36 王太子フェリクスの秘密の手紙
とうとうロゼに気持ちをぶつけて、唇を奪ってしまった。
もう我慢の限界だった。あのままだと誰かに奪われそうで正気を保てなかった。
――その結果、ロゼだけが糾弾された。
この世界はロゼを窮屈な檻に閉じ込めようとする。ロゼがロゼのままで存在することを許さない。そしてその世界には自分という人間も含まれることに愕然とする。
♢♢♢
自宅謹慎を言い渡されたロゼから手紙が届いた。
月に一度届くロゼの手紙は、季節の挨拶から始まって、贈り物のお礼、日々のできごと、そして私の体を気遣う言葉で締めくくられる。
筆まめなのか、いつも軽く便箋五枚は超えているが、それがとても嬉しくて何度も読み返している。
十年分の手紙は全て宝箱にしまってある。
その宝箱には二人の瞳の色と同じサファイアとエメラルドが嵌め込まれている。同じものを二つ作らせ、その一つをロゼに贈った。揃いの物を持ちたいという、私の些細な願望だ。
今回の手紙も、いつものように季節の挨拶から始まる手紙だ。しかし、文脈にふと違和感を覚える。
まさか、と胸騒ぎがして、文章の各行の頭文字をつなげて読んでみた。
『わたくしもフェリクス様のことを十年前からずっとお慕いしております。これからもずっとあなたと共にありたい』
私は目を見開いた。信じられずに何度も何度も読み返す。
無意識のうちに呼吸を止めていたことに気づき、はっと息を短く吐く。
縦読みの暗号は、ロゼには決して気づかれることはないだろうと思っていた。
実際に十年もの間、全く気づかれず、この想いが伝わることはなかったのだ。
だけどロゼへの想いをどこかにぶつけたかった。
だから手紙に忍ばせた。ただの自己満足だ。気づかれなくてもかまわないと思っていた。
でも本当はロゼに気づいてほしかったのだと、気づいてもらえた今、やっと理解した。
ロゼも同じ気持ちでいてくれた。私を愛してくれていた。
その事実に私の魂が快哉を叫ぶ。
「愛してる、私のロゼ。絶対に君を離さないよ」
♢♢♢
その時、扉をノックする音が聞こえた。部屋に入ってきたのはアルフだった。
「フェリクス、やっと鼠の居場所がわかった。あとは捕まえて白状させるだけだな」
「私の予想どおりなら、明日の聖女祝福の儀式の場で、おそらく教会派はロゼを断罪する。そして私と聖女との婚約を父上に進言するだろう」
「時間がねえな、んじゃ俺、今から行ってくるわ」
「潜伏先はどこ? 私も一緒に行くよ」
「お前さ、王太子なんだからじっと待ってろよ。主を危険にさらすわけにはいかねえだろうが」
アルフの訴えを無視して、侍従に命令する。
「気配を悟られないよう少人数で向かう。剣を用意してくれ」
「かしこまりました。私もお供いたします」
私は漆黒のローブを纏うと、その下に剣を忍ばせた。
三十分ほど馬を走らせると、王都の北の外れの宿についた。
そこに潜伏しているのは、私が調査している件に深く関わっている闇魔術師だ。
「時間ねえから強行突破で行くか」
アルフが肩を回しながら宿の階段を上っていく。私と侍従もそれに続いた。
二階の最奥の部屋の前に立つと、アルフが扉を蹴り破った。
「だ、誰だ?!」
部屋で寛いでいた男がこちらを凝視する。
ちなみに今、男の胸元にしなだれ掛かっている茜色の髪の女は情報屋だ。今回も随分と高値で持ち掛けてきたが、まあ仕方あるまい。
「聖女の件について尋ねたいことがある、と言えば教えてくれるかな」
私が笑いかけると男の顔色が変わった。その男はすぐさま部屋の窓から飛び降りた。
私達もすぐに男の後を追って、二階の窓から飛び降りる。
部屋に残った情報屋の女は「血気盛んな若者ってステキ」と、ほくろのある口元をニッと歪めた。
地上に降りた男は銀色の術具を右手に持つと、すばやく闇魔術の術式を展開した。すると私達の前に、闇魔術で作られたおよそ五百体のオオカミ型の魔獣が現れた。
「大陸で禁忌とされている闇魔術をこうも堂々と使うとはね」
私が剣を抜くや否や、魔獣達が牙を向いて飛び掛かってきた。
「おいフェリクス。無茶はすんなよ!」
「私も一応イグニス閣下の教え子なんだけど?」
私とアルフは、次々と襲い掛かってくる魔獣を剣で薙ぎ払っていく。
「ラッド、まさか息上がってねえよな」
アルフの投げかけた言葉に、黒縁眼鏡を外して赤い瞳を露わにした侍従が言い返す。
「ふっ、私を誰だと思ってんですか。それより魔術師を仕留めて下さい。魔獣は術具を破壊すれば消えます」
「りょーかい。くっそ、犬共が邪魔で近づけねえな」
周囲を護るように取り囲んでいる魔獣のせいで、闇魔術師との距離を詰めることができない。
「念のため持ってきてよかった」
私は右手の剣で魔獣を捌きながら、左手で引き金式の弓をローブの下から取り出した。
「フェリクス、いい武器持ってんじゃん!」
「私共が魔獣の相手をいたします。殿下は術者を狙うことに集中してください!」
「ああ、わかった」
単独で兵士百人に匹敵する戦力を誇る二人は、私の側で電光石火の如く魔獣を斬り払っていく。
私は術者が手にしている銀色に光る術具に狙いを定めた。
「狩りは得意なんだよ」
放った矢は術具に命中し、その瞬間に魔獣は消滅した。
アルフがすぐさま闇魔術師に飛び掛かり、腹を蹴り上げた。
いつの間にか眼鏡をかけ直した侍従は、うずくまった男を縄で縛り上げて口に拘束具をつけた。
私は闇魔術師の元へ近づくと、その男の顎を持ち上げた。
「まだ死なせないから安心して。君には洗いざらい白状してもらうよ」




