19 クラス委員長イバンは牽制される
突然話しかけられて振り向いたら、そこに立っていたのはプリムローズ嬢だった。
彼女の方から話しかけてきたのは初めてだったから、かなり驚いた。
久しぶりに学園に来た彼女は雰囲気が違っていた。
いつも一つにきつく結んでいた髪を、今日はゆるめに編んでいる。薄く化粧もしているのだろうか。前から綺麗な子だと思っていたが、華やかな雰囲気が加わって一段と綺麗に見えた。
しかも今まで禄に話したことがなかったのに、いきなり二人での打ち合わせに誘われるという急展開に面食らうが、美女とお近づきになれるのは嬉しいので素直に彼女に従う。
昼休みに図書館の入口で待ち合わせる約束をしたが、どうせならついでにランチも誘えばよかったか? だけど急に距離を詰めると警戒されるかもしれないから、ランチはまあ次の機会でいいかと思い直す。
ランチタイムに食堂に行ったが、その食堂の一角が俄かにざわつき始めた。その方向を見ると、プリムローズ嬢が友人と一緒に食事をしているところだった。特に変わった様子もないように見えるが、何の騒ぎだろうと思っていたらクラスメイトの一人が興奮して俺に近づいてきた。
「プリムローズ嬢が天使!」
「彼女がどうかした? 天使って何?」
「だから彼女がプリンを食べて笑顔になったときの顔が最高に可愛すぎて天使なんだよ!」
そいつは早口で捲し立て、天使降臨とか言いながらその場を去っていった。一体何だったんだ?
待ち合わせにやってきた彼女と一緒に図書館へ入り、空いている席を探す。窓際近くにある机に向かい合わせに座り、会議の資料を取り出した。
俺は机に頬杖をつきながら、俯いて資料に目を通している彼女を眺める。
窓から差し込む陽を受けて、彼女の長いまつ毛が顔に影を作っている。頬に落ちた一筋の髪を耳にかける仕草に、無意識に見惚れている自分に気づく。
俺は褐色の肌と黒髪にトパーズの瞳をしている。この異国風な見た目は案外受けがよく、女性に言い寄られることが多い。特に年上の貴婦人にモテる為、『マダムキラー』なんて嬉しくもない異名までついている。それなりに男女交際の経験もある俺は女慣れしていると自負していたが、プリムローズ嬢を前にすると調子が狂う。
ふと、プリムローズ嬢が視線を上げてこちらを見た。
長いまつ毛からエメラルドの瞳が現れた。心臓を射抜かれたように息が止まる。
「クラス運営の予算の増額を要望する件だけど。備品の仕入れ先を替えたら予算内に収まるのではないかしら」
「ああ、うちのクラスは今までの慣習でコモラド商会に一括注文してたんだっけ。確かに商会の言い値で購入していたから、交渉する余地はあるな」
「貴族相手だから、ふっかけている可能性もあるわ」
「ははっ、まさか君の口から、ふっかけるって言葉が出てくるなんてな」
「あらやだ、つい」
目を見合わせて、それから小声で笑い合った。すましてると大人びた美女なのに、こんな風に笑うと可愛いな。
それから雑談で、母がタランチェロ国出身だと言ったら、彼女はタランチェロ語が話せると胸を張った。そして流暢な発音で自己紹介をし、両手を胸の前で合わせて指先を上に向けるタランチェロ流の礼までしてみせた。王太子妃教育で他国の言語を学ぶらしいが、まさか遠方の小国の言葉まで話せるとは驚いた。
「今は最南端の島国の少数民族が使うジャシル語に苦戦しているの。文の構造が他のどの言語とも似てないのよ。イバン様のお父様はジャシル語には精通していらっしゃる? コツがあればご教授頂きたいわ」
「外交官の父でさえマイナー言語は通訳使うよ。王族の教育って容赦ないんだな」
そんな風に和やかに談笑していると、フェリクス殿下、アルフレッドと小柄な女子生徒が現れた。この女は確か最近編入してきた聖女様だっけ?
アルフレッドが「よっ、イバン、ロゼちゃん元気?」とこちらに手を挙げながら歩み寄ってくる。
アルフレッドは一度話しただけで「俺ら友達な」ってスタンスの男なので、一度廊下で教科書を拾ってあげただけの俺のことも呼び捨てにしてくる。
「ロゼちゃん、もう出てきて大丈夫なんだ? 大きな怪我なくてよかったな」
「ええ、すっかり元気になりましたわ。気にかけていただいてありがとうございます」
「あたしも心配してたんですよー。ところでイバン様とプリムローズ様って仲良しなんですね! 美形のお二人が一緒にいるとお似合いで素敵です☆」
聖女は両手を胸の前で組み、きらきらした目でこっちを見てくる。
「おいおいデイジーちゃん、ロゼちゃんはフェリクスの婚約者なんだからそんなこと言っちゃ駄目だって」
「あっ、そうでした。イバン様とお似合いすぎて、つい⋯⋯ごめんなさいっ」
へえ、聖女はフェリクス殿下狙いか。俺を利用して婚約者同士の仲に波風立てようだなんて、小賢しいこと考えるね。というか俺この女と話したことないのに、名前知られてるのは何で?
俺は一応弁明しておくことにする。
「今日の会議の打ち合わせをしているだけですよ。俺達二人はクラスの代表だから」
「そうですわ。わたくしとイバン様は円滑なクラス運営のために、協力関係を築いている最中ですの」
プリムローズ嬢も、何も疚しいことはないと言わんばかりに堂々と言ってのける。
生徒会長のフェリクス殿下は、いつものように穏やかな表情で俺達に言った。
「いつも学園のために尽力してくれてありがとう。放課後の会議でまた会おう」
そしてプリムローズ嬢に近づき小声で伝えていた。
「君が階段から落ちて生きた心地がしなかったよ。元気な顔を見ることができて安心した」
「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
プリムローズ嬢は、貴族の手本のような笑みを貼り付けて返答していた。
彼女は婚約者に対しては意外と他人行儀なんだな、さっきまですごく可愛い顔で笑ってたのに。相手が王族だからか? まあ、俺には関係ないことだけど。
去り際にフェリクス殿下が俺に向かって、一瞬だけサファイアの瞳の奥から鋭い殺気を放ってきた。もちろんプリムローズ嬢には気づかれないように。
俺は殺気をかわしながら、薄っすらとした笑みを返した。
アルフレッドが、君も大変だねと言いたげな視線を向けてきたので、俺は肩をすくめてみせた。




