18 そういえばクラス委員長でした
学園の各クラスには、クラス委員長が男女一名ずついる。本人の希望などお構いなしに、学業の成績が一番上の男女が選ばれる。優秀な私はもちろんクラス委員長(女)に選ばれている。
階段から落ちて以降、しばらく自宅で静養していた私は、久しぶりに学園に顔を出した。
そして、同じくクラス委員長(男)のイバン・ランベール伯爵令息に声をかけた。
彼はランベール伯爵家嫡男で、お父様は国内外を飛び回る優秀な外交官。南東の国タランチェロで出会った奥様とは、熱烈な恋愛結婚だと専らの噂だ。
母方の特徴を色濃く受け継いだ彼は、褐色の肌、黒髪にトパーズの瞳をしている。
シャツのボタンを二つ開けて制服をラフに着こなしている彼の、目元の泣きぼくろに同年代とは思えない色気を感じる。
「ランベール伯爵令息、ごきげんよう」
後ろから声をかけると、彼はビクッと肩を揺らしてこちらを振り返った。
クラスメイト達も一斉にこちらを凝視している。
「ずっとお休みしていたから、あなた一人にクラス委員長のお仕事を押しつけてしまう形になってごめんなさい。今週の日誌はわたくしが書くわね」
「アメティスト公爵令嬢、もう学園にきて大丈夫なの? クラスの仕事は何も問題ないよ。それから俺のことはイバンと呼んでもらって構わないよ」
「ではわたくしのこともプリムローズと」
「ところでプリムローズ嬢、突然どうしたの? 君は王太子殿下の婚約者だから、異性とは口をきいてはいけない法律でもあるのかと思っていたよ。俺達、今まで筆談しかしたことなかったよね」
「そんな法律は勿論ないわ。今までごめんなさい。わたくしが自意識過剰だったの」
今まで日誌の受け渡しやクラス委員長の連絡事項は、相手の机の上にメモを残したり、共通の知り合いの令嬢を介していた。これはいけない、知り合いの令嬢にもなんと厚かましいお願いをしていたのか。あとで謝ろう。
そもそもクラスの円滑な運営の為には、クラス委員長同士コミニュケーションを積極的にとるべきだ。少なくとも前世で私はクラス委員長を経験している。ここは存分に経験を活かすべきだろう。
よし、と気合いを入れた私はイバン様に提案した。
「今日の放課後の会議、一緒に行きましょう。あ、その前に会議で発言する内容を精査しておきたいから、昼休みにお時間いただける? 場所は図書館でどうかしら」
「俺としては、ずっとプリムローズ嬢と話してみたかったから嬉しいよ。ランチの後に図書館の入口で待ち合わせようか?」
「それでいいわ、よろしくね」
私とイバン様とのやり取りを、クラスメイト達は固唾を飲んで見守っていた。
◇◇◇
「エミリ様、今まで仲介役を押し付けてしまってごめんなさい。とんでもなく厚かましいお願いをしていたわ。これからは自分で動くことにするから。本当に申し訳なかったわ」
エミリ様はシトレウム子爵家の次女だ。シトレウム子爵家は商会を興して成功し、富を築いた裕福な家門である。彼女はレモン色の瞳、茶髪はねじりを加えたハーフアップにしている、垢ぬけた雰囲気の令嬢だ。
「謝らないでください! 私、プリムローズ様に頼られて嬉しかったんです。これからもお手伝いさせてください。お願いします!」
エミリ様は懇願するように両手を胸の前で組んだ。
「クラス委員長の仕事に巻きこむのは申し訳ないわ。でも友人になってくれると嬉しい。わたくしは流行りに疎いから、いろいろ教えてもらえるかしら。友人と買い物に行ったり、お茶するのが夢だったの」
「喜んでお付き合いさせてください! ああ、プリムローズ様とお友達になれるなんて夢みたい! 私のことはどうかエミリと呼び捨てに」
「でしたら、わたくしのこともロゼと呼んでちょうだい」
エミリは小さく歓喜の声をあげる。
「い、いいのですかっ?! 恐れ多いですから、せめて『様』をつけさせてください、ロ、ロゼ様」
「ええ。慣れてきたら呼び捨てでも全然構わないからね。お互い遠慮は無しにしましょうね」
「はいっ!」
すると、私達のやり取りを聞いていたディアナ様が会話に入ってきた。
「なんだか盛り上がっているようね。あなた達、いつの間に仲良くなったの?」
「たった今よ。わたくしからお願いして、エミリに友人になってもらったの」
するとディアナ様がガーネットの瞳を輝かせた。
「まあ! 素敵じゃない! そのお付き合いに私も入れてくれる? 私のことはディアナと呼んでもらって結構よ」
「もちろん大歓迎よ。これからも仲良くしてくださると嬉しいわ、ディアナ」
「よろしくお願いします、ディアナ様!」
その後、私達三人は親睦を深めるため、食堂で一緒にランチをとることになった。
私は、日替わりパスタセットAを注文した。
「それで、ロゼは体の方は大丈夫なの? 階段からずいぶん派手に落ちたって聞いたわ」
「ええ、このとおり大丈夫よ」
「ロゼ様、本当に無事でなによりです。クラスの皆も心配していたんですよ」
パスタセットに付いているデザートのプリンも美味だ。濃厚な味となめらかな食感がクセになりそう。
プリンの美味しさにうっとりして、思わず笑みがこぼれる。
ちなみにパスタセットBのデザートはチーズケーキらしい。次はそちらを注文しましょう。
そういえばタチアナ女史に、なるべく人前で甘味を食べないようにと指導されたけど意味不明だわね、無視しておきましょう。
プリンを頂きながら会話を続ける。
「あの時、フェリクス殿下自らロゼ様を抱きかかえて医務室に運ばれたんですよ」
「私も人から聞いたわ。殿下が真っ青な顔をして、必死にロゼの名前を呼んでたんですってね」
「そうだったの?!」
「はい、私その場にいたんですけど、『ロゼしっかりしろ!』って叫んでいらっしゃって。あんなに取り乱した殿下は初めてみました」
「うん? 『ロゼ』って呼んでらした?」
「はい、確かに『ロゼ』って連呼されてましたよ」
現場に近かったから、すぐに駆けつけてくれたのだろう。でも、彼が愛称呼びするなんてあり得ない。人が倒れているのを見て気が動転されたのかしら。人間って混乱すると、思いもよらない言動をすることがあるらしいもの。
一度でいいから、あの低くて甘い声でロゼと呼ばれてみたいけれど、それは過分な願望よね。だって私はヒロインではないのだから。
考えても仕方ないわね、と気を取り直して二人に向かって言った。
「わたくしね、新しいドレスを買いたいの。今まで地味な形と色ばかり選んでいたけど、年相応のものが欲しくなって。でも今の流行りがわからないの。ディアナとエミリにアドバイスを貰えないかしら」
ディアナがガーネットの瞳を輝かせた。
「いいわねえ! 今まで思ってたのよ、ロゼはもっとお洒落すべきだって。まかせてちょうだい。あなたの美貌を活かすドレスを選んであげるわ」
エミリがぱちんと両手を合わせて提案してきた。
「それなら、うちの商会が経営するドレス店へ行きませんか? ちょうど新作がたくさん入荷したんです。ディアナ様もよく足を運んでくださるんですよ。ね、ディアナ様」
「そうなの、扱ってる商品のセンスがいいのよね。ドレス店だけでなく同じ建物内のアクセサリーと化粧品のお店もお勧めよ」
「ディアナ様が身に付けるものはすぐに社交界で話題になるから、うちの商会も潤ってるんです!」
エミリに感謝されて、ディアナは満更でもない顔をしている。
「わたくし、友人とお買い物に行くことに憧れていたの! ぜひ行きたいわ!」
私はテーブルに身を乗り出して興奮気味に答えた。淑女らしからぬ行為だったと気づき、慌てて佇まいを直す。
「何だか変わったわね、ロゼ。今までは見えない壁がある感じだったけど。ロゼと仲良くなりたいって、ずっと思っていた私としては嬉しい変化だわ」
「私もずっとロゼ様に憧れていたんですけど、緊張して話しかける勇気が出なかったんです。だからこの状況がとっても嬉しいです!」
「二人ともありがとう。今までの振る舞いは自意識過剰だったと反省しているの。これからは青春を思いきり楽しむつもりよ!」
私が意気込んで言うと、ディアナとエミリが笑顔でうんうんと頷く。
そうして私達三人は、次のお休みに出かけることになった。




