十九話
(変成くん視点)
「失礼しました」
その日の放課後、職員室に呼び出された俺は、聞き取りを追えて、家路についた。
担任と生徒指導の先生との話し合いは残念ながら平行線。
『上靴を隠したのは黒崎なんだよな?』
『そうです』
『でも、隠した場所は忘れたと』
『はい、忘れました』
自分から"俺が犯人だ"って名乗り出たくせに。
何を聞かれても曖昧な答えしか言わない俺に、さすがの生徒指導の先生も呆れ顔だった。
(まぁ実際、上靴を隠したのは俺じゃないし)
何処に隠したのか聞かれても、分からないのだ。
犯人なら目星はついている。秦を犯人だと言ったあの女子達だ。名前は……知らない。
証拠はない。勘がそう言っているだけ。
(あーあ、物的証拠があれば追い込めるのに……)
「ダルっ」
肩から下げた通学鞄を背負い直して、空を仰ぐ。空はどんよりとしていて重い。
もうすぐにでも雨が降り出しそうだけど、家まで走る気にもなれなかった。
「クッソ」
足元にあった小石を蹴った。
小石は数回跳ねた後、ポチャンと側溝に転がり落ちた。
✳✳✳
「ただいま」
二人で住む家に帰ると、見慣れた靴があった。宋帝王のだ。秦は……帰ってきていないみたい。
「おかえり〜」
リビングに入ると、宋帝王は三人分の洗濯物を畳んでいる。
宋帝王が作ったのか、美味そうなカレーの匂いがキッチンから漂う。
なんでコイツが我が物顔でここにいて洗濯物まで畳んでいるのか、ツッコミどころは山ほどあった。
普段なら「不法侵入すんな」と問い詰めているところだが、今の俺にはそんな不毛な押し問答をする元気すらなかったので、一旦不問にしておくことにする。
「あれ、秦は?一緒に帰って来なかったの?」
「いや、先に帰ってると思ったから……」
噂話でクラス中から冷ややかな視線を浴びせられ、上靴隠しの冤罪まで着せられそうになっていたのに、放課後に能天気にお喋りなんてしているはずがない。
だからてっきり、もう帰っているのかと思ったんだけど……。
胸の奥に、ざらりとした嫌な予感が広がった。
「……学校行ってくる」
「え?ご飯できてるのに?」
宋帝王の制止を聞き流し、俺は再びスニーカーを履き直した。
それから三十分ほど学校周辺を探し回り、どうしても見つからなくて学校へ引き返した。
下駄箱で上靴に履き替えると、後から慌てて追いかけてきた宋――わざわざどこからか調達してきたのか分からない制服を着て、学生っぽく変装している。
二手に分かれて校内をしらみつぶしに探すことにした。
「あ―――」
二階の奥にある、滅多に人が立ち入らない理科準備室の前を通った時、かすかな物音が聞こえてくる。
引き戸を少しだけ開けて中を覗き込むと、そこに探していた人物の背中があった。
「何やってんの」
俺が声をかけると、秦は驚いたようにゴミ箱から顔を上げた。
「へ、変成くん……!?」
いつも低めの位置で結んでいる二つの結び目からは髪が少し崩れ落ち、頭には小さな紙くずがちょんと乗っかっている。
手にはインクで黒くなっているし……。
よほど必死に、あちこちのゴミ箱を漁っていたと分かる。
「あのねぇ……これは、その……」
気まずそうに目を泳がせる秦に、呆れたような胸が締め付けられるような感情を抱きながら歩み寄った。
何で学校中のゴミ箱を漁っていたのか、説明されなくても分かる。
「東海の上靴を探していたんでしょ?」
「……うん」
やっぱり、典型的なお人好しだ。見ているこっちがソワソワするくらいに。
「そんなの、見つかる訳ないだろ!」
つい、声に力が入ってしまった。
アイツらが、上靴を何処に隠したのか分からないのに。
そもそも、学校内に隠したとも限らないのだ。
「どうせ見つからないのに、探したって意味ないでしょ」
投げやりな言い方をして、俯いた。
今日一日中、たまりに溜まった怒りが爆発したんだ。
誰かが流した噂やアイツらが嫌がらせをしたこと。
そのせいで秦が傷ついていること。
全部、全部、何もかもにイラついていたんだ。
秦のバカみたいな純粋な優しさが、今の俺には眩しすぎて痛い。
「だからもう……止めなよ」
「でも……」
その時、それまで黙っていた秦が口を開いた。
「梨子ちゃん、上靴がなくなって泣いていたし……石橋先生も"せめて上靴が見つかれば"って言っていたから……!」
身体が小さく震えている。
一瞬、泣いているの?と思ったけれど、赤い瞳には涙じゃなくて強い決意が宿っているように見えた。
弱々しいくせに、一度決めたらやり遂げる芯の強さがある。
「な、何それ。そもそも俺が上靴を隠した犯人かもしれないじゃん」
ぶっきらぼうにそう言うと、秦はフルフルと首を左右に振った。
「変成くんは、そんなことしないよ!」
「は?」
「だって、小さい時から一緒にいたから分かる」
きっぱりと、否定した。
力強くそう言うと、また躊躇なくゴミ箱に手を入れ出した。
「バカ。だからもう、止めなって」
「変成くんは、先に帰ってくれて良いから.....」
秦を止めようと、一歩踏み出した瞬間。
「本当だよ〜、理科準備室に白崎さんが入って行くとこ、見たの!」
「シーッ。大きな声で話したらバレちゃうよ」
聞き覚えのある声が、廊下からしてきた。
―――アイツらだ。
「隠れるよ」
俺は咄嗟に、秦の手を引いて奥の作業台の下に身を隠した。
一緒にいるところを見られたら、今度こそ確実に秦が厄介事に巻き込まれる。
胸の奥が熱く焼けるように苦しい。
自分のことより俺のことを心配して、爪の間に黒いインクを詰まらせながら校内のゴミ箱を漁るような奴だ。
こんなお人好しな奴が、クラスメイトの上靴を隠すような嫌がらせなんてするわけがない。
そんなこと、最初から分かりきっていたはずなのに……守れなかった。
「理科準備室の鍵って、中から開けられないから便利だよね〜」
ガチャン!金属と金属がぶつかり合う鈍い音がした。
同時に、
「キャハハ!白崎さんが悪いのよ」
という甲高い笑い声が聞こえて、足音が遠ざかった。
「……マジかよ」
多分、いや、確実に閉じ込められた。
思わず脱力して肩を落とすと、
「ご、ごめん.....」
という、震える声が聞こえた。
ハッとして隣を見ると、秦が膝を抱えて俯いている。
「は?悪いのはアイツらだから。何でお前が謝るの」
とりあえず、スマホを操作して宋帝王に【理科準備室に閉じ込められた。助けろ】というメッセージを送る。
すぐに既読が付き、返ってきたのは簡略化された三毛猫がOKと書かれた札を上げているスタンプだった。
「とりあえず、ここから出ないと話にならないよ」
だけど、そう言って立ち上がろうと片膝をついた時。
ぐぅ〜〜〜。
「……」
腹が鳴った。…………俺の。
別に恥ずかしくないけど、なぜか片膝をつきながら固まってしまった。
(そういや、もうすぐ夕方の六時だったっけ……)
いつもそれくらいに夜ご飯を食べている。つまり、空腹のピーク時。
「……ぷっ」
沈黙を破ったのは、隣からの小さな吹き出し声だった。
見れば、秦が口元を両手で押さえ、肩を小刻みに揺らしている。
「……笑う必要ないんじゃない?」
「ご、ごめん……っ。あはは、変成くん、お腹空いてたんだね」
「散々走りまわったからね」
頭をボサボサと掻きむしり、俺は作業台の下から這い出て鍵のかかったドアへと歩み寄った。
金属製の扉を軽く叩いてみるが、鈍い音が響くだけでびくともしない。
理科準備室の扉は、事故防止のために外からしか施錠できない仕組みになっている場所が多いのだ。
俺はふと、秦の手元に目をやった。
さっきまでゴミ箱を漁っていた手。爪の間に黒いインクが入り込み、小さな傷までできている。
(……なんで、そこまでできるんだろう)
胸の奥が、またチクチクと痛み出した。
クラスで冤罪を着せられそうになって、冷たい視線を向けられて、一番つらくて泣きたいのは秦のはずなのに。
コイツは自分の傷よりも、他人の上靴や俺への疑いを晴らすことばかり気にしている。
「……バカじゃないの」
「え?」
「もっと怒ったら良いじゃん。アイツらにも、俺にも、状況全部にさ。『なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの』って、大声で泣き叫べばいいじゃんか」
吐き捨てるように言った言葉は、秦に向けたものというより、そんな秦を守り切れない自分へのイラだちだった。
俺がもっと上手く立ち回れていれば。
あの女子達の企みを見抜いて、証拠をつかんでいれば。
秦にこんな惨めな思いをさせずに済んだのに。
それを聞いて、秦は少しだけ緊張を緩めてホッと胸を撫で下ろした。
「やっぱり、変成くんは優しいね」
「…………」
理科準備室の中は、急速に薄暗くなり始めていた。
廊下に面した窓から差し込む夕暮れの光は朱色から群青色へと変わり、実験用具のガラス器具や薬品瓶が影を落として怪しく光っている。
俺は扉の前に座り込み、壁に背中を預けた。
「あ、そうだ。帰ったらカレー食べよ。お腹空いた」
「今日はカレーなの?」
「宋帝王が勝手に作ってただけだけどね」
「……不法侵入に慣れてる……」
―――次の瞬間。
「助けに来たよ〜!」
ガチャリと鍵を開ける音が聞こえて、ガラガラと扉が開いた。
ひょっこりと秦が顔を覗かせた。そして、後ろからドタドタと足音が聞こえる。
「黒崎が閉じ込められているって、本当だったのか……。白崎も閉じ込められたのか?」
「ね、オレが言った通りだったでしょ?明日、もう一度あの女子に聞いてみて下さい」
宋帝王と石橋先生は何やら話している。
やっと出られる……腹減った。
「おい、立てるか?」
床に座り込んでいる秦に手を伸ばす。
「う、うん」
立ち上がらせ、何気なく床に目を向けたら不自然にガムテープが剥がされているダンボールが目に留まった。
「あ」
そのダンボールを開けると、『東海』と書かれた上靴が出てきた。
「先生、ありました」
石橋先生の前に上靴を差し出す。そして……
「すみませんでした。実は俺、上靴を隠した犯人じゃありません」
頭を下げて本当のことを話した。
石橋先生は肝を抜かれたみたいに俺と上靴を見比べている。
「それなら……停学の件は取り消そう」
「本当ですか」
「良かった〜……」
「うんうん、まるっと収まったね〜」
いつの間にか空は晴れており、綺麗な星が輝いている。
「それで、君はどこの学年なんだ?」
「中等部一年生です☆」
宋はバチコーン!とウインクしながら嘘を並べた。




