23 ある生徒会役員の確信
最近、学園内である噂が広まっている。
『フェリクス殿下はプリムローズ様との婚約を解消して、聖女であるデイジー様と婚約を結び直すのではないか』
僕は、その噂はデマだと確信している。
♢♢♢
僕はこの学園の三年生で、生徒会役員の会計を担当している。
兄は宮廷勤めの文官だけど、僕は数学や天文学が好きなので、学園を卒業したら研究施設に進みたいと思っている。ちなみにクラスメイトからは「博士君」って呼ばれている。
フェリクス殿下の婚約者のプリムローズ嬢とは三年間同じクラスだが、一度も言葉を交わしたことがない。彼女には見えない大きな壁があるというか、近寄りがたい空気があって、クラスメイト達も皆遠巻きに見ている。
でも僕はプリムローズ嬢がとても優しい人だと知っている。
教科書を忘れた隣の席の子に、自分の教科書が見えるようスッと差し出している所。学園内で迷子になっている新入生を教室まで案内してあげている所。そういう場面を遠くから見ていて、外見だけでなく心も綺麗な人なんだろう、一度でいいから話してみたいとずっと思っていた。
ある時、僕の目の前を歩いていたプリムローズ嬢がハンカチを落としたことがあった。
彼女はそれに気づかないまま、どんどん歩みを進めていた。
(これは言葉を交わす千載一遇のチャンスだ!)
レースで縁取られた真っ白なハンカチにはピンクの薔薇の刺繍が施され、清楚で可憐で気品のある彼女自身と重なってみえた。
僕は震える手で、そのハンカチを拾おうと手を伸ばした。
――その時、誰かに手首を掴まれた。
驚いて横を見ると、温度のないサファイアの瞳が僕をじっと見つめていた。
「え、あ、あの。フェリクス殿下?」
「うん?」
フェリクス殿下がハンカチに目を落とすと、黄金の髪がさらりと流れた。
彼は僕の手首を掴んだまま、そのハンカチを拾いあげた。
「これは私が拾得物として預かっておくよ」
そしてハンカチをポケットに仕舞うと、僕に向かって美しく微笑んだ。
僕はしばらく身体の震えが止まらなかった。
*
またある時、僕は生徒会室で書記のダニエルと二人で作業しながらお喋りをしていた。
「それでさあ、プリムローズ嬢がプリンを食べて笑顔になったときの顔が最高に可愛すぎて天使なんだよ!」
僕は食堂で見た、彼女の天使のような笑顔に衝撃を受けた。
興奮冷めやらぬまま、彼女の素晴らしさをダニエルに熱弁してやったら、あいつも「へえ、ただでさえ凄い美人なのに、笑うと天使になるの? やばいな、俺も天使に会いたい。今度食堂行こうかな!」と身を乗り出してきた。
ふいに視線を感じて生徒会室の入口に目を向けると、フェリクス殿下が壁に寄り掛かったまま、腕を組んでこちらを見ていた。
「天使は尊い存在だから、人間が迂闊に手を伸ばしてはいけない。とある書物にそう書かれていたよ」
サファイアの瞳から放たれる凄まじい圧に、僕とダニエルは身震いした。
次の瞬間には、フェリクス殿下はいつものような穏やかな笑顔に戻っていた。
「さあ、会議の準備を始めようか」
僕は、噂はデマだと確信した。
フェリクス殿下とデイジー嬢が婚約なんてありえない。
彼がプリムローズ嬢を手放すはずがない。
♢♢♢
他校との交流会の帰り。
生徒会役員で王都のカフェに立ち寄ると、クラスメイトのジェフやイバンも来ていた。
なんと同じテーブルにプリムローズ嬢が座っているじゃないか!
僕は翌日、教室に入るとすぐにジェフに声をかけた。
「おはようジェフ。昨日プリムローズ嬢と一緒にカフェに居ただろう。めちゃくちゃ羨ましいよ!」
「おはよ、博士君。彼女達とはたまたま居合わせたんだけど、本当に幸運なひとときだったよ。フルーツタルトを食べている時のプリムローズ嬢は天使だった」
昨日のことを思い出して惚けているジェフに、僕も激しく同意する。
「てっきり三対三のグループデートかと思ったよ」
「いやいや、最初は男三人で行ったんだ。俺がデートの下見がしたいって言って、無理矢理イバン達を誘ったんだよ」
「デートの下見って⋯⋯まさかデイジー嬢との?」
「そうだよ。デイジー嬢に、王都で人気のカフェに行こうって誘われたから、せっかくならスマートに案内したくてさ。でもデイジー嬢が博士君達と連れ立って来たから驚いた。グループデートって誤解されてたら気まずいなあ」
うわ。デイジー嬢、やっぱりいろんな男を誘ってるのか。
こないだも書記のアドルフを誘ってたし。個室もあるから二人で行きませんかって。それに加えて、デイジー嬢の大本命はフェリクス殿下だ。ジェフが幸せになる未来が全く思い描けない。
「お前さ、デイジー嬢が他の男にも同じこと言ってるって知ってるのか?」
「うん、それはなんとなく気づいてるけど⋯⋯でも頑張れば俺が選ばれる可能性はあるだろ?」
「ん-、お前がそれでいいなら僕は何も言わないけどね」
デイジー嬢ってほんと罪作りな女だよなあ。僕はそういう女の子に引っかからないように気を付けないと。
生徒会役員でデイジー嬢から誘われたことのない男って、僕だけなんだけどね。




