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ケルベロスとは


 シャフトが消えたことで、壊滅状態だった九州の復興が急ピッチで進められた。

 そして、日本政府はやっと海外に目を向けるようになり、ケルベロスの出現で放棄された大陸へ軍の偵察隊を出すに至った。

 戻った偵察隊の報告は驚くべきものだった。

 一時はケルベロスで覆い尽くされていたであろう大地にケルベロスの姿は全く見られず、さらに全てのシャフトが消えていた。

 最も驚きべきことは、わずかに生き延びた人々がコミュニティを作り生活をしていたことだった。中には外部との通信を試みているものもいた。

 国会は市ノ瀬泰造及び市ノ瀬真二郎両議員の議案提出により、直ちに支援を開始した。


 

 

2086年11月 神奈川県 国防省統合軍参謀本部 本部長室


 本部長室のソファーでは、大川平蔵と野嶋高雄がコーヒーを飲みながら海外の最終的な報告書について話をしていた。

 「結局、何もしなくてもケルベロスは勝手に消えたと言うことか」

 最終報告書の中でバイオエレクトロニクス研究所客員教授大久保樹は、『日本を除く各大陸において、捕食のために地上に現れたケルベロスは栄養を十分に摂取したことによって次の段階、つまり繁殖に移り、地上での活動を自ら完全に停止した。そして、再び長い眠りについた』と考察していた。

 「我々の行動はなんだったのか。九州のケルベロスは消えたが、これは勝ったと言えるのだろうか」

 「抗わない方が良かったと?」

 大川の言葉に野嶋が問いかけた。

 「当然、人類としては抗うべきだったろう。しかし、地球として考えたらどうなのだろう」

 大川は腕を組み、天井を見上げながら続けた。

 「皮肉なことに、ここに来て地球の平均気温が2度下がったそうだ。地球の寿命が伸びたと言っている学者もいる。そう考えると、何か余分なことしてしまったような気がしてな。所詮、ヘビに喰われるカエルが抵抗したところで何か変わるものでもない」


 被捕食者は捕食者から逃れるために必死に抵抗する。しかし、その抵抗虚しくほとんどは捕食者の餌となる。つまり抗ったところで、捕食者と非捕食者との関係に変わりはないのだ。そしてそうすることによって捕食者と被捕食者とのバランスが保たれる。どちらかが多すぎても少なすぎてもいけないのだ。万が一、立場が逆転するようなことがあれば、それは両方の生存に影響を及ぼし、場合によっては両者が絶滅することすらあるかもしれない。


 「こんな考え方をしてしまうのは、私も歳を取ったからかな。そろそろ篠原にここを譲るときか」

 大川は体を起こすと、コーヒーカップに手を伸ばした。

 「私はまだ続くものたちを育てなくてはいけません。まぁ、大川本部長もまだまだがんばってもらわなくては」

 野嶋の言葉を聞きながら、大川は冷めたコーヒーを啜った。

 「ケルベロスの次の襲撃に備える必要はあるが、今度のそれは遠い未来だろう。その時、奴らはもっと賢くなっているのかもしれんが、どうするかはその時代を生きる人類が考えればいいことだ」

 「そう言えば子供の頃、一夜にして突然消えた文明について書かれた本を興味深く読んだものでしたが、案外こんな事だったのかもしれませんね。ケルベロスはその存在の痕跡を全く残さないですから」

 野嶋は『冗談ですけど』と付け加え、そして笑った。

 一緒に大川も笑う。

 しかし二人とも心の中では笑わず同じことを考えていた。


 『バランスの崩れた地球という天秤を元に戻すためにケルベロスは現れる』


 それはあまりにバカバカしく、お互い口にする事は出来なかった。

 

 「あ、そうだ」

 大川は手のコーヒーカップを置くと野嶋を見た。

 「研究所も独立遊撃部隊も現体制のまま存続させるつもりだ。引き続き頼む。それと、新たにやりたいことがあるのだろう」

 「お分かりでしたか」

 「部外秘とは言え、先日の戦闘記録を見れば誰もがその可能性を疑わないだろう。ましてや父親ならな」

 野嶋に向ける大川の目は、今までになく優しかった。




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