42 青薔薇の騎士の登場
フォルトア聖国は、偽聖女事件を鑑みて、世界各国の教会にある水晶を調査する旨を発表した。
そのうち、聖女が実在している五カ国は、ミハイル兄様が直接訪問することになった。
私とルシアンは、ミハイル兄様が滞在している王宮の客室を訪れた。
ミハイル兄様は白いシャツに黒いパンツという格好で出迎えてくれた。ラフな姿なのに神々しいってどういうことかしらね。
「ロゼ、いろいろあって疲れただろう。身体は大丈夫かい?」
「ううん何ともないわ。ミハイル兄様ありがとう。兄様がこの国に来てくれて良かった。いつまで滞在できるの?」
「三日後には出発する予定だよ。そのまま聖女のいる五カ国を訪問してから聖国に帰るよ」
「まあ、慌ただしいのね! もっとゆっくりできればいいのに」
久しぶりの再会なのに、と寂しい気持ちになった私は眉を下げた。
「ミハイル殿下は大変でしょうが、隠蔽する暇を与えないという意味ではそれがいいでしょうね」
ルシアンが腕を組みながら答えた。
「ミハイル兄様、わたくしの力が必要なら一緒に行きましょうか?」
もし闇魔術が使われていた場合、浄化する力が必要になるのではないかしら。そう思った私はミハイル兄様に提案した。
「ロゼと一緒に旅ができるなんて最高だなあ。でもフェリクス殿下が君を離さないだろうから諦めるよ。それに」
ミハイル兄様が言い終わる前に、部屋の扉がバーンと勢いよく開いた。
「このわたくしに任せてちょうだい」
――そこには眩いばかりの男装の麗人がいた。
艶やかなブルーブロンドの長い髪、エメラルドの瞳を持つその人は、精霊エルフのような美麗な顔をしている。瑠璃色の騎士服を纏うも、女性らしい曲線を描く身体つきは隠せていない。むしろスタイルの良さを浮き彫りにしている。
「アイリーン! 会いたかったわ!」
「わたくしもよ、ロゼ!」
私達は久々の再会を抱き合って喜んだ。
「アイリーンは三日後に十八の誕生日を迎えるから、闇魔術を浄化できるようになるんだ。だから帯同させることにしたよ。ところでアイリーン、なぜ騎士服を着て帯剣してるんだい?」
「あら、旅には危険が付き物でしょう。わたくしがお兄様を守ってあげるわ」
アイリーンは艷やかな髪をふわっと後ろに流して、パチリと片目を瞑った。
アイリーンは愛読書である『青薔薇の騎士〜剣と愛の果てに〜』の主人公の男装の麗人に憧れて、幼い頃から剣の腕を磨いていたものね。髪ふわっ&ウインクも、青薔薇の騎士が決めゼリフと共にやる仕草なのよね。
そんなアイリーンが可愛くて仕方なくて、思わずにこにこしてしまう。
「ルシアン、久しぶりね」
「アイリーン王女殿下にご挨拶申し上げます」
ルシアンは王族に対する正式な礼を執った。
「殿下だなんて言わないで。敬語だって使わなくていいのよ。前みたいにアイリーンって呼んでちょうだい」
「私はこの国の文官という立場ですから、フォルトア聖国の王女殿下をそのように呼ぶわけにはいきません」
「そんな他人行儀な態度を取られると寂しいわ、ルシアン」
アイリーンが眉を下げると、ルシアンのアメジストの瞳が僅かに揺れた。
「ルシアンは私のこともミハイル殿下なんて呼ぶんだよ」
ミハイル兄様もアイリーンに相槌を打つ。
「ところでルシアン。貴方はこの格好を見てどう思う? 男勝りな女は苦手かしら」
アイリーンが腰に手を当てて尋ねる。
「アイリーン殿下にとてもよくお似合いです。女性が自分らしく生きる姿は素敵だと感じます」
ルシアンがそう言うと、アイリーンはぱっと顔を輝かせた。
「そう、良かったわ! 今までは好かれたくて、ルシアンの目の前ではお上品に振る舞っていたの。でも、やっぱり本当のわたくしを知ってほしくて」
アイリーンのお転婆ぶりは、ルシアンにもとっくの昔にバレているのだけれど。未だに隠し通せていると思っているアイリーンはやっぱり可愛いわ。
「では本題に入るわね」
アイリーンがおもむろにルシアンの手を取った。
「ルシアン・アメティスト。貴方をわたくしの伴侶に望みます」
私は叫び出しそうになる口を両手で押さえた。
ルシアンはアメジストの瞳を見開いて固まっている。全くの予想外だったのだろう。
「わたくし、このままでは他国に嫁がされそうなの。だから後悔したくなくて、気持ちを伝えに来たの」
アイリーンの煌めくエメラルドの瞳は、ルシアンをまっすぐに見つめた。
ルシアンは彫像のように固まったまま一言も発しない。
長い沈黙がその場の空気を支配する。
堪りかねたアイリーンは慌てて言い募った。
「ごめんなさい! わたくし、いつも考える前に行動してしまって⋯⋯本当に悪い癖ね。王女からの求婚なんて断りづらいわよね。ルシアンの立場も考えずに、自分の気持ちだけ押しつけて浅慮だったわ。沈黙が答えだと受け取ってすっぱり諦めるから、気にしないで、ルシアン」
アイリーンは笑顔で「さ、わたくしは旅の準備に取り掛かるわね」と言うと、足早に部屋の出口に向かった。部屋を出る直前、彼女の長い睫毛が震えているのが見えた。
「「アイリーン!」」
私と同時に彼女の名を呼んだのはルシアンだった。
ルシアンは勢いよく部屋を飛び出して、彼女を追いかけていった。
「アイリーン、大丈夫かしら⋯⋯」
彼女が心配になってミハイル兄様を見上げると、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ。ルシアンは頭で考えすぎるんだよね」
聡いミハイル兄様が大丈夫だと言うのなら、きっとそうなのだろう。
「アイリーンのか弱い演技、可愛くて大好きだったわ。ミハイル兄様の下手な芝居もね」
「迫真の演技だったのになあ」
「そんなこと言って。私の目の前でカエルを楽しそうに並べていらしたじゃないの」
私がくすくすと笑うと、ミハイル兄様は子どもの頃みたいに私の頭を優しく撫でた。




