epilogue1 甘い花の蜜
結婚して五年が過ぎた。
王太子妃としての公務が終わり、私は気分転換に庭園へ足を運んだ。
そこは鮮やかな緑の芝生が広がり、花壇には大輪の薔薇が咲き誇っている。そして、大きな噴水の周りには小さな虹がかかっている。
心地よい風が、私のピンクブロンドの髪をさらさらと撫でていく。
私は庭園の奥のベンチがある場所へ歩みを進めた。
そこには見覚えのある鮮やかな赤い花が、控えめに咲いていた。
「あの時の赤い花⋯⋯」
懐かしくなって、ドレスの裾が汚れるのも気にせず花の側に屈んだ。そしてその花を摘み、花弁の根元に唇をつける。
「やっぱりすごく甘いわ!」
あの時と同じ味で、思わず笑みが零れた。
「何が甘いの?」
驚いて振り返ると、そこにはフェリクス様が立っていた。
柔らかな黄金の髪がそよ風に揺れ、こちらを見つめるサファイアの瞳は太陽の下で宝石のように煌めいている。
「フェリクス様、いつからそこにいらしたのです?」
私は慌てて立ち上がり、水色のドレスの裾を直した。
「私も久しぶりに花の蜜を味わいたいな」
フェリクス様は笑顔でこちらに歩み寄ってきた。
そして彼は赤い花ではなく、私に顔を近づけると唇を重ね合わせた。
「うん、やっぱり甘いね」
「もう、ここは外ですのに!」
私が頬を赤らめて抗議すると、彼はいたずらが成功した少年のように声をあげて笑った。
そして私の唇に人差し指を当てて言った。
「これはふたりだけの秘密だよ」
いたずらっぽく笑った彼は、私をそっと抱き寄せた。
「ロゼ可愛い、綺麗。愛してるよ、私のロゼ」
「わたくしも愛しています、フェリクス様」
「嬉しい、もう一回言って?」
「愛しています」
「ねえ、もう一回だけ」
まるでお菓子をねだる子どものような彼が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
フェリクス様は結婚してから、ずっと惜しみない愛を注いでくれている。私には勿体ないくらいの素敵な旦那様だ。
「心から愛していますわ。そろそろルカスがお昼寝から目覚める頃です。一緒に顔を見に行きましょう」
「ああ行こう。そういえばルカスが言っていたよ。『母様のお腹の中に僕の可愛い妹がいる』って」
「あら、お医者様も性別はまだわからないって仰っていたのに。でも、きっとルカスにはわかるのですね」
「ああ、私達の未来の娘に会えるのが楽しみだね」
フェリクスはそう言って、柔らかい笑みを浮かべた。
こうして恋愛小説の結末は変わり、悪役令嬢の私は溺愛される妻になった。
ちなみに私に前世の記憶があり、物語の中で悪役令嬢だったことは秘密だ。
いい女は秘密のひとつやふたつは持っているものよ。




