第2話 血の繋がらない家族
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かつて、高度に栄えた文明があった。だがそれは突如、不思議な音と共に終わりを迎える。
低く遠く響く音。生き物のような、機械のようなそれが、どこからともなく響き始めた時、突如空から巨大ななにかが降ってきた。
魚のような形状をしていた、という記録があるが、正確には誰もわからないほど、それは巨大だった。そしてそれが先端から海に落ちた瞬間、海の水は一瞬でそのすべてが砂と化した。
余波で波のようになった砂は街を越え、山を越え、そこに住む人を飲み込んだ。地下のシェルターに逃れたごく一部の人間を除き、ありとあらゆるものが崩れ、流され、死に絶えた。
やがて長い時が流れ、地上にあった文明の痕跡の、そのほとんどが姿を崩した頃、地下に逃れた僅かな人々が地上に出ると、砂の上には今まで見たことがない生態系が形成されていた。崩れ落ちた建物がそこここに垣間見える、およそ命が芽生えるとは思えない砂の海に、かつてと似て非なる動植物が生まれていたのだ。
人々は汚染されつつあったシェルターでの生活から徐々に地上へと移り、未知のそれらを自らの生活に取り込み、命の糧としていった。砂に覆われた土地で集落を作り、それが街となり、時折砂の中からかつての文明を掘り起こし、また自ら作っていった。
そして繋がれた命が何代か下った頃、再びあの音が響く。霞むほど遠く、砂の海に突き刺さるあの巨大なものからだった。
そしてその音は、砂の海から魚に似た巨大な生き物を生み出し、それは人々を襲った。巨大な体に、人も建物もなにもかもが食われていった。
その生き物は、およそその体に収まるであろう容量を超えてなお食らい続けた。腹の中が別の次元に繋がっているような有様だった。かつての文明のような重火器など、その時の人々の手にはまだなく、また、最も身近であった刃を持つ武器も、なぜかほとんど通らず、それを倒すには至らなかった。そして蹂躙されるがままに、多くが命を落としていった。
そんな中、手からそれらを倒しうる不思議な刃を生み出し、人並み外れた身体能力を持つ人間が現れ始め、巨大な生き物を倒す。のちに『刃持ち』と呼ばれるようになった彼らに護られるように、人間達はこの砂に覆われた世界を生き、それが今に至っている。
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砂の匂いを帯びた風が、開け放した窓から入ってくる。窓から見えるのは、薄い水色の空と、石造りの家々だった。かつて栄え、滅び、その中でどうにか生き残った者達が、再びひとところに集まり、形成していった街。通称八番街と呼ばれるこの街も、そのひとつだった。
その一角にある、古びた集合住宅の一室が、イチの住居だった。他の多くの家屋と同様に電気は通っておらず、ここに関しては、水も置いていない。必要なものはすべて背嚢に詰めてあるので、ただ寝に帰るだけの場所になっていた。
壁にもたれながらぼんやりと窓の外を眺めていると、玄関のドアがノックされた。イチの住むこの部屋を、こんな風に丁寧に訪問してくる存在は、一人しかいない。イチは立ち上がると玄関まで歩き、後付けの鍵を開けてドアを開く。
「おはよ、イチ」
そこに立っていたのは、一人の少女だった。緩く編まれた二つの黒いおさげ、澄んだ青い瞳には大きな丸眼鏡がかけられ、華奢な体のその背には、不釣り合いなほど大きな背嚢を背負っている。
「今日はまた随分な大荷物だな、トトハ」
明らかに重そうな荷物を背負うその体を、半ば案じながら言うと、少女――トトハは、背嚢を背負い直しながらイチを見上げた。
「イチ、今日なに食べた?」
「は?」
「どうせ、携帯食と水サボテンの水しかお腹に入れとらんのとちゃう?」
水サボテンとは、かつて存在したサボテンに似た植物である。含まれている水分がほとんど水と変わらず、水代わりに用いられることが多い為、水といえばこれを指すほどだった。そしてまさしくその通りだったので詰まるイチに、トトハは、にへっと笑った。
「やっぱな。そうやと思ったわ」
トトハはイチの傍をすり抜けるように部屋に入っていくと、背嚢を床に下ろし、中から大きな布を取り出した。それを狭い床に広げると座り込み、背嚢からいくつか布包みを取り出して並べていく。
「これ砂跳び鼠のお肉焼いたやつ、そんでこれ砂牡丹の葉っぱ、こっち砂小麦のおもちパンな。ちょっと待っとって」
そう言うと、平らに潰れた白いパンで肉と野菜を挟み始める。
「はい、どうぞ」
満面の笑みで差し出された。イチは仕方なく、トトハの近くに腰を下ろすと、受け取って食べ始める。トトハは水筒とカップを二つ出すと、それぞれにお茶のようなものを注ぎ、ひとつをこちら側に置いた。食べる手を止めてそれを飲んでいると、トトハは残った具材も次々にパンに挟み、広げた包み布の上に置いていく。挟み終えると、自分は食べようとせず、あとは時々お茶を飲むだけだった。いつもそうではあるのだが、細い体を思うと、少し心配になる。
「お前、家ではちゃんと食べてるのか?」
「うん、食べとるよ」
「ならいいけど」
表面上は元気になってきたと思うのだが、やはり心配はしてしまう。かといって、一緒に住むことはどうしてもできなかった。いらぬ世話を掛けていることも申し訳ない気持ちになり、イチは黙り込むと、あとはひたすら黙々と食べた。
食べ終えて一息つくと、トトハは敷いていた布もろとも背嚢に詰め直した。
「ほな行くわ」
そのままどこか急ぐように玄関に向かったトトハは、ドアを開けて通路に出る。イチは玄関口で立ち止まった。
「トトハ」
呼びかけると、ひとつの間を置いて、トトハが振り返った。
「ん?」
いつもと変わらぬ様子で、イチを見上げる。だがどこか、イチが言わんとすることに怯えるようでもあった。それに気付きながら、イチは言った。
「もう来るな」
トトハの顔が曇る。それに一瞬詰まりながらも、イチは畳みかけるように言った。
「チトセが俺のことをよく思ってないのは知ってるだろ。あんまりここに来てると、お前にも変な噂が立つ。だからもう、来るな」
「……いやや」
トトハが俯く。
「イチはうちの家族やもん。家族ほっとくなんてできやん」
「いや、家族じゃないだろ」
イチとトトハは血が繋がっているわけではない。同じ屋根の下で長く過ごしたことはあったが、それもイチがトトハの家に――その家族に一方的に世話になっていただけだ。
だがトトハは頑として譲らなかった。
「家族やもん」
そう言って唇を引き結ぶ。どうしてそこまで頑なになるのか、イチにはわからなかった。だが次第に不安げな顔になっていくトトハに、これ以上強くも言えなかった。
「……わかった」
観念してそう言うと、トトハが恐る恐るのようにイチを見上げる。
「また来ていいから。そんな顔するな」
そう言うと、トトハがほっとしたように笑みを浮かべた。
「うん」
トトハの視線が、イチの右手を見つめる。いつものやつか、と思って差し出すと、華奢な両手が包み込んだ。
トトハが目を閉じ、包んだ手にぎゅっと力を入れる。そこにある体温を確かめるように。その体温を忘れずに記憶するかのように。
やがてそっと手を離したトトハは、いつもの笑顔を浮かべた。
「ほなイチ、またな」
そのまま通路をパタパタと駆け去って行く。その背中を、イチはしばらく見つめていた。




