37 悪役令嬢は断罪される
今日、神殿にて聖女の祝福の儀式が行われる。
私が神殿に呼ばれた理由はわかっている。
――私の断罪と、聖女と王太子の新たな婚約締結のため。
あの小説に書かれていたのだ。
神殿に呼び出された悪役令嬢のプリムローズが『数多の浮気をした罪』で断罪されて、婚約破棄を言い渡される。そして、その場でヒロインと王太子が神の前で将来を誓い合うのだ。
今日、神殿での断罪のシーンが現実となるのだろう。
この日、私は水色のドレスを纏った。
今日は悪役令嬢プリムローズの断罪の日である。と同時に、十八歳の誕生日でもある。誕生日が断罪の日だなんて、無慈悲すぎて溜息すら出ない。
フェリクス様に会うのは、今日で最後になるかもしれない。だから初めて会った日に着ていた色と同じ、水色のドレスを選んだ。
生地と同色の刺繍と繊細なレースが品良く施されていて、神殿という場にふさわしい清楚なデザインだ。
神殿の広間に足を踏み入れる。大理石の床に、私のヒールの音がコツ、コツと響き渡る。
そこは天井を支える大きな石柱が規則的に並び、中央の祭壇には聖女認定にも使われた水晶が置かれている。
その祭壇の前に、正装姿のミハイル兄様とデイジー様が向かい合わせに立っていた。
ミハイル兄様は、純白のローブを身に纏っていた。
首から掛けた長い青のストラには、十字の銀の刺繍が施されている。肩から羽織った白いマントの裏地は深海のような濃い青。そして胸に輝くのは、フォルトア聖国王の証であるエメラルドの十字架。
デイジー様は聖女の正装である白いドレスを纏い、期待に満ちた目で、長身のミハイル兄様を見上げていた。その空色の瞳は、高窓から入る柔らかな光を反射している。
広間には王族を始め、教会の司祭達、ガスタイン伯爵を含む教会派の面々、他にも上級貴族や国の要職に就いている者達が参列していた。父やルシアンの姿も見えた。
「これよりフォルトア聖国、ミハイル・カリストス・フォルトアの名の下に儀式を執り行う」
ミハイル兄様の透明感のある声が紡がれる。
「お待ちください。その前に一つ片付けたいことがございます。国王陛下、発言のお許しを」
ガスタイン伯爵が一歩前に進み出た。国王陛下が鷹揚に頷く。
「そこにおられるアメティスト公爵令嬢は、この神聖なる儀式の場に相応しくない人物でございます」
ガスタイン伯爵のモノクルの奥の榛色の瞳が、私を鋭く射貫く。
「聞き捨てならぬぞ!」
私の父が立ち上がって反論の声をあげる。
「アメティスト公爵令嬢は、数多の男を篭絡したという事実がございます。そのような不道徳な人間は王太子妃にふさわしくありません。国を傾ける恐れのある者ゆえ、フェリクス殿下との婚約破棄ならびに最北の修道院への隔絶を要求します!」
ガスタイン伯爵が声高に主張する。
「「悪しき『傾国の妖精』に厳正なる処罰を!」」
教会派の面々がここぞとばかりに声をあげる。
「わたくしはそのような事はしておりません!」
――ふざけないでちょうだい。
プリムローズは今まで真面目に生きてきた。
着飾ることもなく、異性とはものすごく距離を置いて、ただひたすら地味に真面目に生きてきたのよ。
(私は悪役令嬢ですもの。この際、言いたいことは全部言ってやるわ)
私は一歩前に進み出ると、国王陛下に発言の許可を願い出た。
「ガスタイン伯爵、わたくしの何を見てそう仰っているのですか。わたくしは今まで王家の教えに従い、真面目に努力してまいりました。男性を篭絡したなどという事実はございません。それどころか、異性とは過剰とも思えるほどの距離を置いてまいりました。皆様にお聞きしますが、わたくしは異性とほんの少し言葉を交わすことすら許されないのですか。何故わたくしだけが何もかも禁じられ、息を潜めて生きていかねばならないのでしょうか。美しくあろうとすることは罪なのでしょうか。そもそも『篭絡』とは一体何でしょう。異性に想いを寄せられることを、皆様は『篭絡』と表現なさるのでしょうか。それでしたら、この世は悪女だらけになってしまいますわね」
教会派以外の貴族達が、ひそひそと囁きはじめた。
「確かにアメティスト公爵令嬢は、今まで浮いた噂の一つもなかったよな」
「ああ、品行方正で慎み深く、淑女の鏡だって聞いていたぞ」
「噂もどこまで本当なんだろうな。相手にされなかった男の被害妄想や、女の嫉妬もあるんじゃないか」
「あんなに美しいお方だ。男なら誰だって夢中になるさ。それが罪だっていうんなら、彼女も気の毒だよな」
「むしろ聖女様の方が異性といつもべたべたしているって、うちの娘が言っていたわよ」
「教会派の言ってることは、言いがかりかもしれないな」
風向きが少し変わってきたことを察知したのか、ガスタイン伯爵は私を睨みつけた。
「黙れ! お前のような悪女は、王太子妃にはふさわしくない!」
ガスタイン伯爵は国王陛下に向き直り、興奮気味に声を張り上げた。
「アメティスト公爵令嬢の断罪と同時に、聖女デイジーとの婚約を具申いたします! 王太子妃の座には聖女こそがふさわしい!」
そうだそうだという声が広間に響き渡った。
「「我らが聖女を王太子妃の座に!!」」
「「悪しき『傾国の妖精』は追放しろ!」」
それらの声は次第に大きくなり、私の頭の中で鐘を打ち鳴らすかのように響いた。
私は悪役令嬢として、この物語から退場させられる。
物語の結末が変わることはなかったわ。
私は静かに目を瞑った。
――さようならフェリクス様。
その時、フェリクス様の声が広間に響いた。
「ふざけるな。そこにいる聖女が王太子妃にふさわしいだと? お前達の目は節穴か?」
その声は低く冷たく、そしてサファイアの瞳は怒りに満ちていた。
「ガスタイン伯爵に追従し、彼女を非難した貴族達の顔は全員覚えたぞ」
教会派の貴族達はその言葉を聞くと、口を噤んで顔を伏せた。
フェリクス様は教会派の貴族達を一瞥すると、国王陛下の前へ一歩進み出た。
「国王陛下、発言の許可を」
「よい、申してみよ」
「そこにいる聖女は偽物です」
フェリクス様の爆弾発言に、周囲は水を打ったように静かになった。
(偽物ってどういうこと!? この世界のヒロインは聖女デイジーで間違いないはずだわ)
「何を言ってるんですか、フェリクス様! あたしが偽物だなんてひどいです!」
デイジー様は両手を胸の前で組み、空色の瞳を潤ませて震えながら訴えた。
その時、広間の扉が勢いよく開いてアルフレッド様が現れた。
彼が片手で引きずってきたのは、口封じの拘束具をつけられ縄で縛られた黒いローブ姿の男だった。
彼はその男を床に放り投げると、国王陛下の前で片膝をつき頭を下げた。
「アルフレッド。説明せよ」
国王陛下は床に転がっている男の説明を求めた。
「国王陛下の御前でお目汚し失礼致します。我が主フェリクス殿下の命により、この場に重罪人を連行致しました」
この緊迫した状況下で不謹慎だけど⋯⋯彼の礼儀を弁えた紳士然とした態度に驚きを隠せなかった私は、ぽかんと開きかけた口元を慌てて両手で隠した。
フェリクス様が、アルフレッド様の言葉を継いだ。
「この者は我が国に潜伏していた闇魔術師です。その男が、そこにある偽水晶に闇魔術を施したのです」
フェリクス様は祭壇に置かれている水晶を指し示した。
「偽水晶などと言いがかりも甚だしい! 証拠はあるのですか?」
教会の司祭様が声をあげる。
ミハイル兄様が、美しい笑みを浮かべながら言った。
「偽物かどうか聖女殿に確かめてもらいましょうか。さあ聖女殿、この水晶に手を翳してもらえますか」
「はいっ、この水晶が光れば本物ってことですよね! あたしが証明してみせますね!」
デイジー様が水晶に手を翳すと、水晶から色鮮やかな光が放たれた。
「「おお、やはり水晶は本物だ! 聖女様も本物だ!」」
今度は、広間に安堵のどよめきが起こった。




