41 偽水晶事件の顛末
その日、私は事件の全容を聞くためにフェリクス様の執務室を訪れた。
部屋に置かれた応接用のソファに座ると、対面ではなく真横にフェリクス様が腰掛けた。
「フェリクス、急に距離感おかしくなってねえか?」
護衛として室内に立つアルフレッド様が茶化してくる。
「もう我慢することはやめたからね」
フェリクス様が私の腰に手を回し微笑む。
私は至近距離の眩い笑顔に耐え切れず、視線をそっと逸らした。
「何から説明しようか?」
「その前に、わたくしの無実を晴らして下さってありがとうございました。フェリクス様、それにアルフレッド様も」
フェリクス様は目を細めながら私の頭を撫でた。
「ロゼの名誉を穢すなんて到底許せない行為だよ。私からロゼを奪おうとする奴らには消えてもらおうね」
あら、何だか不穏な話になってきたわ。
「礼には及ばないぜ。ロゼちゃんの力のお陰で闇魔術も浄化できたんだし。それにしても凄かったよな、あの魔法みたいなやつ! 眩しすぎて目が潰れるかと思った!」
アルフレッド様が興奮気味に語る。
ええ、ええ、私も驚いたわ。まさか自分にあんな力が備わっていたなんて。
闇魔術の浄化は、フォルトア聖国の王族かつエメラルドの瞳の女性に備わっている力らしい。十八歳の誕生日を迎えると発現するこの力は、闇魔術使いに命を狙われないよう秘匿されているのだとか。
そしてこの力の発現により、私はもう一つの驚くべき事実を知ることとなった。だけど、この事は一部の人間しか知らない極秘の案件のため、ここでは話せない。
こんなすごい浄化の力を持つ私、今後は命を狙われる立場になるのかしら。
そう考えて私は小さな溜息をついた。
「ロゼのことは絶対に守るから」
フェリクス様が、私の考えを見透かしたかのように抱き締めてくる。
(フェリクス様、近いです、近すぎます!)
私はそっとフェリクス様の胸を押しやりつつ、話を戻した。
「ええと、まずはデイジー様のことをお聞きしたいですわ」
フェリクス様は次のように語った。
***
国王陛下は教会の不穏な動きを調べる為、デイジーを見張るように命じた。
秘密裏に動いていた為、ロゼにも本当のことを言えなかった。
『傾国の妖精』の神話に準えて、ロゼに溺れて王太子の任務を疎かにした時は婚約解消をする約束があったので、自分を律して気持ちを隠していた。
教会とガスタイン伯爵は、闇組織との繋がりも明らかになり重い処罰が下される予定だ。
調査では、元のデイジーは清楚で慎ましやかな娘だった。家が貧しくて懸命に働いていたが、見目が良いためガスタイン伯爵に目をつけられた。神殿で働けば家族を養えるだけの給金が貰えると騙した。そして闇魔術をかけられ、異界の人格に魂を乗っ取られた。
聖女デイジーと一緒にいることで、異界の魂が取り付いていることに気づいた。この世界に存在しない言葉や知識を所有していたから。
***
アルフレッド様も会話に加わる。
「デイジーちゃん、聞いたことのない言葉使うんだよ。ディアナちゃんのことを『あの人ツンデレですよね』とか、俺のこと『ノウキン』って呼んだりさ。フェリクスに聞いたら、世界中のどこにもそんな言葉はないって言うんだ。こいつ世界の辞書が頭に入ってるからさ」
デイジーさんの中の人って、私の前世と同じ世界の住人だったのね、と遠い目になる。
そして、あの小説の内容を知っていたのだわ。私のことを悪役令嬢と呼んでいたし。
「デイジーさんは今後どうなるのですか?」
「前の慎ましい娘に戻ったんだけど、乗っ取られてる間の記憶も全てあるみたいでね。不敬なことをして申し訳ない、どんな罰も受けるって泣いて謝っていた。でも彼女は被害者だろう。生涯暮らせる額の見舞金を支払ったよ。今は孤児院の仕事を手伝いながら元の家族と共に暮らしているよ」
私は安堵した。デイジーさんもこれからは幸せになってほしいと心から思った。
「事情はわかりました。でも、わたくしずっと不安でした」
私は眉を下げてフェリクス様を見つめた。だって、本当にもうだめかと思っていたのだ。
「今まで本当のことを話せなくてごめんね。これからは不安にさせないようにするから」
フェリクス様が物凄く申し訳なさそうにしている。
もしかして、今おねだりしたら何でも聞いてくれるんじゃないかしら!
そう思った私は、半ば強引にあるお願いをしてみる。
「これからは少しくらい着飾っても許してくれますよね?」
「うん、いいよ。今まで我慢させてごめん。タチアナ女史にもきちんと説明するよ。それに」
フェリクス様は私の髪を掬い取ると、そこに口付けをしながら続けた。
「すぐに結婚して、ロゼは私のものだと世界中に知らしめよう。さすがに私の妃には簡単に言い寄れないだろうからね。これからは他の男のつけいる隙がないくらい、たくさん愛情を伝えるから。大好きだよ、ロゼ」
フェリクス様のサファイアの瞳には、熱を帯びた光が浮かんでいた。
その瞳に見惚れているとフェリクス様の顔が近づいてきて、私は思わず目を閉じた。
「おいおい、俺がいるってこと忘れないでくれるか?」
アルフレッド様が横槍を入れてきて、はっと我に返った。
「も、申し訳ありません!」
私は羞恥で顔が真っ赤に染まったが、フェリクス様は涼しい顔で私の腰を抱いている。
「いいんだよロゼ。アルフのことは柱だと思えば」
「はああああ、誰が柱だ?! こんなに『イケメン』なんだから、せめて彫像とかにしてくれよ。あ、『イケメン』もデイジーちゃんに教わった言葉でさ、すげえ顔のいい男をそう呼ぶんだってよ」
アルフレッド様は親指で自分を指してニカッと笑った。
すると、部屋の入口あたりから声がした。
「アルフレッドは黙ってれば『イケメン』なんだから、彫像になって広場に祀られてればいいんじゃない?」
「おうユリ坊じゃねえか。俺が黙って広場に立ってたら、女に囲まれて大変だろうが」
「あのさあ、その呼び方いい加減やめてくれる? 僕もう子どもじゃないんだしさ。ねえ兄上。アルフレッドを不敬罪で投獄してもいい?」
「ああ一度獄中生活を体験したら、少しはおとなしくなるかも知れないね」
私はソファから立ち上がり、ユリウス殿下に歩み寄った。
「ユリウス殿下。この度は助力して下さってありがとうございました」
ユリウス殿下は太陽のような笑顔を向けてくれた。
「いいんだよ、僕はロゼの役に立ててすごく嬉しいんだ。あ、そうだ、イバンも手伝ってくれたんだよ。彼っていい人だよね。僕らすっかり意気投合しちゃって、今度一緒にジャシル国に遊びにいく約束をしたんだ」
悪役令嬢の私を、皆が助けてくれるなんて想像すらしていなかった。私はなんだか胸がいっぱいになった。イバン様にもお礼を言いに行こう。
ユリウス殿下はフェリクス様に向き合った。
「ロゼのことは兄上に託すことにするよ。だって神殿の儀式であんなの見せられたら、僕は諦めるしかないよね」
ユリウス殿下は小首を傾げてにっこり笑いながら、言葉を続けた。
「あーでも、兄上がロゼを泣かせるようなことがあれば、僕はいつでも奪い取る準備はできてるからね」
「そんな機会はないから安心しろ、ユリウス」
フェリクス様はいつもの穏やかな笑顔で答えた。




