らせたアタシはどこへ行ったの? 結局、注文通りの歯車を生産し続けるだけの、ハサミ型ロボットじゃない……どんくらい……どんくらい、アタシは堕ちてしまったのぉ~!?』


だが、ハサミを置いた瞬間。郁夫は、鏡に映るそれを見て、石のように固まった。


「………えっ?」


そこには、郁夫が想像していた[どこにでもいる少年]など、一欠片も存在しなかった。


極度の引きこもり生活が可能にした、毛穴一つ見当たらない透き通るような白い肌。


パパが用意した最高級のトリートメントと侍女たちの手入れによって、内側から発光するような極上の髪質。


そして、21年間の軟禁生活でストレスに晒されなかった、実年齢よりも遥かに幼く、中性的な造形。


極めつけは、コミュ障ゆえの過緊張で、ほんのりと上気した桃色の頬と、恥じらいに震える耳。


郁夫のハサミは、無意識のうちに素材のポテンシャルを極限まで引き出していた。


ド定番を刻んだはずのラインは、奇跡の美貌と組み合わさった瞬間、可憐な少女――


いや、守られるべき[姫]の輪郭へと変貌を遂げていたのだ!!



「こ……これが、僕……?」



誰にも聞こえない、消え入りそうな呟き。紅顔し、俯く。その仕草一つが、店内の無機質な空気さえも、優雅な王宮のサロンへと塗り替えていく。


『何ィッ! 鏡の中に、見知らぬ美少女がいるぞッ! 貴様……貴様は誰だッ! この俺の面影をどこへやったッ! ……待てよ、悪くない。むしろ、この“姫”のような佇まいこそが、社会を出し抜くための擬態として完璧じゃあないかッ?!』


Clockは、ARメガネを直しながら満足げに頷いた。


「見事でございます。……流石、口コミ評価☆5の腕前。統計的にはあり得ない数値ですが、坊ちゃまのこの輝きを目の当たりにすれば、その慧眼と技術に感服せざるを得ませんな」

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