21 麗月の公爵と観劇デート
今日は父と一緒に観劇に行く日。
父は宰相という立場の為、多忙を極める毎日を送っているが、こうして時折私と過ごす時間を作ってくれる。
夜のお出かけなので、少し大人っぽく仕上げてもらうことにした。アンヌ曰く、今日のテーマは月夜の女神だそうだ。
光沢のあるシルバーのスレンダーラインのドレスに、胸元にはアメジストの首飾り。ピンクブロンドの髪はアップにし、露わになった耳元には三連ダイヤの耳飾りが揺れる。
唇に深い赤色の紅をさすと、中々に艶っぽい淑女の出来上がりだ。
「今日は一段と美しいよ、ロゼ。外に出すのは危険だな」
「お父様の隣で見劣りしないように、アンヌに頑張ってもらいました。お父様はいつも大勢の女性に囲まれてしまいますから、今夜はわたくしが風除けになりますわ」
「それは頼もしいね。ロゼに敵う女性など、どこを探してもいないだろうからね」
「まあ、お父様。さすがにそれは言い過ぎですわ⋯⋯」
父の過剰な称賛に、私はなんだか居た堪れなくなってしまった。
劇場に足を踏み入れると、楽器を携えた天使が描かれた美麗な天井絵と、絢爛なシャンデリアがホールを煌びやかに演出していた。
父から差し出された腕に手を添え、赤絨毯の敷かれたホールの大階段を上っていくと、あちらこちらから感嘆の溜息が聞こえてくる。
「麗月の公爵様よ! いつ見てもやっぱり素敵!」
「まあ、同伴されているお綺麗な方は恋人かしら」
「お隣にいらっしゃるのはお嬢様よ。奥様の若い頃にそっくりだわ。美男美女でまるで恋人同士のようね」
銀髪紫眼の父は四十歳とは思えないほど若々しく、彫像のように美しい顔をしている。今日は濃灰色のスーツを着こなし、大人の色気を溢れんばかりに放っている。
貴婦人のみならず、若い令嬢達までもが見惚れているのは、今日に限らずいつものことだ。
周囲の注目を一身に浴びながら、私達はボックス席へ足を運んだ。
演目は『王子とナンシーの真実の愛』。さまざまな障害を乗り越えて結ばれる、王子様と平民の娘ナンシーの身分差の恋物語だ。王子の婚約者のイザベラは嫉妬に狂ってナンシーを苛め抜き、最後は婚約破棄されるというお決まりの演出なのだけど。
私は、イザベラと自分の姿を重ねて号泣してしまった。だって彼女、最後は断罪されて修道院送りになるのよ!
(今の私には酷だわ、この演目は!)
私が涙をぽろぽろと溢れさせるのを、父は横からハンカチで優しく拭い取ってくれた。
この歳になっても父にお世話をしてもらうなんて恥ずかしいけど、涙は止まってくれない。
「あ”りがとうございます”ぅ、お”父様ぁ」
鼻をすんすん鳴らしながら父にお礼を言うと、父は満足そうにアメジストの瞳を眇めて、よしよしと頭を撫でてくれた。
舞台が終幕し、父のエスコートで馬車まで歩く道すがら、二人でとりとめのない話をする。
夜風が冷たいだろう、と自分のジャケットを私の肩に掛けてくれる。どこまでも素敵な紳士だ。
「お母様も観劇はお好きでしたね。よく屋敷でも劇中歌を楽しそうに口ずさんでいたわ」
「ああ、よく二人で劇場に足を運んでいたよ。オフィーリアは感激屋でね。観劇中は泣いたり笑ったり、ころころ表情が変わるんだ。口元を押さえて涙目になっている姿なんか、それはもう可愛くてね。そんな彼女を上演中ずっと眺めていたから、劇の内容なんて全然覚えてなくて。それで彼女はよく怒っていたよ、感想を語り合いたいのに、って」
父は歩みを止めると、遠い昔の思い出をなぞる様に目を綴じた。
「お父様とお母様は、わたくしにとって理想の夫婦ですわ。お母様はお父様に愛されて、とても幸せそうでしたもの」
「ロゼはフェリクス殿下と幸せになれそうかい」
「わたくしは⋯⋯」
もうすぐ修道院送りになるんです、とは言えず、微笑んで誤魔化す。
自分の娘が、まさか物語の悪役令嬢だなんて、夢にも思わないだろう。私が断罪されて修道院送りになったら、父はとても悲しむでしょうね。
(親不孝をお許しください。お父様の幸せを修道院よりお祈りいたしますね)
感傷的になった私は、父の腕に添えた手に力を込めた。
心のうちを見透かしたように、父は私の頬に手を当てて言った。
「ロゼ、悩んでいることがあればいつでも言いなさい。私はどんな時でもロゼの味方だよ」
私を見つめる父の美しいアメジストの瞳は、いつも慈愛に満ちている。
「ありがとうございます。お父様、大好き」
私が子どもの頃のようにぎゅっと抱きつくと、父は笑いながら優しく背を撫でてくれた。
父の肩越しに見える夜空には、大きな銀色の月が煌々と輝いていた。




