第一章六 死んでたまるかよ
「トウマ先輩、トウマ先輩!起きてください、トウマ先輩!」
遠くから、何度も名前を呼ばれている。
ここ数日の疲れが、一気に押し寄せているんだ。少しくらい寝かせてくれ……。
(この声……ヒナか……)
ぼんやりとした意識の中で、そう思う。
せめて、返事くらいは――
「……ん……ふぁ……どした……」
欠伸混じりに、力の抜けた声が漏れる。
「もうお昼ですよ!早く起きてください!」
「昼ぅ……?」
脳が一瞬停止する。
――次の瞬間。
「昼!?!?」
跳ねるように起き上がった。
視界が一気にクリアになる。
「わっ!そ、そうですよ。もう昼ですけど……」
15時間程寝ていたのか。
こんな時間寝ていたなんて、今までの人生で一度もなかった。
「ヒナ!体は!?もう大丈夫なのか!?」
慌てて問いかける。
昨日、あれだけ魔力を使い果たして倒れていたはずだ。
だが――
「はい!先輩のおかげで、魔力もけっこう回復しましたから!」
ヒナはにこっと笑った。
その笑顔を見て、胸の奥の緊張が一気にほどける。
「……そっか。よかった……」
安堵の息を吐く。
だが同時に、罪悪感が込み上げてきた。
「……ごめん」
ぽつりと呟く。
「ヒナが、俺にずっと魔法かけてくれてたの……知らなくて……」
言い切る前に――
「先輩が謝らないでください!」
強く、言葉を遮られた。
ヒナは少しだけ眉を寄せる。
「私は、自分で決めたんです。先輩と一緒にいるって」
真っ直ぐな視線が、トウマを射抜く。
「だから、当然のことをしただけです」
――どうして、ここまで。
胸が、締め付けられる。
自分はただ、あの時、衝動的に体を動かしただけだ。
命を張ったなんて、そんな大層なものじゃない。
結局、助けられなかったのに。
(こんなこと、言ってくれるの……ヒナくらいだ)
だから――
(今度は、俺が守る)
胸の奥で、静かに決意が固まる。
「……ありがとう、ヒナ」
「えへへっ。どういたしまして、先輩」
ヒナは照れくさそうに笑った。
――その時。
「ぐぅ〜……」
静かな部屋に、間の抜けた音が響いた。
「あ……」
ヒナの顔が、みるみる赤くなる。
視線が、机の上の果物へと向けられる。
だが、それらはすでに時間が経ち、食べられる状態ではなかった。
「……飯、行くか」
トウマは立ち上がる。
「はい!」
ぱっと明るい返事が返ってきた。
だが、ヒナは少し考えるようにして言葉を続ける。
「あ、でもその前に……服屋に行きませんか?」
「服屋?」
「はい。この街には、特殊な効果を持つ服も売ってるらしいんです」
少し声を潜める。
「もしかしたら……隠れる系の服、あるかもしれません」
「……!」
それは、今の状況を一変させる可能性がある。
ヒナに魔法をかけ続けてもらう必要がなくなる。
「それ、あったら最高だな……行こう」
即決だった。
タンスをどかし、出入口を確保する。
「魔法は一回、一分しか持たないので……先輩はベッドに隠れていてください!」
「……わかった。気をつけろよ」
「はい!いってきます!」
ヒナは軽く手を振り、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂が戻る。
トウマは一瞬タンスを戻そうとして――やめた。
(帰ってきた時、開けられなくなるか……)
そのままベッドへ潜り込む。
ふわりと、甘い香りがした。
「……」
(……いい匂い……)
――はっ。
(今、キモいこと考えたな俺!?)
慌てて思考を打ち消す。
(やめろやめろ……絶対バレたら終わる……)
さらに別の不安がよぎる。
(そういえば……スキルのこと、言ってないな……)
髪の毛を使ったこと。
どう考えても、印象が悪い。
(……うん、怖い)
そんなことを考えているうちに――
一時間が経過した。
「……あちぃ……」
ベッドの中が暑く、限界だった。
少しだけ身体を外に出す。
その瞬間――
バンッ!!
扉が勢いよく開いた。
「!?」
反射的に振り向く。
そこに立っていたのは――
橙色の少女ではない。
赤髪の、大柄な男。
「……アキト」
最悪の名前が、口から漏れる。
「トウマ!?」
アキトの目が見開かれる。
「お前、なんでヒナちゃんの部屋にいるんだよ!」
――まずい。
全身の血が冷える。
(今の俺じゃ、勝てない)
一瞬で理解する。
視線を走らせる。
背後に、窓。
(あそこから飛び降りるか……?)
高さはある。
だが、ここにいるよりは――
「――させるかよ」
低い声。
次の瞬間――
『灼熱の神よ、我に純粋なる力を――ブレイズ・アップ』
アキトの身体が、赤く発光する。
(バフ魔法……!)
ただでさえ格上。
それに強化まで。
(逃げ――)
そう思った瞬間。
「オラァ!!」
衝撃。
腹に、全てを破壊するような一撃。
「ガハッ――!」
肺の空気が一瞬で吐き出される。
そのまま身体が宙を舞い――
窓ガラスを突き破る。
「――ッ!」
砕け散る破片。
そして――
ドンッ!!
背中から、石畳へ叩きつけられる。
「ゲホッ……ガハッ……!」
血が、口から溢れる。
呼吸ができない。
(なんだ……この威力……)
転生前とは、比べ物にならない。
もし顔に直撃していたら――
確実に、死んでいた。
(でも……腹でも……)
激痛が、内臓を焼くように走る。
「あ……あああぁ……ッ!」
声にならない悲鳴。
息ができない。
血が、喉を塞ぐ。
(このまま……死ぬのか……?)
そんな考えが、頭をよぎる。
――ふざけるな。
(やっと……見つけたのに)
生きる理由を。
守りたいものを。
(こんなところで……終われるかよ……!)
歯を食いしばる。
震える手を、わずかに持ち上げる。
「……サンド……リジェネシス……」
かすれた声で、絞り出した。




