28 ミハイル兄様からの贈り物
さすがに言い過ぎた!
お茶会でフェリクス様に思いきり言い返してしまった。
冷静になって考えると非常に気まずい。
間違ったことは言ってない筈だけれど、もっと言い方というものがあったと思うの。
それにフェリクス様の言葉を最後まで聞かずに、自分の言いたいことだけ言って帰ってきてしまった。
良くない、あの態度は良くないわよプリムローズ。
これでは地味な女から、気の強い女へ印象が変わっただけね。修道院に入る前に一度でいいから可愛いと思われたい、というささやかな願いが潰えたわ。
それにユリウス殿下の告白にも驚いた。この件はどうすればいいのかしら? そもそも私はフェリクス様の婚約者だから、迂闊にお返事するのも憚られるし⋯⋯
頭を抱えて考え込んでいる私を気遣って、アンヌが紅茶を淹れてくれる。
「先日お嬢様が美味しかったと絶賛されていたカフェの紅茶ですよー。これ飲んで元気だして下さいませ」
「うう、ありがとうアンヌ。あなたもぜひ飲んでみてね。本当に美味しいから」
買い忘れたことを私が悔しがっていたので、わざわざ買ってきてくれたのね。
アンヌが淹れてくれた紅茶はオレンジの爽やかな香りがして、幾らか気持ちが落ち着いてきた。
私が紅茶の香りに癒されていると、兄のルシアンが部屋を訪ねてきた。
「ロゼ、フォルトア聖国からドレスが届いたよ」
様々な大きさの箱が、数名の侍女達によって部屋に運び込まれてくる。
ルシアンがソファの対面に腰をおろし、紅茶のカップを優雅に口に運びながら尋ねてきた。
「で、茶会でひと悶着あったらしいね?」
「お兄様、どうせ全部聞いているんでしょ」
「まあね。あんなに落ち込んでるフェリクスは初めて見たよ。面白くてアルフと二人で揶揄ってきた」
「それでお兄様、探りを入れて来いとでも言われたの?」
「そんなことは頼まれてないけどね。ロゼはどうするのかな、この先」
私は飲み終えた紅茶のカップをテーブルに置いた。
「わたくしの一存では何も決められないもの。王家のご意向に従うまでだわ」
行く末は修道院送りですけどね、と私は心の中で独りごちる。
ルシアンは気怠げにソファに背をあずけると脚を組んだ。
「ユリウス殿下も随分とロゼにご執心なようだし、もしフェリクスとの婚約が駄目になったら第二王子妃にでもなる?」
「馬鹿な事を言わないで。ユリウス殿下は純粋でお優しい方だからわたくしに同情なさっているのよ。今は同情と愛情を混同なさっているのかもしれないわ」
「ユリウス殿下が純粋ねえ」
ルシアンはもの言いたげな視線を向けてくる。
「とにかく。もし婚約が駄目になったら、もう王家と関わるつもりはないの」
突然、部屋の入口付近から声がした。
「じゃあ私のお嫁さんになるかい?」
驚いて振り向くと、ミハイル兄様が部屋の壁にもたれ掛かったまま、腕を組んでこちらを見ていた。
「ミハイル兄様、いつの間にいらしてたの? お会いしたかったわ!」
ミハイル兄様は四歳年上の私の従兄弟で、母の祖国フォルトア聖国の王太子である。
母や私と同じエメラルドの瞳を持ち、ブルーブロンドの長髪を後ろで一つに束ねている。
すらりとした体躯で、美しく中性的な顔立ちのミハイル兄様は、まるで神話に出てくる精霊エルフのようだ。
フォルトア聖国には毎年バカンスの時期に訪れていて、幼い頃は従兄弟のミハイル兄様によく遊んでもらった。ここ数年は王太子妃教育がハード過ぎて、聖国を訪問する機会がなかったのだけれど。
ミハイル兄様が笑顔でこちらに歩み寄ってきた。微かにベルガモットの良い香りが漂ってくる。
「私も会いたかったよ、可愛いロゼ。確か三年ぶりだね。会わない間にまた綺麗になったね」
ミハイル兄様は、まるで眩しいものでも見るように目を眇めた。
「ミハイル兄様、どうしてこちらに?」
「昨日入国したんだけど、王宮の客室にいても退屈でね。ルシアンにこっそり連れ出してもらったんだよ」
今日はお忍びだからか、黒いシャツに白のパンツという簡素な格好なのに絵になるのは流石だ。
「歓迎レセプションまで会えないのかと思っていたわ。ドレスもありがとうミハイル兄様。開けてもいい?」
「ああもちろんだよ」
侍女達が一番大きな箱から一着のドレスを取り出した。
そのドレスは深く鮮やかな紅赤色をしていた。
重厚感と上品な光沢があり、柔らかく滑らかな手触りだ。肩紐がなく肩とデコルテを大胆に見せる形で、胸元が深く切れ込んでいる。上半身から腰下までは身体の曲線に沿い、そこからは流れるように広がるシルエットだ。
「こんな素敵なドレスは初めてみたわ! ありがとうミハイル兄様、とても嬉しい!」
「ロゼの白い肌には深紅がよく似合うからね」
「昔、兄様から貰ったリボンと同じ色ね」
ミハイル兄様はエメラルドの瞳を細めて優しく微笑んだ。
「ところでさっきの話だけど、婚約者殿とうまくいってないのかい?」
「ええまあ。ちょっと、いえ、かなり言い過ぎてしまって」
「詳しくはわからないけど、お互いきちんと話し合った方がいいよ。それで駄目なら私の所に嫁いでおいで」
ミハイル兄様はそう言って、いたずらっぽく片目を瞑った。
「兄様ったらあいかわらず冗談ばっかり。でもありがとう、もう一度きちんと向き合ってみるわ」
「ミハイル殿下の言うことには随分素直に耳を傾けるんだね、ロゼは」
ルシアンはそう言って肩をすくめた。
早速フェリクス様に謝罪の手紙を送ったら、その日のうちにフェリクス様の侍従が返事を届けにきた。
私に対する謝罪と、歓迎パーティはエスコートさせてほしいという内容が流暢な文字で書かれていた。




