十八話
「ねぇねぇ、白崎さんってさ〜」
「え〜マジ?保護者がホスト?」
三者懇談が終わってから、ちょうど一週間。
穏やかで何の変哲もなかった私の学校生活は、音を立ててガラガラと崩れ落ちた。
「裏がありそうだよね〜……」
「実はパパ活やってたり?」
どこにいてもチクチク刺さる視線。ヒソヒソと噂話。
今、学校の女子の噂のトレンドランキング一位は、私の保護者が超絶イケメンの金髪ホストということだった。
「あー、もう!ウザイなぁ!」
私の後ろに座っている美穂ちゃんはイライラのピークで爆発寸前。
「真宵の親が何だって良いでしょ!」
事情を知っている美穂ちゃんは、自分のことのように顔を真っ赤にして怒ってくれるけど……。
胸がギュウッと苦しくなって、雨の日の空模様みたいに心がどんよりと重くなった。
「真宵、大丈夫?」
「美穂ちゃん……ありがとう。私、美穂ちゃんがいるから大丈夫だよ」
私は美穂ちゃんに心配をかけたくなくて、精いっぱい笑ってみせた。
「真宵ってば、ほんと素直で健気なんだから〜!」
すると、美穂ちゃんは机越しに抱きしめてくれた。
優しいぬくもりに、心がホッとする。
―――でも、そんな私を見つめる黒い陰が三つ。
「……何あれ、全然こたえてないじゃない。ヘラヘラして、むかつく」
この時の私は、遠くから睨みつけている目に気づかなかった。
✳✳✳
「えー、今日は皆さんに大事な話があります」
事件が起きたのは翌日のことだった。
学年主任で担任の石橋先生が難しい顔をしながら教室内を見渡して言った。
「実はな、うちのクラスの東海梨子の上靴がなくなってな、誰か知っている人がいれば教えてほしい」
石橋先生が話し始めると、いつも元気な梨子ちゃんが少し泣き始めた。
「え、梨子の上靴がなくなったって、盗まれたってこと!?」
「だとしたら普通にヤバくない?」
「中学生にもなって上靴盗むとか、マニアック過ぎるだろ!」
途端に、教室内はざわめき始めた。
(そんな……梨子ちゃんの上靴が……)
「みんな、静かに。まだ詳しいことは分かっていないので―――」
「はーい、先生〜」
その時、誰かが先生の言葉を遮って高々と手を挙げた。
「どうした?」
「私、東海さんの上靴を隠した犯人を知っていますよ〜」
そう言って、立ち上がったのはクラスの一軍女子・遠藤沙弥さんだった。
思いもよらない告発に、クラスが騒がしくなる。
「犯人を知っているって、どういうことだ?」
「昨日の放課後、ある人が東海さんの上靴を持っているところを見ましたの〜」
ギクリとしたのは、彼女が私の方を見てニヤリと笑ったから。
(まさか……)
「私が見た犯人は白崎さんで〜す」
私の嫌な予想は的中。
ハッキリと言い切った彼女は私を指差した。
「白崎が?」
「はい!間違いありません!」
次の瞬間、石橋先生を始めとしたクラス全員の目線が私に向けられる。
顔色を青くした私は、咄嗟に言い返す。
「わ、私はそんなことしていません!」
私と仲良くしてくれた何人かの子は援護してくれたが、私と関わりのない子達の中からは疑念の声。
「でもさ、親がホストなんだろ?」
「ストレス発散とか?」
それに追い打ちをかけるように……
「私も白崎さんが持っているの見ました!」
「私も!」
遠藤さんのお友達二人も申し合わせたかのように口々に声を張り上げた。嘘の証言が、まるで真実であるかのように塗り重ねられていく。
「どうなんだ?白崎」
「本当にやっていません!」
さらに、クラスの男子がこんなことを言い出した。
「それがマジなら、白崎怖すぎね?」
「あー、それならに黒崎近づいたのも計算!?」
「えー、大人しそうに見えるのにー」
あっという間に、クラスは私を責める声でいっぱいになった。
もう、最悪!
血の気が引いて、足がガクガクと震える。
もう、最悪だ。誰も私を信じてくれないんだ……。そう諦めかけたその時。
「ちょっと待って、真宵がそんなことするはずないよ」
凛とした声が教室中に響いた。
立ち上がってくれたのは、親友の美穂ちゃん。
「真宵は、人を傷つけることは絶対にしないから!」
美穂ちゃんはそう言うと、震える私の手を握ってくれた。
(美穂ちゃん……)
すごく、嬉しかった。
「バカじゃないの?」
ガタンッ!
その時突然、力強い声を椅子を引く音が聞こえた。
あまりの音の大きさに、全員の肩が跳ね上がる。美穂ちゃんもハッとして振り返った。
驚いて目を向けると、変成くんの綺麗な横顔が見えて。
「あ、思い出しました。俺が上靴を隠しました」
一瞬で教室中がシーンと静まり返った。
誰もが耳を疑い、言葉を失ってポカンと彼を見つめている。遠藤さん達も拍子抜けしたように目を見開いていた。
「く、黒崎。それはつまり……東海の上靴を隠したのは自分だって言いたいのか?」
石橋先生も事態の急展開についていけず、呆然と尋ねる。
「はい」
堂々と答えた変成くんに、先生までも驚いて固まってしまった。
あまりにもあっけらかんとした態度。けれど、彼は続けてぽつりと呟いた。
「でも、隠し場所は忘れました」
投げやりとも取れるその言葉。だが、変成くんはそう言いながら、遠藤さん達一軍女子グループを睨みつけて……。
当の私は、頭が真っ白になっていた。
何が起こったのか、どうして変成くんがそんな嘘をつくのか、全く理解できなくて思考がフリーズする。
変成くんが梨子ちゃんの上靴を隠す理由なんてどこにもないのに。
「今の話は本当なのか?」
「はい、本当です」
嘘をついているようには見えない堂々とした態度で、変成くんは言葉を重ねる。
石橋先生は大きく溜め息をつき、痛む頭を押さえるようにこめかみを揉んだ。
「はぁー、お前な……もういい。黒崎は放課後、職員室に来なさい。場合によっては、停学処分になることも覚悟しとくように」
(え?)
石橋先生が告げた衝撃的な言葉に、私は目を丸くした。
(変成くんが……停学になってしまうかもしれないの?)
嘘でしょ?
そもそも、変成くんが人の上靴を隠したりするとは思えない。
変成くんは少し意地悪だけど、本当は優しいってことを知ってる。
「あ、あの―――」
いてもたってもいられなくなった私は、思い切って口を開いた。勇気を出して「楓くんは犯人じゃない」って言おうとしたんだけど……。
キーンコーンカーンコーン。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
ハッとして目を開けると、ガシガシと頭を搔く石橋先生の姿が見えた。
「は〜、せめて上靴が見つかってくれさえすれば……」
先生は残念そうにぼやく。
(せめて上靴さえ見つかれば……)
結局、そのまま朝のホームルームは終わってしまった。
私は無言で座った変成くんを見て、拳を握り締めた。




