43 卒業パーティ
偽聖女の事件は、瞬く間に世間に広がった。
世間の大半は、騙されて利用されたデイジーに同情し、司祭とガスタイン伯爵を含む教会派の貴族達を糾弾した。
教会の上層部は一掃された。フォルトア聖国から司祭が派遣され、しばらくはその指導の下に教会の信頼を取り戻すことに尽力するらしい。
そして偽聖女事件以後、聖女認定はフォルトア聖国の水晶のみを用いて行うことと定められた。
◇◇◇
一連の騒ぎもやがて落ち着き、学園を卒業する日がきた。そう、今夜は卒業パーティ。
フェリクス様から、この日の為にと贈られたドレスと装飾品を身に着けた。
深い青のドレスに施された金糸の刺繍は、まるで夜空に輝く星のようだ。白い肌を飾るのは、金細工で縁取られたサファイアの首飾りと耳飾り。そして指には先日贈られたサファイアの指輪が煌めいている。
ヘアメイクもドレスに合うように、「星夜の女神をテーマにしますねー」とアンヌが気合いを入れて仕上げてくれた。髪はおろしてサイドに流し、金細工でできた繊細な意匠の髪飾りをつけた。
「それにしても、独占欲丸出しのチョイスですよねえ」
着付けを終えた私を見て、アンヌがニマニマしている。
「確かに今まで贈られたことのない色ね」
こうして鏡を見ると、妙に恥ずかしくなってきた。
玄関に向かうと、父とルシアンが見送りに来てくれた。
「ロゼ、卒業おめでとう。とても綺麗だ。卒業したらすぐに嫁いでしまうなんて寂しいよ」
「お父様、今までありがとうこざいました。ご心配をおかけしましたが、こうして無事に卒業を迎えることが出来たのもお父様のおかげです。わたくし、お父様の娘でとても幸せです」
父はアメジストの瞳に寂寥の色を浮かべながら、そっと抱きしめてくれた。
「お父様、大好き」と伝えて父から離れると、今度はルシアンに向かい合う。
「お兄様、今までありがとう。頼もしくて素敵なお兄様の妹で、わたくしは本当に幸せ者ね」
ルシアンが神妙な顔つきをしている。
「なあに、お兄様」
「いや、昔の事を思い出してね。子どもの頃フェリクスに聞いたんだ。本当にロゼを大切にしてくれるのかって。そしたら、『絶対に大切にする!』って、あいつ真剣な顔して答えたんだよ。だから、ロゼは絶対に幸せになるよ」
そんなことをフェリクス様に聞いていたなんて。私はなんだか胸が温かくなった。
「お兄様、大好き」
「私もだ。ロゼはこれからもずっと私の大切な妹だよ」
ルシアンにしては珍しく、少し照れくさそうに微笑んだ。
◇◇◇
会場の前に馬車が止まり、扉が開くとフェリクス様がそこに待ってくれていた。
「私の大切な女神、お手をどうぞ」
「まあ、ありがとうございます」
黒のタキシードを纏ったフェリクス様は、今日も息を呑むほどに美しかった。私は優雅にエスコートするフェリクス様をうっとり眺めながら会場に向かった。
すると会場の入り口に見覚えのある女性が立っていた。
「フェリクス殿下、プリムローズ様。ご卒業の晴れの日を迎えられましたこと、誠に慶賀に存じます」
「タチアナ先生!」
タチアナ女史は卒業の祝詞を述べると、私の手を取った。
「今までよく頑張りましたね。今日の貴女はとても綺麗ですよ」
タチアナ女史が着飾った私を褒めてくれている。私は驚いて目を見開いた。
「貴女の類稀なる美しさに、邪な考えを持つ者達が常に群がろうとしておりました。そのため貴女自身が危険な目に合う可能性を危惧し、あえて厳しく指導させていただきました。ですが」
タチアナ女史は言葉を切ると、フェリクス様をチラリと見た。
「フェリクス殿下が貴女を絶対に守ると断言なさいました。それを聞いて、私もやっと安心することが出来ました。行き過ぎた指導で行動を制限してしまい、申し訳ありませんでした」
タチアナ女史は深々と頭を下げた。
「タチアナ先生、顔を上げてください! 先生は私の身を案じて厳しく指導して下さったのですね。わたくし、そこまで思い至ることができておりませんでした。先生のおかげで危ない目に合うこともなく、ここまで成長できました。今まで見守って下さって本当にありがとうございました」
私がお礼を伝えると、タチアナ女史は銀縁の眼鏡を持ち上げて涙を拭った。
◇◇◇
フェリクス様のエスコートで会場に入ると、すでに出席者で賑わっていた。
瀟洒なシャンデリアの下で、互いの卒業を喜ぶ者や、別れを惜しむ者達の挨拶が交わされている。
私達の元へディアナが笑顔で歩み寄ってきた。
「フェリクス殿下。生徒会長として学園にご尽力頂きありがとうございました。同じ学園を卒業できて光栄に思います。殿下にさらなる栄光が輝くことをお祈り申し上げます」
ディアナは淑女として完璧な礼を執った。
「グラナタス侯爵令嬢、貴女にそのような言葉を貰えて私こそ光栄だよ。貴女の未来に幸多からんことを祈る」
フェリクス殿下への挨拶を終えたディアナは、私の手を取った。
「ロゼ、あなたと過ごした時間はとても有意義なものだった。卒業してもまた会いたいわ」
「ディアナ、あなたが友人になってくれて本当に嬉しかったわ。これからもずっと仲良くしましょうね」
そして私はディアナの隣にいる、赤い髪に琥珀色の瞳をした男性を見上げた。
「アルフレッド様、ご卒業おめでとうございます。貴殿の更なる飛躍をお祈り申し上げます。ところで、今日はディアナの騎士様なのですね」
私の発言にディアナは真っ赤になった。
「ち、違うのよ。これは」
タキシード姿のアルフレッド様が、ディアナの肩を抱き寄せながら答える。
「違わないぜ。今日の俺はディアナちゃん専属だから。十一回目のアタックで、やっとエスコートの権利を勝ち取ったんだ」
「あまりにもしつこいから、仕方なく了承しただけですわ!」
「アルフ、それは一歩間違えると付きまとい行為で通報される案件だよ」
アルフレッド様が、眉をひそめているフェリクス様に小声で耳打ちする。
「俺だってそこら辺は弁えてるよ。ディアナちゃんは自尊心が高くて超恥ずかしがり屋な可愛い子だから、一度や二度じゃ素直に頷いてくれないんだよ。本当に嫌われてるって分かってたらここまで押さないよ」
ふうん、意外とアルフレッド様って策士なのね。本当に嫌ならディアナがあんな格好するはずないものね。
二人の会話を盗み聞きしていた私は、赤いドレスに琥珀の首飾りを身に着けているディアナを見て納得した。
それからエミリとも合流し、卒業後も仲良くしようと話していると、イバン様が挨拶に来てくれた。
「イバン様、わたくしの為に動いてくれて本当にありがとう。なんとお礼を言ったらいいか」
「いいんだよ、俺がやりたくてやったことなんだから。その代わり、俺のピンチの時は助けて、ね?」
ウインクしてくるタキシード姿のイバン様は、やっぱり今日も色っぽい。
「その時は私が助けてあげよう、ランベール伯爵令息」
フェリクス様が私とイバン様の間に割り込み、穏やかに微笑む。ただし目の奥は笑っていない。
「相変わらずですね、王太子殿下」
イバン様が薄っすらと笑みを浮かべる。何やら二人の間に冷気が漂っているのは気のせいかしらね。
イバン様は卒業後、他国へ語学留学するらしい。ゆくゆくはランベール伯爵と同じ外交官を目指すそうだ。俺も三十カ国の言語を習得してくるよ、なんて頼もしいことを言っていたわ。
ほどなくしてダンスの前奏が流れてきた。
「月夜の女神様、今宵貴女と踊る栄誉を」
「ええ喜んで」
フェリクス様のリードに任せて踊り始める。いつもより密着しているのは気のせいかしら。
「ロゼ、ドレス似合ってる。とても綺麗だよ」
フェリクス様のサファイアの瞳に熱が灯っている。
「ありがとうございます。フェリクス様の瞳の色のドレス、嬉しいです。それに首飾りと耳飾り、そして指輪もサファイアで⋯⋯なんだか全身をフェリクス様に包まれているみたいで」
「⋯⋯!」
フェリクス様の顔が徐々に赤く染まっていく。
「あ、わたくし嬉しくて浮かれてしまい、変なことを申しましたね。申し訳ございません」
フェリクス様に包まれるだなんて、とても恥ずかしいことを言ってしまったわ、と心の中で反省する。
「いや、構わないよ。正直そう言ってくれて、とても、嬉しい⋯⋯」
フェリクス様は耳まで真っ赤になっている。ここまで赤面しているフェリクス様を初めて見たわ。
周りの令嬢達はそんなフェリクス様を見て、キャーと嬌声を上げている。アルフレッド様はディアナと踊りながら、こちらをみてニヤニヤしている。
そして、私のダンスパートナーの座はフェリクス様が独占したまま、卒業パーティは平和に幕を閉じた。




