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砂の鯨は天(そら)に啼く  作者: 銀子


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第4話 ヨミ



 * *



 離れた場所で、三体の『遣い』が倒される。残響を残しながら、あの音が消えていった。


 刀をしまい、街に戻ろうとしたその時、ふいに離れた場所にいたひとつの影が、砂地を蹴りつけこちらに跳躍してきた。人間離れしたそれがイチの傍に着地し、跳ね上げられた砂に、イチが背を向けて避けると、「ああ、すまん」と女の声が言った。


 降り立ったのは、イチとそう変わらない背丈の、やや長身の女だった。薄い金の髪が肩口よりさらに流れ、加えて外套の下に着ているのは、やはりというかチトセの制服だった。


 別の奴が文句を言いに来たのか、と思っていると、ゴーグルを外した女が、口元を覆っていた布を下ろす。整った顔立ちが露わになった。


「なぁキミ、キミってどこから来たんだい?」


「は?」


 胡乱に返すイチに、女は薄い水色の瞳を興奮気味に見開いて言った。


「いやぁ、『刃持ち』ではない者がよそから流れてくるのはよくあるんだが、『刃持ち』が――しかもキミほど腕の立つ者が来るなんて、なかなか珍しくてね」


「どこでもいいだろう」


「だってほら、そういう奴ってだいたい街の討伐係になってるだろう? となると街を離れるのって難しいんじゃないかなって思うんだけどさ。『刃持ち』じゃない人達が許さなさそうっていうか、その辺りどうなの? 他にもいて、わりと自由が利いたとか? もしくは人口の少ない、襲われる恐れの少ない街だったのかな」


 とどまらず話し続ける女に、イチは自分の眉間に皺が寄るのを感じた。見たところ自分よりいくらか年上のようだが、面倒な気配を感じる。無視して去ろうと足を動かしかけたその時、


「まぁ待ちなって」


 言いながら、女は手を伸ばすと、その手でイチの右手首を掴んだ。その瞬間、背筋がぞわりと総毛立つ感覚があった。女の笑みが不穏なものを帯びる。


「この感覚、初めてかい? 『刃持ち』同士が触れ合うとこうなるんだ。ちなみにこうして右の手首を掴まれてると刃を出せないから、覚えとくといい」


 イチは必死で平静を保ちながら、女を睨み返した。


「なにが目的だ」


 すると女の笑みが先ほどのように明るく戻る。


「いやなに、話が聞きたいだけだよ。キミがどこから来たのかなーって」


「聞いてどうする」


「まぁそんなに警戒しないで。そうだ、もし来てくれたら、今後キミの単独討伐に関して、隊長殿からなにも言わせないようにしよう。毎度お小言を言われるの、煩わしいんじゃないかい?」


 イチは怪訝に眉を顰めた。この女はチトセの人間には間違いないだろうが、あの男とどういう関係なのか。およそ立場が上のようには思えないのだが。


 しかしその軽い調子とは裏腹に、口先だけで言っているようにも聞こえなかった。そしてなにより、この不快な感覚から早く解放されたかった。


「……わかった」


 そう返すと、女がニッと笑う。


「よし、じゃああとで『西の杯《さかずき》』に来てくれ。私はこいつらの処理を手伝わなきゃいけないけど、終わったらすぐに行くから」


 手を離した女が、元いた方へ駆けていく。奇妙な感覚は次第に霧散していったが、イチはしばらく動けなかった。




 『西の杯』は、この街にある酒場のひとつだった。窓が小さい上に、所々にオイルランプが置かれただけの薄暗い店内は、昼間から飲んだくれの男で溢れ、酒の匂いと雑多なざわめきに包まれている。そんな中、奥まったテーブルにその女はいた。


 先ほどとは違って外套は羽織っておらず、加えてチトセの制服でもなかった。代わりに着ているのはくたびれた男物の服で、外見に頓着がないのだろうことが察せられたが、その体の女性的な凹凸や、雑に結い上げられた金の髪は、どうあがいてもこんな場所では浮いて見えた。だがそれにもかかわらず、周囲の男達は声をかけようともせず、どこか遠巻きにしている。イチが近づくと、気付いた女が片手を上げた。


「やぁ、来てくれたんだね」


 気さくな笑顔を浮かべているが、イチは警戒を解けないままでいた。それを察した女が対面の椅子を指す。


「まぁ座りなって」


 女から若干椅子を遠ざけ、背嚢を傍に置いて座る。だが女は気にした風もなく言った。


「なにか飲むかい?」


 そう言って、琥珀色の液体が入った手元のグラスを揺らす。確認するまでもなくアルコールだ。


 重要な話をするのではなかったのかという思いで、イチは視線を投げる。それを正確に受け止めつつも女は笑った。


「あぁ、こんなの水みたいなもんだから。で、飲むかい?」


「いらん」


「オッケー。にしてもキミ、めちゃめちゃ警戒してるね」


「あんたが怪しすぎるんだ」


「はっはっは。よく言われる。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。私はヨミ。研究者だよ。研究内容は『砂生みの鯨』と『遣い』についてだ」


 どちらも聞き慣れた言葉だったが、世間的な俗称に過ぎないと思っていたものが、研究者と名乗る女の口から出たのが意外だった。


「意外かい? こう呼ぶのが」


 ヨミが察したように言う。表情に出したつもりはなかったのだが、それすら読むヨミに、イチはどこか薄気味の悪いものを感じた。


「まぁ呼び名は色々あるんだが、調べてるうちにこれが一番しっくりきたし、伝わりやすかったんだ。それだけだよ。それと……」


 ヨミがイチを指す。


「私がやたらとキミの心情を察するの、気味が悪いと思っているだろう」


 今度は思い切り表情で表すと、ヨミは声を上げて笑った。


「あっはっは。うん、それは私でなくてもわかるね。いやなに、不可思議なものと向き合っているうちに洞察力が鍛えられたというのもあるかもしれないが、弟があまり感情を表に出さない奴でね、表情から気持ちを汲み取るのが上手くなったんだろうな」


 こんな女を姉に持つとは苦労も多いだろうなと思ったが、今日の本題はそれではない。


「で、なんでそんなものを研究してる奴が、俺がどこから来たかなんてのが気になるんだ」


「さっきも言ったが、『刃持ち』である以上、どうしたって『遣い』の討伐に駆り出される。奴らには通常の武器じゃ、大した傷もつけられないしね。それだけの腕があるってことは、他の街でもそういうことをやってたんだろうが、なぜそこを出たんだい? そして、誰か止めなかったのかい?」


 遠慮会釈なく言葉を重ねるヨミに、イチはまた眉間に皺が寄るのを感じた。この手のタイプは、あのまま無視したところでどうせ同じように寄ってくるだろうと思い、とりあえず来てはみたものの、やはり自分の身の上など、進んで話したいものではない。しかも、会ったばかりのよく知りもしない奴に。その上研究していることとなんの関わりがあるのかも、まったくわからないままだ。


 どうにかして諦めさせられないか、と思いかけたところで、ヨミが唐突に言った。


「あ、オッケーオッケーわかった。まずはこっちから話そう。なんか信頼ゼロっぽいからね」


 また勝手にこっちの心情を読んだらしいヨミは、持っていたグラスをテーブルに置いた。


「『砂生みの鯨』から音がすると、大きな街には『遣い』が現れる。これはキミも知っての通りだと思うが、なぜ鳴るのか、考えたことはあるかい?」


「いや。そもそも意味なんてあるのか、あれ」


 あの音が鳴ると、『砂生みの鯨』がある方角から『遣い』が現れ、人を食う。幼い頃に親から聞かされた話はそれだけで、その時のイチにとってはそういう昔話だった。五年前のあの日も、音が鳴ったから来た、そういうものだとしか考えていなかった。ただ、なぜ今まで一度も現れたことのない『遣い』が現れたのかについては、未だにわからないままだが。


「あれはね、あるものを探すために鳴らされてるんだ。しかも、音そのものが探知機能を持っていると考えられている。音を鳴らし、ぶつかったものまでの距離と、それがなんであるかの判別だ。そしてそれが見つかった場合、そこに『遣い』が向かう」


 イチは眉を顰めた。


「探す? ていうかその言い方だと、あれに意思があるみたいじゃないか」


「そうだね。『砂生みの鯨』が巨大な建造物で、中に我々の知らない未知の存在が住まっているという者もいるが、私はあれそのものが巨大な生き物だと思っている。だってあの音、声みたいに聞こえないかい?」


 低く遠く響く、音を思い出す。確かに生き物が発するもののように聞こえもするため、声というのはわからなくもない。それにしても、巨大に過ぎるが。それより……。


「『砂生みの鯨』は、なにを探してるんだ」


 するとヨミは、まだ仮説止まりだが、と前置きをし、


「恐らく人だ。特に、『刃持ち』を探していると思われる」





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