44 王太子フェリクスの婚姻
私とロゼは昨日、学園を卒業した。
一夜明けた今日、私はロゼを伴って神殿へ出向いている。婚姻誓約書を提出するためだ。
私とロゼの結婚式は二か月後に予定されている。
本来なら結婚式当日に神殿に婚姻誓約書を提出するのだが、私はもう一日だって待てない。
美しいロゼが誰かに奪われる可能性はゼロではないのだ。
私は説得に説得を重ね、ついに国王の承認を得て手続きの前倒しを勝ち取った。
やっと、やっとだ。
私はこの日を十年間待ち続けたんだ。
私は隣に立つロゼに、ずっと目を奪われていた。
昨日の卒業パーティのロゼはまるで月夜の女神のようだった。私の色を全身に纏ったロゼを見るのは初めてだった。しかも私に包まれているようだと言われ、正気を失うかと思った。
動揺が隠せずポーカーフェイスは崩れてしまったが、なんとか持ち堪えた自分を讃えたい。
今日は届けを出すだけなので、ロゼは比較的シンプルな装いをしている。控えめにレースを施した白いドレスに、髪は編みおろし花飾りを散りばめている。耳元と胸元にパールが月の雫のように輝き、唇の紅は清楚な色香を放っていた。
「記念すべき日ですから、白いドレスにしてみました」と恥じらうように言うロゼに、心の中で悶絶した。
今日でさえこんなにも綺麗なのだから、結婚式当日は一体どうなってしまうのか。
そんな私の心配をよそに、ロゼは流麗な文字で誓約書にサインをしている。その白く細い指には、サファイアを嵌め込んだ金の指輪が輝いている。
婚姻誓約書は、新しく任に就いた司祭によってその場で受理された。今、この瞬間からロゼは私の妻になった。
「⋯⋯やっと手に入れた!」
私は嬉しくて堪らずロゼを力いっぱい抱きしめた。司祭が生温かい目でこちらを見ているが、気づかないふりをする。
「フェリクス様、く、苦しいです」
私の胸をポカポカと叩き、小声で抗議するロゼの頭上に口づけを落とす。そしてロゼを抱き上げて神殿の出口に向かった。
「早く二人きりになれる場所へ行こう。もう部屋は準備してあるんだ」
耳元でそう囁くと、ロゼは林檎のように真っ赤になった。
♢♢♢
私とロゼは婚姻の手続きを終えて、そのまま王太子宮に向かった。
私は二週間の休暇を勝ち取っている。
「休み長すぎじゃね!?」とアルフに言われたが、必要な執務は全て終わらせている。この休みを勝ち取るためにかなり無理をしたのだ、誰にも文句は言わせない。
湯浴みを終えたロゼが、恥ずかしそうに部屋に入ってきた。
湯で温まったせいか、ロゼの白い肌は紅潮しピンクブロンドの髪はしっとりとしている。
夜着は肌が透けて見えるほどに薄く、丈が短いせいで太腿は露わになり、豊かな双丘の形も浮き彫りになっている。その姿は想像を絶するほどに妖艶だった。
私は本気で心臓が止まりかけた。
まずはソファに並んで腰掛け、ワインなど嗜みつつ会話をしてムードを高めて⋯⋯などといった手順は、即座に私の頭から吹き飛んだ。余裕がない男、という批判があれば甘んじて受け入れよう。
私はロゼに早足で歩み寄ると、そのまま抱き上げてベッドに横たえた。
「すごく綺麗だよ、ロゼ。愛してる」
「わたくしも愛しています、フェリクス様」
初めてロゼから、愛しています、の言葉が出た。
愛を返して貰えると、こんなにも心が満たされるのか⋯⋯。
私は天にも昇るような気持ちになった。
恥ずかしそうに私のガウンをぎゅっと握り、上目遣いにこちらを見るロゼに口づける。
「⋯⋯ん」
ロゼが甘い息を漏らす。
どこもかしこも柔らかいロゼの身体を抱きしめると、甘い薔薇の香りが鼻腔を掠め、もう二度と離したくないという気持ちが膨れ上がる。
ロゼがエメラルドの瞳を潤ませながら、全身を紅潮させて私を見上げている。
私は喉の奥がこくりと鳴った。
ロゼを組み敷いて深く口づける。
誰にも邪魔されずに、やっとロゼを独り占めできるのだ。
「愛しいロゼ、私の十年分の愛を受け止めてくれる?」
私は王族の教育で培った強靭な理性を遠くへ手放した。




