33 波乱の舞踏会 聖国の王太子ミハイルの挑発
ロゼが足早に会場を出ていくのが見えた。
「今日の彼女は、まるで美の女神が顕現したかのような美しさですね」
私はブルーブロンドの髪の毛先を弄びながら、ロゼの後を追おうとしていたフェリクス殿下に声をかけた。
「今日彼女が着ているドレスは、情熱的な深紅の薔薇をイメージして作らせたんですよ。ロゼの魅力を最大限に引き立てるデザインでしょう? 彼女はものすごく喜んでくれたんですよ、こんな素敵なドレスは初めて着るのだと言って。
今まではロゼの美しさをわざと損なわせるような思惑のあるドレスばかり着せていたようですね、王家の指導で。まあドレス一つで彼女の美が損なわれることは決してないのですけどね。グランサフィル王国では、美しいことがまるで悪であるかのように捉える風潮でもあるのでしょうか。それとも、彼女の美しさを周りに気づかれたくない狭量な人間が、彼女の近くに存在するのでしょうか。そんなことをしても無駄なのにね、彼女の美しさを隠すことは誰にもできない。
いずれにせよ、ロゼがこの国にいることは不幸ですね。国にとっても彼女にとっても。我がフォルトア聖国なら、ロゼを幸せにしてあげることができますよ。美しいものを美しいと正しく認めてあげられるのです。
我が国の『傾国の妖精』の伝説をご存知ですか? あれは妖精が悪いのではなく、妖精に勝手に心酔して堕落した王が愚かなのですよ。私だったらそんな愚かな王にはなりませんね。妖精を愛しながら、国を正しく導く自信があります。
どうですか。私の話を聞いて、ロゼを私に託す方がよいと思いませんでしたか? あなたと聖女殿が結婚すれば、全てが丸く納まると思いませんか?」
私は幼子を諭すような表情を浮かべ、淀みなく述べた。
フェリクス殿下は、サファイアの瞳の奥から鋭い光を放ちながら言った。
「一生を共にする女性はロゼ以外考えられません。彼女は絶対に誰にも渡しません、もちろんあなたにも」
そして彼は「急いでいるので失礼する」と言い残し、ロゼを追って会場から出ていった。
♢♢♢
「流石に煽りすぎでしょう、ミハイル殿下」
濃紺のスーツを品よく着こなしたルシアンが苦言を呈してきた。
今日の彼は長めの前髪を後ろに流している為、美麗な顔が余計に際立っている。こうして正装しているとレオン殿にそっくりだね。
私は彼の美しい顔を眺めながら言った。
「何のことかな、ルシアン。私は彼に我が国のドレスの素晴らしさについて力説していただけだよ」
「首飾りのエメラルドといい、ダンスといい、見せつけるような真似をして。あいかわらず底意地が悪い御仁だ。ドレスだってわざと露出が多いものを用意したんでしょう」
「ふふ、お褒め頂き光栄だな。あのデザインを着こなせる令嬢はそういないからね、令嬢達の憧れのドレスであることは間違いないよ。妹のアイリーンもあの形の瑠璃色のドレスを着て夜会に出たのだけどね。会場中の男性が見惚れていたよ。翌日には求婚状が国内外から殺到して大変だったなあ」
「⋯⋯アイリーン王女も『傾国の妖精』の末裔ですからね、どんなドレスを着ても注目を浴びるでしょう」
ルシアンのアメジストの瞳が一瞬だけ揺らいだのを、私が見逃す筈ないよね。
「今や社交界では『天上の青薔薇姫』と呼ばれているよ。まあアイリーンは勝手に上手くやるだろう。それより私が心配なのはロゼだよ。フェリクス殿下も本気を見せてくれなきゃ、可愛いロゼは任せられないよ」
「同感ですね。ところで、あんな長台詞を吐いて喉が渇いたでしょう」
ルシアンはそう言うと、給仕の銀盆からワインを受け取って私に差し出した。




