38 その頃、神殿の外は大変なことになっていた
見晴らしのいい小高い丘の上に聳える神殿。
その神殿では、聖女祝福の儀式が行われている時刻。
私はいつものお仕着せを着て、その丘の麓に立っていた。
肩上で切り揃えた黒髪を風になびかせ、そして両手に双剣を持って。
「絶対、神殿には近づけさせないんだから!」
私がここに立っている理由。それは、およそ一キロメートル先から大量の殺気を感じたからだ。
「お前一人じゃさすがに無理だろ。騎士団にも伝えたから、じきに加勢が来るはずだ」
いつの間にか隣に、侍従の服を着た紫紺の髪の男が立っていた。
(全く気配を感じなかった⋯⋯)
男は掛けていた黒縁眼鏡をおもむろに外した。すると鮮血のような赤い瞳が現れた。
「私はフォルトア聖国の王家の影のアンヌ。あんた、ブラッド・アイでしょ」
「その名で呼ぶな、恥ずかしいだろ」
「名前教えてくれないなら、そう呼ぶしかないじゃない」
「⋯⋯あー、ラッドでいい」
遠くから土埃が上がって、その向こうに全長三メートルはありそうな、土人形の集団が見えた。
「ラッド。あいつら何なの?」
「闇魔術が大陸全土で禁忌なのは知ってるよな。あいつらは闇魔術の地下組織『アーテル』だ。捕らえられた仲間を奪い返しにきたんだろう。捕まったのは組織でも一番腕のいい魔術師だし、いろいろ吐かれると困るだろうからな」
「あのでかい土人形、もしかして闇魔術で作ったの?」
「ああそうだ。もう話してる時間はないな」
ラッドは長剣を構え、真っ赤な瞳で前を見据えた。
(土人形、軽く五百体はいるじゃない!)
アメティスト家に仕える影は全員お嬢様についているから、今ここでの戦力はラッドと二人。
騎士団が到着するまで、なんとか持ちこたえなきゃ。
私は左右の手にそれぞれ持った二本の剣を、ぐっと握りしめた。
闇魔術で作られた土人形が大群で襲いかかってきた。
「アンヌ、とにかく斬りまくれ!」
「了解っ!」
片っ端から土人形を斬り捨てていくが、次から次へと湧いてくる。だんだん手が痺れてきた。
(ラッドは私の二倍は斬ってるわね。すご⋯⋯)
その時、後方から馬の蹄音が近づいてきた。
騎士団の先頭にいるのは、漆黒の髪に琥珀色の瞳、鍛えられた体躯の騎士団長イグニス閣下だ。手に握られているのは、私の身長を優に超える長さの大剣。
イグニス閣下は騎乗したまま、大剣で次々に土人形を薙ぎ倒していく。
私はその姿に興奮して心の中で叫んだ。
(あんなでっかい剣振るうんだ、かっこいぃぃぃ!)
騎士団も加わって土人形は次々に斬られていくが、一向に減る気配がない。
ふいに不気味な旋律の笛の音が聴こえてきた。
「魔笛か。まずいな。音に耳を傾けるなよ!」
ラッドが叫んだ時には手遅れだった。
まず、騎士団の馬がその場に座り込んだ。そして、騎士達も次々と眠りに落ちていく。
ついに、全ての馬と騎士の大半が戦闘不能になった。
「数で圧倒的に不利ぃぃ! このままじゃこっちの体力が消耗するだけよっ!」
終わりが全く見えてこない状況に、私は絶叫した。
「見つけた! あの木の下にいる闇魔術師を仕留めれば、土人形は消える!」
ラッドが指差す方向には、胸から銀色の術具らしきものを下げた黒いローブの男が立っていた。
そして、男を護るように数十体の土人形が立ちはだかっていた。
下馬したイグニス閣下が大剣を振るいながら、ラッドに向かって叫ぶ。
「俺が隙を作るから、お前が仕留めろ!」
「御意!」
イグニス閣下が魔術師を囲む土人形の前に、単身で飛び出した。
イグニス閣下の前方から十体、後方からも十体、同時に二十体の土人形が襲いかかってくる。
閣下は前方の十体を一刀で斬り伏せた。土人形は上下真っ二つになって粉々に散った。
(でも、後方からの攻撃までは防げない!)
刹那、後方の十体も全て真っ二つに粉砕された。
いつの間にかイグニス閣下の背中合わせに、若い赤髪の男が立っていた。
「親父、平和ボケして勘が鈍ったか?」
「うるさい、ガキが。俺一人でも倒せたわ」
「てか、俺フェリクスの護衛に戻らなきゃいけねえから、さっさと終わらせるぜ」
赤髪の男は、猛スピードで次々と土人形を斬り捨てて行く。
(閣下と同じか、それ以上かもしれないわ!)
「お前まあまあ強くなったな」
「うるせ。とっくに親父越えてんだろが」
よし、これで闇魔術師に集中できる!
私は両手の剣を足元にからん、と投げ捨てた。そしてお仕着せに忍ばせていたナイフを取り出し、闇魔術師に向かって投げた。
闇魔術師の額に命中して隙ができた刹那。
ラッドは目にも留まらぬ速さで標的の懐に入り込み、胸にかけられた術具ごと剣で貫いた。
ラッドが闇魔術師を仕留めると、千体の土人形は瞬時に消滅した。
(はあああ、どうなることかと思った⋯⋯)
私はへなへなとその場に座り込んだ。
「あー終わったか。じゃ俺、神殿に戻るわ」
赤髪の男は駆け足で神殿に戻っていった。
「ラッド、手伝ってくれてありがと。あんた噂通りの凄腕なんだね」
私は立ち上がって、お仕着せについた土埃を払いながらお礼を言った。
「別にお前を手伝ったわけじゃない。仕事だからやっただけだし」
ラッドは黒縁眼鏡をかけ直して、口元を緩めながら神殿の方へ歩いていった。




