45 初夜に相応しいお召し物とは
私は婚姻誓約書を提出後すぐに、フェリクス様に抱えられて王太子宮に連れてこられた。
「「奥様、お待ちしておりました!」」
出迎えてくれた使用人達の中にアンヌもいた。
ほっとしたのも束の間、侍女達に湯殿に連れて行かれ、隅々まで磨き上げられた。
そして夜着を着せられ、鏡の前に立った私は絶叫した。
「あ、あり得ないわーー!!」
それは、肌が透けて見えるほどの薄い生地でできたベビードールだった。
細い肩紐に深く割れた胸元、太腿が丸見えのミニ丈。胸元のリボンをほどくだけで脱げてしまう前開きのデザイン。そして下に履いているのは、面積が小さすぎるレースの紐パンのみ。
「は、破廉恥すぎるわよ! 他には無いの!?」
「奥様、恥ずかしがることはございません。初夜に相応しいお召し物です」
「う、嘘、みんな初夜にはこういうのを着ているの?」
アンヌや侍女達が大きく頷く。
そういうものなのかしら。私、騙されてない!?
怯む私を侍女達はにこにこしながら夫婦の寝室に押しこめて、バタンと扉を閉じた。
「あの、お待たせ、しました。フェリクス様」
恥ずかしすぎて扉の前から一歩も動けない。
ソファに座っているフェリクス様からは何の返事もない。
破廉恥な女だと引かれているのかも。
やっぱり着替えてきましょう!
引き返そうと扉に手をかけると、フェリクス様がすごい速さで歩み寄ってきた。そして私を抱き上げてベッドに横たえた。
フェリクス様がベッドに肘をついて私に覆いかぶさると、彼の黄金の前髪がさらりと私の額に触れた。
目の前の美しい顔に見惚れていると、彼は熱の籠もった瞳で私を見つめ返した。
「すごく綺麗だよ、ロゼ。愛してる」
「わたくしも愛しています、フェリクス様」
心臓がばくばくと音を立てて、全身に熱が回る。
恥ずかしくて、フェリクス様のガウンをぎゅっと握ると、口づけが降ってきた。
「⋯⋯ん」
甘い口づけに、思わず声が漏れてしまう。
フェリクス様に抱きしめられて、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がる。
(ずっとこうしていたい⋯⋯)
「愛しいロゼ、私の十年分の愛を受け止めてくれる?」
私がこくりと頷くと、フェリクス様は夜着のリボンをするりと解いた。
◇◇◇
翌日の朝、いいえもう昼だわね⋯⋯
初夜ってあんなに凄いものだとは知らなかったわ。
私は今、フェリクス様の膝の上で遅い朝食をとっている。
「あの、フェリクス様。自分で食べられます」
「だめだよ。昨日ロゼに無理をさせてしまったから、私にお世話させて、ね」
フェリクス様は上機嫌で、私の口にせっせとスプーンを運んでいる。
「ありがとうございます。フェリクス様もお疲れでしょうに、わたくしばかり甘えてしまって」
「私は全然疲れていないよ。むしろ足りないくらい。二週間の休みを取って正解だった」
羞恥で死にそうになっている私の耳元で、フェリクス様が甘く囁いた。
「ロゼ、たくさん愛し合おうね」
「わたくしの、し、心臓が持ちません!」
抗議する私に、フェリクス様が口づけの雨を降らせる。
「ねえ、ロゼ。私はしばらく夫婦二人で過ごす期間を持ちたい。ロゼの身体の負担を考えても、子を成すのはロゼが二十歳になってからがいいと考えている。それまでは私が王家に伝わる薬を服用する予定だけど、どうかな。ロゼの考えを聞かせて?」
「はい、わたくしはそれで問題ありません。ですが⋯⋯」
私はふいに不安に思ったことを口にした。
「二年経っても、わたくしに飽きずに、こ、子作りをしてくださいますか?」
フェリクス様は私をぎゅうっと抱きしめてきた。
「もう、ロゼ、なんでそんな可愛いこというの。私がロゼに飽きることなんて一生ないよ。断言できる」
「そうなのですか。安心いたしました」
私はほっと安堵の息をついた。
フェリクス様は世継ぎが求められる立場だ。できることなら私が彼の御子を産みたい。子が出来ないせいで側妃を迎えるなんてことになれば、平静でいられる自信がないのだ。そんな私情を持つこと自体、正妃として失格なのだろうけど。
そんな心の内をぽつりと彼に伝えると、私を抱きしめる腕の力が強くなった。
「側妃なんて考えたこともなかった。父上だって側妃どころか、母上亡き後はずっと独り身だよ。万が一、子が出来ずとも王位継承権を持つ者は複数いる。だから何も心配はいらないよ。ねえロゼ、今みたいに不安に思ったことは全て私に話して」
「はい、フェリクス様」
なんて頼もしい旦那様なのだろう。私はフェリクス様の逞しい胸にそっと頬を寄せた。
「私にはロゼだけだよ。ロゼ以外は何もいらない。もう、今日は我慢しようと思ってたのに、ロゼが可愛いこと言うのが悪い」
「え!?」
フェリクス様は私を抱え上げるとベッドに向かった。
「私がどれだけロゼのことを愛しているのか、この二週間でわからせてあげるよ」
彼は美しい顔で微笑んだ。澄んだ海のようなサファイアの瞳の奥に、どろりとした熱を浮かべながら。




