40 傾国の妖精に愛されなかった男
――重要参考人オリバー・ガスタインの調査書より。
オリバー・ガスタインは、グランサフィル王国の裕福な伯爵家の嫡男だった。
茶褐色の髪に榛色の瞳をした、柔和で整った顔立ちの男だった。誰にでも分け隔てなく親切で、勉強がよくできた。
オリバーには幼い頃から決められた婚約者サマラがいた。サマラとの間に恋情はなかったが、気立てのよい彼女となら穏やかな家庭を築いていけると思っていた。
伯爵家嫡男で優しく見目もよい彼には、言い寄る令嬢も多くいたが相手にはしなかった。婚約者に不実を働きたくなかったからだ。
オリバーは学園で成績優秀だったため、フォルトア聖国との交換留学生に選ばれた。
彼は昔から何をしても敵わなかったアメティスト公爵家嫡男のレオンより、自分が選ばれたことに歓喜した。実際にはオリバーの父親が大金を積んで得た権利だったが、彼がその事実を知ることはなかった。
オフィーリアとは、フォルトア聖国の学園で出会った。
交換留学生という制度ができて、初めて迎える異国の学生に周囲は戸惑ったのだろう。彼を冷遇することはなかったが、皆どこか距離をおいて接した。
しかし彼女だけは彼に対しても、他の人にそうするように分け隔てなく親切だった。
「困ったことがあったら何でも仰ってくださいね。気候や文化が違うので不便なことも多いでしょうから」
「お気遣いに感謝いたします、王女殿下」
「ふふ、ここは学園ですからオフィーリアで良いですよ」
慈愛に満ちたエメラルドの瞳に見つめられ、オリバーの胸は早鐘を打った。
オリバーの恋心に火がつくのに時間はかからなかった。
彼にとって、それは初恋で、逆らえない濁流に呑み込まれるような感覚だった。
彼女の笑顔を見るだけで、声を聴くだけで、天に昇るような気持ちになった。
彼は神に深く感謝した。交換留学生に選ばれたのがレオンでなく自分だったことを。
そして一つの確信を得た。
――私達は出会う運命だったのだと。
オリバーは留学の期間を終え、帰国する前日にオフィーリアに伝えた。
「オフィーリア様。次にお会いした時に、あなたにお伝えしたいことがあります」
「なあにオリバー様。それは今言えないことなの?」
オリバーはオフィーリアとの結婚を夢見た。
身分は違えど、偉大な功績を上げ勲章を賜れば、王女を貰い受けることができるのではないか。
そう考えた彼は、かねてより研究していた鉱石の分析について新たな知見を得ようとした。
王女という身分の美しい彼女なら、いつ縁談がきてもおかしくない。むしろ今まで婚約者がいなかったことが奇跡だった。一刻も早く結果を出さないと、誰かに奪われてしまう。
帰国したオリバーは、まるで何かに取り憑かれたかのように、一心不乱に研究に励んだ。
優しげな彼の顔立ちには陰が差し、澄んだ榛色の瞳は深く澱んだ。
寝食も忘れ研究に没頭したせいで痩せこけてしまった彼を、オリバーの婚約者サマラは心配した。
「オリバー様、少しでいいので休憩なさってください」
「うるさい、放っておいてくれ。私は真実の愛を見つけたんだ。だから君とは婚約解消する!」
そんな中、オフィーリアがこの国の建国祭に来賓として訪れることになった。
パーティーのエスコート役は、王女と同じ歳で公爵家嫡男であるレオンが選ばれた。
オフィーリアとレオンは出会ってすぐに恋に落ちた。
お互いが運命であるかのように、瞳に熱情を灯らせて見つめあう二人を見て、オリバーは地獄の底に突き落されたような絶望を味わった。
オフィーリアの帰国後すぐにレオンとの婚約が結ばれ、一年後、学園の卒業と同時に二人は結婚した。
廃人のように無気力になってしまったオリバーを、サマラは見捨てなかった。そして両家の当主の強い希望もあり、サマラは予定通りオリバーの妻となった。
彼女は彼を支えようとしたが拒絶され、子ができることもなかった。そしてサマラは心労のため早世してしまった。
オリバーはある日、新聞の一面に目を留めた。フェリクス王太子とアメティスト公爵令嬢の婚約が結ばれたという記事だった。彼は公爵令嬢の姿絵を見て目を瞠った。その娘はオフィーリアの面影を色濃く残していた。
――そうだ、この娘を奪ってやろう。
すでに狂っていた彼は、闇魔術の地下組織『アーテル』と手を組んだ。
鉱石の研究で得た知識と、闇魔術師の術式を組み合わせることで、偽水晶を作り出すことに成功した。
オリバーの計画はこうだった。
偽水晶を使って聖女を立てて、王太子の婚約者の座につかせる。そしてプリムローズを虚偽の罪で修道院に追放する。修道院に行く途中の馬車を襲わせて彼女を攫う。
そして自分の屋敷の地下に幽閉し、今度こそ彼女を自分だけのものにする。
オフィーリア様と同じ顔をしたあの娘を、レオンから奪ってやるのだ。
聖女役を探すにあたって、オリバーは金に困っている女を条件にあげた。困っている人間ほど騙しやすいからだ。
幸いなことに、王太子はプリムローズに興味がないようだと聞いている。
あんなに美しい娘に心惹かれないとは信じがたいが好都合だ。プリムローズとは違うタイプの女性が好みなのかもしれない。
そこで、下町の食堂で働いていたデイジーという娘に目をつけた。
大人びた美貌のプリムローズとは違い、小柄で庇護欲をかき立てられる可憐な女だった。
給金の良い仕事を紹介するとデイジーを言いくるめ、教会に連れ出した。
――こうして、オリバーは狂気の沙汰に走った。




