32 波乱の舞踏会 王太子フェリクスの動揺
会場に現れたロゼを見て、女神が降臨したのかと思った。
深紅のドレスを纏った彼女は、この上なく美しく妖艶だった。
いつもは隠されている白く細い肩が剥き出しになり、真珠のように光り輝いている。そして身体に沿った形のドレスは、ロゼの女性らしい曲線美を強調している。
吸い寄せられるようにロゼに近づく。
そしてロゼの隣に立った私は驚愕した!
これはどういうことだ⋯⋯
私は視線を胸元に縫い付けられてしまった。
深く切り込んだドレスの胸元から、豊かな双丘の谷間が覗いているではないか!
私の心臓が、全力疾走したかのように早鐘を打ち始めた。
私は無理矢理に胸元から視線を引き剥がし、「とても綺麗だね」と言うだけで精一杯だった。
今日のロゼは危険だ。ライオンの群れに兎が飛び込むようなものだ。あまりのことに物申したかったが、先日の茶会の件もあり、狭量なことは言うまいと必死で耐えた。
ファーストダンスが始まった。私はロゼの手を掬い取る。
エメラルドの瞳が私を見上げた。心臓を射貫かれたように一瞬息が止まる。
ロゼの細い腰に手を回して引き寄せると、身体の感触が手袋越しに伝わってくる。首筋から放たれる甘い薔薇の香りは、まるで蝶を引き寄せる花のようだ。
頭がくらくらする感覚を必死で押し留め、ワルツの旋律に意識を集中させる。
ロゼを見下ろすと、ステップを踏む度に双丘がふるふると揺れるのが見えた。
「⋯⋯!」
私は(落ち着け落ち着け)と心の中で呪文のように唱え、邪念を振り払う。
王族の教育で培った、強靭な理性を発揮する場面だ。耐えろ、耐えてみせる。
一曲目が終わった。
このままの姿で他の男とも踊るのか? 本気か?
エメラルドの首飾りを褒めるふりをして、胸の谷間を凝視する姑息な男がいてもおかしくはない。
「よくポーカーフェイス崩れなかったなあ。さすが王族。にしても今日のロゼちゃんやばくねえ? 男共の視線がすげえわ」
側で護衛についているアルフが、私だけに聞こえるように囁く。私は目を瞑り、腹の奥底から込み上げてくる何かをぐっと堪えた。
二曲目はユリウスと踊っている。あいつはまだロゼの事を諦めていないのか?
あの茶会の後、確かタチアナ女史に厳しく注意されたはずだ。だがユリウスは人に甘えるのが昔から上手い。すぐに人の懐に入り込んでしまうため全く油断できない。
ユリウスが去り際に何か言ったのだろう。ロゼの顔が赤くなっている。聖女が踊りながら私に話し掛けてくるが、全く頭に入ってこない。
三曲目はイバン・ランベール伯爵令息が誘いにきた。彼も要注意人物だ。
秘密裏に調べさせた所、彼は女性からの誘いが絶えない人物で、『マダムキラー』の異名で夜会を渡り歩いているという報告がきた。
ランベール伯爵令息は、踊りながらロゼの胸元をずっと凝視している。何を堂々と見ているんだ! 殺気を飛ばすと、こちらに気づいた彼は薄っすらと笑みを浮かべた。そして再度ロゼの胸元に視線を戻したではないか。私は頭の血管が切れそうになった。
そして今度はジャシル国王がロゼと抱き合っている。ジャシル流の挨拶のハグにしては、抱き合っている時間が長すぎないか?
それを見たアルフが茶化してくる。
「ガッツリ抱き合ってるじゃん。まるでライオンに食われてる兎だな。しかもジャシルの王様ほぼ上半身裸じゃねえか。マジで理想的な筋肉だよな。あんな立派な大胸筋に抱かれたら、たいていの女は落ちるだろうな!」
慌てて駆けつけると、ジャシル国王はロゼを第七妃として国に連れ帰ろうとしている所だった。
⋯⋯もうロゼを退席させた方がいいか。
疲労困憊になっている所へミハイル殿下が現れた。もうこれ以上は止めてくれ。
ジャシル国王から奪い返し、そのまま私の腕の中へ留め置いていたロゼを、彼は強引に連れて行った。
ミハイル殿下は必要以上にロゼを抱き寄せて踊りながら、こちらを見ている。一体何のつもりだ。ああそうか、私を挑発しているのか。
沸々と怒りが込み上げてくる。
やっと曲が終わりロゼを迎えに行くと、ミハイル殿下がロゼの首飾りに触れながら求婚していた。今日のロゼのエメラルドの首飾りは彼女の瞳の色だとばかり思っていたが、ミハイル殿下の色をつけさせていたのか。
どいつもこいつも私の婚約者に纏わりついて。
怒りで目の前が真っ赤に染まり、気付いたらロゼの腕を掴んでいた。




